戦兎/石動

2017_仮面ライダービルド,[PG]

【chocolates】

 紙袋いっぱいのチョコレートを抱えた中年男を、戦兎と美空はドリンク片手に目を丸くして見つめた。
「まさかとは思うけどマスター……」
「そっ、男の勲章! ハッピーバレンタイン!」
 言いながら、カウンターにひとつひとつ箱や袋を並べていく。
 バイト仲間や常連からせしめて……もとい贈られたというのだが、さすがに安っぽい手作りラッピングや駄菓子はない。いったいどういう喫茶店なのだろうと考える戦兎の横で、美空がさっそく端から開けている。
「あ、これすっごい高いやつ」
「うっそマジで。めっちゃ小さいじゃん。三つくらいしか入ってないぜきっと」
「戦兎にはあげなーい」
「いらねえよ! ていうかマスターがもらったのになんでおまえが取ってんだよ」
 だが石動は笑って二人の肩を叩くだけだ。
「いいんだよ、好きなの持ってけ」
「じゃあ、あたしコレとコレと……」
 さすがに目が輝いている。
 美麗な包装紙でも容赦なく破って箱を開けているが、そのうちの一つを父親が長い手でさらっていった。
「これは洋酒入りだからダメ。お父さんが責任持っていただきます」
「はいどうぞー」
 他にもたくさんあるから美空も固執はしないらしく、すまして別の袋を開けている。
「戦兎はほんとにいいの?」
「べーつに」
 食べないとは言っていないが、そこまで甘いものが好きなわけでもないし、こんなにあるなら急いで確保する必要もない。
 ドリンクをすすりながら眺めていると、美空は半分以上のいかにも高級品ばかりを選んでうきうきと地下に戻っていった。
「そんなにかよ」
 呆れ半分で見送った戦兎は、自分の横に座った石動も美空から取り上げた箱をうれしそうに開けているのを見て思わずため息をつく。どうせ全部義理チョコだろうに。
「マスター」
 小さな箱の中から上品なチョコレートを一粒つまんだ彼の、袖を引いた。
「ん?」
「俺は、オトナだからOK?」
 口元を指してみせると、彼は苦笑して肩をすくめた。
「……はいはい」
 石動が戦兎の唇へチョコを持っていくのと、戦兎が口を開けるのはほぼ同時で、放り込まれたついでに彼の指に軽く口づけた。
「お味は?」
 美空から取り上げただけあって、かなり酒の香りが濃い。
「んー……たしかに、美空にはちょっと早いな」
 そう言うと、彼は愉快そうに肩を揺らした。片眉を上げた表情から、自分も彼の中では美空と同じく大人の味にはまだ早いと思われているのだろうかと、少し複雑な気分になる。
 美空がカウンターの上に散らかしていったリボンや包装紙を拾い集めながら、石動が立ち上がろうとする。
「コーヒーでも淹れる?」
「え、せっかく美味いチョコ食べてるのにやめてよ」
「おまえ、言い方……」
 ふと思いついて、同じチョコを一粒つまむ。
「気に入ったんなら全部やるよ……」
 箱をこちらに押しやろうとした彼の口元に、それを突きつけた。
 石動は驚いた様子だったが、無言で口を開け……戦兎の指ごとくわえ込む。
「え、ちょっと……」
 チョコは指から早々に取り上げられたというのに、解放されない指を舌がゆっくり舐る。腕を掴まれているわけでもないのだから気にせず引き抜いてしまえばいいのだが、戦兎は腕を下ろすことができなかった。
 溶けたチョコとリキュールが指に絡みついていくのが感じられる。さっき自分の舌で確かめた味。同じ甘さを彼も味わっていて、そして戦兎の指も今は同じ味なのだ。
「……っ」
 こんなはずではなかった。どんなつもりだったかなどもう覚えていないが、少なくとも一方的に困らされる展開など予想も期待もしていなかった。
 石動はチョコを……というよりは戦兎の指をじっくり味わい、最後に舌先で舐め上げながら口を離した。
「ごちそうさま」
 呆然と、離れていく顔を見つめる。
「きっ……たねぇ!」
 我に返ったもののどんな顔をしていいかわからず、手元の布巾で乱暴に手を拭う戦兎を、石動はにやにやしながら眺めていた。
「戦兎にもちょっと早かったかな……」
 勝ち誇ったようにそう呟きながら、もう一つ取って口に放り込むから。
 戦兎は彼のエプロンを掴んで引き寄せ、強引に唇を重ねる。
 相手の口の中から奪い取った甘さは、たしかに酔いそうなほど官能的だった。

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