マーベラス/ジョー
甘いお茶会
ラウンジに入る前から甘い香りが漂ってきて、ルカはつい顔をしかめた。
「まだ焼いてんの?」
今はアイム姫のお茶の時間。座る前にテーブルのバスケットに盛られた菓子をひとつ取ったルカは、調理場のほうを向いて呟く。アイムが紅茶を優雅に注ぎながら微笑んだ。
「ええ、ずっと焼いておられますね」
「いっそ餅でも焼いてくれたらわかりやすいのにぃ」
ティーカップと菓子を手に指定席でふんぞり返っている船長に聞こえるように言ったが、耳に入っている様子はない。
ルカがヤケクソ気味に菓子に噛みついたとき、鎧がステップを上がってきた。
「あれ、今日もシュークリームですか? 昨日もでしたよね」
おいしいからいいですけど、と手を伸ばす鎧に、後ろからやってきたハカセが声をかける。
「そんなこと言ってられるのは今のうちだよ」
「え?」
ハカセは甘い香りのする厨房に入っていくと、もう一山のシュークリームを持ってきた。
「そんなに!?」
素直に驚きの声を上げる鎧の肩を、ルカが叩く。
「これ、たぶん一週間くらいつづくからね」
「えええ!?」
鎧は愕然とした表情で他のメンバーを見わたした。
アイムは優雅にティーカップをかたむけ、ルカとハカセはなんの感慨もなくシュークリームを口に運び、マーベラスはナビィにおかわりを要求している。
あと一人、今は厨房にいる男が、この菓子を作ったことを鎧は昨日のうちに知っていた。ただ、その理由は察しがつかない。
「ジョーさん、お菓子作りがブームなんですか?」
訳知りの三人は黙って顔を見合わせ、それからもしゃもしゃと五つ目のシュークリームを食らっている船長を見やった。
「またシュー……」
鎧がソファに倒れ込む。バスケットには今日も山盛りのシュークリームで、アイムはその横で優雅に人数分の紅茶を注いでいる。
「美味しいのですから、いいではありませんか」
「でも三食デザートにおやつまで毎回シュークリームですよ!? 一週間くらいってルカさん言ってましたけど、もう八日目です!」
「うるっさいわね、くらいって言ったでしょ」
容赦ない足蹴を受けて飛びのいた鎧は、そのまま部屋の片隅で筋トレをしている男に駆け寄った。すべての元凶だ。
「ジョーさん、どうして毎日シュークリームなんですか!? ていうか、なんで毎日お菓子作ってるんですか!?」
妙に迫力のある目が、鎧を見つめる。
「……作りたくなるからだ」
鎧はそのあとの補足説明を待ったが、ジョーから引き出せた言葉はそれだけだった。
「どういうことなんですかアレ!!」
足早に戻ってきた鎧に、ルカが有無を言わさずシュークリームを渡す。釈然としない顔でかぶりつく鎧を横目に、三人はため息混じりの言葉を交わした。
「マーベラスもそろそろ気づいたらいいのに」
「ダメダメ、あいつは口に入ればなんでもいいんだから。シュークリームが一ヶ月つづこうが気にしないわ」
「せめてエクレアにしていただけないでしょうか」
「そういう問題じゃないよ」
「皆さ……」
大きなシュークリームをひとつ処理して紅茶で流し込んだ鎧は、思わず声を上げる。
「皆さん、理由ご存じなんでしょう!? だったら解決策だって……」
その言葉を遮るようにルカは彼の胸ぐらをつかんで引き寄せ、首を抱え込んでから耳打ちした。
「この前助けたイケメン、けっこう男気あったじゃない」
「ああ……はい」
この海賊船にはよくあることだが、つい先日も、帝国の残党に未だ支配されていた星に立ち寄り、「補給のついでに」独裁者を叩きつぶして、苦しめられていた人々を解放した。
そのとき「たまたま行動を共にした」レジスタンスのリーダーを、マーベラスはいたく気に入った様子で、最後まで見返りなしの協力を惜しまなかった。本人に聞いたところで「暴れたかっただけだ」と言うだけだろうが。
「マーベラスさんって悪ぶってるけど、正義感強い人見るとほっとけないタイプなんですよね」
ひひひ、と笑う鎧の頭をルカがすぱんと叩く。
「あれから、マーベラスがずっとあのイケメンのこと考えてんのが、ジョーは気に入らないの」
「はあ……」
たしかにここしばらくの船長は、進路の指示はしてもどこか心ここにあらずといった様子に見えなくもない。普段は見張りなど頼まれてもやらないのに、自ら上がってぼんやりと遠くを眺めていることもある。しかしそんな彼を見るのは初めてではない。
そういえば、近ごろはジョーと言葉を交わしているのもほとんど見ないが、そもそも普段からそれほど会話がある二人ではないから変化に気づかなかった。
「いっつもそう。マーベラスがどっかのだれかに惚れ込んでふわっとした感じになると、ジョーの機嫌が悪くなるわけ」
「お菓子作りはストレスからの逃避行動っていうか、無言の抗議ってとこだね」
「言葉にできない気持ちを、お菓子に込めていらっしゃるのですわ」
鎧は呆然とバスケットのシュークリームを眺めた。これ全部が、ジョーの「言葉にできない気持ち」だとしたら、相当重い。自分なら沈黙の圧力に耐えられないかもしれない。
「でもこんな回りくどいの、ジョーさんらしくないです……」
きまじめな軍人気質のジョーは、その風貌に似合わない繊細な気遣いもできる一方で、自分を偽ったり本心を隠したりはしない男だった。最もつきあいの長い相手に、正面切って言えないことがあるとは思えない。
「ジョー本人も気づいてないんだよ。そこが厄介なんだ」
肩をすくめるハカセに、アイムもルカもうなずく。
「だからどちらかが気づくまで、私たちは待つしかないのです」
「浮気のつもりも嫉妬のつもりもないんだから面倒よね」
「ええー……」
途方に暮れた鎧の視線の先には、黙々と筋トレをつづけている元凶がいた。
物見台からハカセが叫ぶ。
「みんな、ザンギャックだ!」
巨大な帝国の残党は思っていた以上に多い。敵がいなくなったわけではない。それでも海賊たちは、むしろ楽しげに大勢の敵の中へ乗り込んでいく。
「今日はちょっと数多すぎない!?」
「ぼくおなか痛くなってきたよ」
「はっ! 最近サボってたからな、これくらいでちょうどいいぜ!!」
先陣を切って武器を振り回すのは、当然赤いシルエット。大勢に取り囲まれても怯まない。自信に満ちた彼の背中は、冷静な青に守られていたから。
「いくぜぇ……」
「ああ」
最強のコンビネーションの前に、機械の兵士たちが人形同然に倒れていく。
たった六人の海賊が大隊を全て破壊しつくすさまは、強力な台風にも似ていた。だれにも止めることができない、それが彼らだった。
「これにて一件コンプリートぉ!」
デカブレイクに変身していた鎧は拳を突き上げて叫ぶが、他のメンバーはすでに変身を解いて船に帰ろうとしている。勝利の余韻も情緒もあったものではない。そこだけがいつも、鎧の不満だった。
同じく生身に戻っていたマーベラスだったが、その場に立ち尽くして動かない。すぐ横にいたジョーが目ざとく気づいて声をかける。
「マーベラス?」
キャプテンはジョーへ目を向け、いつもの不敵な笑みを浮かべた。それからまっすぐ彼のほうへと倒れ込む。ジョーは一歩も動かずよろめきさえせずに、頑丈な腕でその身体を受け止めた。
「どこかやられたか」
「まさか」
だがマーベラスはジョーに身体を預けたまま動かない。
「おい……」
「……だりぃ。連れてけ」
大きな目が、ふっと笑みに細められる。
「鍛え足りないんじゃないのか」
そう言いながらも、ジョーはマーベラスの腕を自分の肩に担ぎ上げた。
「あれ……」
ふと振り向いた鎧が見たのは、ジョーに肩を借り、脚を引きずって歩いているマーベラス。我らが船長の身になにが、と血の気が引く。
「ちょっと、マーベラスさんどこか怪我し……」
「うるさい」
後ろからやってきたルカが、鎧の頭を叩きながら横を通りすぎる。
「なっ、なんですか!?」
「喜びな。明日はシュークリームなしだよ」
「えっ」
それはありがたい。飛び上がりたくなるほどうれしいが。
「なんでわかるんですか?」
「もう焼く必要がありませんもの」
同じく鎧を追い越しながら、アイムがおっとりと答えた。その後ろをついていくハカセも、心なしか晴れやかな顔をしている。
「ぼくそろそろ大福とか食べたいなあ」
わけがわからない。
キャプテンが怪我をすれば、もうシュークリームを食べつづけなくてもよくなる。それが海賊の世界なのか。あるいは宇宙の常識なのか。
「ダメだ、ぜんっぜんわかんないや……」
たった一人の地球人は、不可思議な二人をちらりと振り返ってから、船に向かって駆け出した。
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