マーベラス/ジョー

2011_ゴーカイジャー,[R18]

エクササイズ

海賊船にも、夜の静寂は訪れる。
いつもは5人+1体で騒がしいラウンジも、照明が落とされ声もしない。
だがルカはそこが無人でないことを知っている。
「いたいた、元軍人さん」
スキップでもするような足取りで、ルカは就寝前の筋トレに勤しんでいるジョーに歩み寄った。
ジョーは腹筋運動から起き上がったままの姿勢で、無表情に仲間を見上げる。
「見張りはいいのか」
「ハカセがねえ、どうしてもやりたいって聞かなくって。かわいそうだから譲ってあげたの」
明らかな嘘だった。ろくでもない手を使ったにちがいない。
ジョーが、物見台でひざを抱えて泣いているハカセの姿を想像しているあいだに、彼女は猫のような俊敏さで脚を上げ、なんのためらいもなくジョーの腰の上に跨がって座る。
「それよりさあ、あたしともっと激しい運動しない?」
「……………」
媚を含んだ目つきと口調が、有無を言わさず迫ってくる。
ジョーは答える代わりに顔を背けた。むっとしかけたルカの耳に、別の人間の声が飛び込む。
「おい、なにやってんだおまえら」
ジョーが視線を向けたのはラウンジの入り口で、そこにはこの船の船長が立っていた。コートなしのラフな格好で、二人を咎めるように腕を組んでいる。
しかしその表情は、愉快な現場を見つけた……といった様子のにやけ顔だ。
相手がそんな態度だから、ルカも悪びれない。
「ちょっと、夜のエクササイズをね……」
ジョーにしなだれかかって、その胸をシャツの上からなぞってみせる。だがジョーは微動だにせず、ルカではなく船長に向かって口を開いた。
「マーベラス、こいつをどかしてくれ」
「……っ」
どこまでもそっけない男に舌打ちしたルカは、ジョーの頭を蹴飛ばす勢いで脚を振り回し、彼の上から降りて立ち上がった。実際すばやくよけなければ、癖の悪い脚は男の側頭部をヒットしていただろう。
「フラレたな」
意地悪い笑みで言われても、とくに堪えた様子もない。今度は船長に歩み寄り、その両肩に腕を置いてみせる。
「マーベラスでもいいんだけど……」
「でも?」
「ああん、ウソウソ、キャプテンがいいですぅ。こんなさみしい夜は、強い男のたくましい腕に抱かれたいんですぅ」
さっきまでジョーにすり寄っていた身体を、今度は臆面もなく別の男に押しつける。
「おまえ、前もそう言って朝まで……」
「いっしょに楽しんだじゃない、キャプテン?」
ルカの勢いに飲まれているのか、まんざらでもないのか、マーベラスの手が彼女の腰に回されたのをジョーは見た。
「だが今夜は……」
「なにか予定でもあるの?」
ルカの唇がマーベラスに触れそうになったとき、またしても別の声がした。
「なにをなさっているんですの!」
三人が同時にそちらを向く。
「アイム!」
廊下に立ち尽くしている令嬢を認めるなり、今の今まで男二人を悠然と誘っていたルカの顔色が変わる。
「ちがうのよ、これはね、ええと……そう! おやすみのあいさつっていうか……」
しかしアイムは両手で口元を押さえ、目を潤ませはじめた。面倒なことになった、とマーベラスが天井を仰いだ瞬間、かつんとブーツが床を蹴る音が廊下に響く。
「不潔ですわ……!」
きびすを返して走り出していくアイムに、ルカがあわてて声をかけた。
「やだ、待ってよアイム、誤解なんだから……」
彼女は目の前の身体を突き飛ばすと、男二人をぎろりと睨む。
「もうっ、あんたたちのせいだからね!」
悪役も真っ青の捨てゼリフとともに、ルカはアイムを追ってラウンジを飛び出していった。
残された二人はつい顔を見合わせる。
「なにが誤解なんだ?」
「あれだけ堂々と責任を押しつけられると、言い返す気も失せるぜ」
きっとルカはすべての罪をマーベラスかジョーになすりつけて、事態を収拾する気だろう。明日はアイムからどんな目で見られるか。そうでなければ、明日不幸になるのは八つ当たりを受けるハカセだ。
どう転んでも愉快だと、マーベラスは一人でにやけた。
再び筋トレに戻ったジョーが、ぼそりと呟く。
「変わったな、ルカは」
「ああ……世間知らずの王女さまなんか徹底的に汚して調教してやるんだって息巻いてたくせにな。結局あいつ、まだアイムには手ェ出してないんだろ?」
「そのぶんハカセの被害が甚大だ」
「あっちはちょっと揉まれたほうがいい」
薄暗いラウンジに、二人のひそやかな笑いが響いた。
「マーベラス、なにか用事があって来たんじゃないのか?」
ジョーに声をかけられ、ダーツの矢を手にしかけていた船長は、思い出したように振り向いた。
「ああ、そうだ」
その笑顔で、ジョーはこの先の展開を悟る。
「おまえを探しにきたんだ」
彼はシャツのボタンを外しながら、ジョーに歩み寄って馬乗りになった。
「もっと楽しい運動しようぜ?」
起き上がったジョーは、無表情に答える。
「誘い方がルカとほぼ同じだ」
「む……」
口をとがらせ黙り込んだ船長を見上げ、ジョーはこらえきれずに噴き出した。
なにをも恐れず、いつでも動じず。自分勝手で尊大で。
だがときどき、こんな無防備な表情を見せてくれる。それだけでも、彼の傍らにいる理由としては充分だ。
腹筋だけで起き上がり、への字に曲げられた唇に口づけた。一瞬驚いた顔が、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「俺はあいつとちがって、見苦しい言い訳なんかしないぞ」
スカーフを引き抜きながら、マーベラスはラウンジ中に聞こえるように怒鳴った。
「おい、鳥!!」
「鳥って言うな!」
打てば響く、のタイミングで返事があった。マーベラスはふり向かずに肩で笑う。
「やっぱり覗いてやがったか」
「しまっ……」
ナビィは首を引っ込めるが、見つかってしまった事実は撤回できない。うろたえて飛びまわる彼に、マーベラスは命令した。
「他のが来ないように見張ってろ。でなきゃ電池抜くぞ」
「やっぱり電池で動いてるのか?」
「調べるのは明日だ」
好き勝手にしゃべりながらシャツを脱ごうとしている二人を前に、ナビィはさらに動揺の羽ばたきをくり返す。
「ちょっ、マーベラス……」
「ジャマしたら焼き鳥にするからな」
「うっ……」
思わずくちばしをつぐんだナビィをマーベラスの肩越しに見つめ、ジョーは小さくため息をついた。ルカもマーベラスもナビィもだれひとり気づいていないようだが、さっきからかなりきつい体勢をとりつづけている。そろそろ腹筋がつらい。
「キャプテン、ベッドへの移動を提案する」
船長はベルトを外す手を止め、ジョーを見下ろして目を細めた。
「そうだな……」
そして機能停止も焼き鳥も免れたナビィは、平穏な夜と寡黙な剣士に、心から感謝することになったのだった。

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