戦兎/石動
【birthday】
お父さんが、お店の飾りつけを始めた。
だれも来ないのに、ちゃんと季節に合わせてディスプレイ変えて、限定メニューも考えて。
どう見てもムダなんだけど、ここから出られない私のためだって知ってるから、なんにも言わない。
カレンダー眺めてもネットニュース見てても、昼と夜の区別もないこの生活じゃ、時間が流れていく実感も薄いから。
正直ディスプレイくらいでがらっと気分が変わるわけじゃないけど、お父さんの優しさには文句つけずに受け取っておくことにする。いつもどっかズレてるにしても。
でも今回のはちょっとちがっていた。
夏が終わったっていうのに、なんかテンション高めの造花とか、安っぽい紙の輪とか出てきたのは初めて。
「サプライズパーティだよ」
さすがに理由を訊いたら、そんな答えが返ってきた。すごく楽しそうな顔で。
なに、パーティ? なんの?
「戦兎の誕生日だからな」
え、初耳。
自分の名前忘れてるやつが誕生日覚えてたの……って思いかけて気づく。あいつがうちに来たのは、去年の夏の終わり、ちょうど一年前だった。そういうことね。
幼稚園のお遊戯会みたいな飾り付けして、バースデーケーキ隠して、クラッカーまで用意して。
もういいわ、つき合うわ。パジャマじゃなくてちゃんと着替えて、みーたんモードのテンションでいくわ。だってパーティだし。サプライズだし。驚け戦兎。
そのターゲットは、注文してある店用の食材を取りにいくっていう名目で追い出されている。荷物が大きいからってバスで行かせたのも時間稼ぎ。
「ただいまぁ……」
「おう、おかえり」
自分の誕生パーティのごちそうを、そうとも知らないで持って帰ってきた戦兎は、カウンターの中にすまして立ってるお父さんと目が合うなり、ほっぺふくらませたりなんかして。ウケる。
「なんなんだよ、わざわざあんな遠い店まで……こんなに仕入れたってどうせ余しちゃうんだからさ……」
ぶつぶつ言いながら座り込もうとする後ろから。
「ハッピーバースデー!」
とびっきりのみーたんスマイル、あーんどクラッカー。
「え……え?」
いきなりの破裂音に条件反射で身がまえた戦兎は、カラフルな紙のテープを頭や肩に引っかけたまま固まった。
「戦兎くんお誕生日おめでとう~!」
お父さんがカウンターの下から用意していたケーキを出してみせる。
「は……? 誕生日? だれの?」
まだ状況を把握してないなこいつ。
ケーキを置いたお父さんが、カウンター越しに戦兎の鼻をつついた。
「一年前の今日、俺がおまえを拾っただろ? だからこの日をおまえの誕生日ってことにしたんだよ」
つまり、『桐生戦兎』が誕生した日。
「……………」
戦兎は呆然とケーキを眺めて、それからお父さんと私の顔を見た。
「……だからって、ロウソク一本はねえだろ」
泣きそうな顔で笑って、頭の紙テープを払う。
そこは「ありがとう」でしょ、素直じゃないんだから。
「だって一歳じゃん」
ハタチは超えてるっぽいけど、たまに子供かこいつって思うこともあって、だから一歳でいいんじゃないの、桐生戦兎。
「ていうかこのだっさい飾りつけもまさかそのため!?」
戦兎はごしごし目をこすって、ちょっとムリヤリ気味に笑顔を作った。
「まあいいや。ケーキ、ちゃんと一二〇度ずつ切ってよマスター!」
「え、三等分!?」
「いやいや、そんなに食べられないって……」
カウンターの端から端まで、お父さんが絶対作れないような美味しいオードブルとかサンドイッチとか全部並べたら、すごく豪華な感じになった。
「来年は引っかからねえぞ」
生クリームを口元につけた戦兎がえらそうに宣言する。
「おまえなあ、来年もここにいるつもりか? 早く記憶戻して、戦兎くん一歳じゃなく二十何歳の何某になってくれないと、うちの家計もやばいんだよ」
お父さんが大げさに肩をすくめてみせるのも、戦兎はぜんぜん気にしていない。
「だから俺がバイトして稼いでやるんじゃねえか」
そういえば、あさってから研究所で働くんだって。つづくのかねえ。一歳児じゃあ、即クビになったりして。
「だいたい、日付違ぇし」
……え?
戦兎はカウンターに肘をついて、あきれ顔でお父さんを見る。
「今日は九月一日。マスターが俺を拾ったのは九月五日。正確にはまだ一年経ってません」
「あれぇ? そうだったか……」
うわ、適当。乗っかった私もうっかりみたいな感じになるよコレ。ていうか逆によく覚えてたねあんたも。
「ま、誤差の範囲内だ。前倒しのほうが余裕あっていいだろ」
お父さんのほうは鼻を掻きながらも、そんなにきまり悪そうでもない。自分で誕生日って決めたくせに、日付にはこだわらないんだ……。
「なにそれ意味わかんねえし。サプライズならもっとしっかり計画立てろよ」
確かにね。
私たちは大笑いして、おなかいっぱい食べた。
今日が何日でも、どうでもよくなっていた。
あとになって気づいたんだけど。
お父さんが勘違いしてくれたおかげで、三人だけのパーティができたんだよね。
バイト初日、戦兎は給料じゃなく脱獄犯をお持ち帰りして、完全部外者の記者まで乱入してきて、私たちの日常は一気に騒々しくなってしまった。ほんとうの誕生日なんか完全に忘れられて、パーティなんかする状況でも気分でもない。ただのうっかりにしても、前倒しで結果的にはよかったのかも。
でもこんな状態、そんなに長くつづくはずないし。そのうちまた三人だけの静かな生活に戻るに決まっている。
そうだ、来年はプレゼントも用意しよう。お父さんと相談しなきゃ。
次はちゃんと、九月五日に。
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