蒼太/鳥羽
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つれない相棒
仕事柄、連絡がつかなくなることもめずらしくない。
それでも一年以内には必ず連絡があったし、二人の連絡用に使っている携帯電話は、二人以外に番号を知らないホットラインだった。
そもそも、彼自身がそのラインを大切にしていた。スパイとしては独立していたが、この自分からはまだ独立していない。そう思っていたのは、単なる願望だったのか。
金にもならない情報を、必死にかき集める。自分のためだけに。
最後に関わっていた仕事と、その計画が失敗したことまでは突き止めた。どうやら捕まってしまったらしいことだけはわかったが、どこの機関に送られたのかまではわからなかった。というより、護送途中で記録が消えているのだ。
逃げたのか。
死んだのか。
どちらにしても彼らしくなかった。
この自分が育て上げた最上蒼太という青年は、こんな迂闊な失敗をする男でも、どこかの情報部に消されるような男でもない。
プロの自分に突き止められない事実がある。しかもそれが、最も身近な人間の消息だというのが、ひどく堪えた。
しかし彼もプロだ。曲がりなりにもこの自分が仕込んだ。なにか身を隠さなければならない、連絡もできない状態なのだと思い込もうとする。そのうち忘れたころにでも、のんきな顔で現れるはずだ。
そんなことを考えている自分が柄にもなくて、嫌気がさした。
最後に会ったのが、ずいぶん昔のことに思える。
日本人ばかりの観光地でバカンスを楽しんでいたときに、彼はふらりと現れた。
いくつかの仕事を終えたあとなのだろう、疲れた様子ではあったが、いつもどおりの充ち満ちた笑顔は忘れていなかった。
「久々におっきい仕事が入ったんで、その前に遊び倒しておこうかと」
「いくらなんだ?」
「億ですよ」
「ドルでか?」
「もちろん」
「じゃあ、前祝いだ。おまえが失敗するわけないからな」
その日から、二人で毎日のように新しい女の子を引っかけては、開放的な夜を楽しんだ。毎晩ちがう名を使って、嘘に嘘を重ねて、他愛もない恋の駆け引きに熱中する。一晩で何人オトせるか、などという品のない競争までやった。
そんな享楽の日々を過ごしているうち、彼の電話が多くなった。他人の仕事にはノータッチ、という大原則があるから詮索はしなかったが、そろそろ次の仕事がはじまるのだろう。
「ねえ……」
だから、ある夜の彼がぐずぐずと外出の支度をしないのを見て、もうそろそろだなと思った。
「今夜は、鳥羽さんと二人きりで過ごしたいなあ……」
熱っぽい瞳で誘われたら、断る理由もない。
「抱いてばかりで飽きたんだろう。抱かれたくなったのか?」
片腕で腰を抱き寄せると、両腕で抱きしめられる。ひたいを触れさせ、相手の息を感じる距離で彼は笑った。
「女の子ばっかりで飽きたんですよ。鳥羽さんの泣き顔が見たいんです」
「言うね」
「ねえ、いいでしょ?」
口づけを迫る彼に流され、結局一晩中つき合った。彼の若さに本気で泣かされそうになりながら、何度も迫ってくる後輩に応えてやった。その方法を仕込んだのもこの自分なのだから、責任を取る義務はあるだろう。
明け方、彼はなにも言わず身ひとつで出ていった。よくあることだったから気にも留めず、そのまま寝たふりで見送る。
それっきり、最上蒼太は消息を絶った。
あらゆる手段を使っても、彼を見つけることはできなかった。
だから、その仕事で渡された資料を見て、目を疑った。
「本人か……?」
逆に信じられなかった。本名のまま、顔も変えていない。こんなに堂々と生きているのに、なぜ見つけられなかったのか。
そして彼の今の仕事内容に、さらに驚愕する。これじゃあまるで……
双眼鏡越しに、サージェスミュージアム近くのコンビニから出てくる姿を眺める。
ああ、あの顔は徹夜明けだな。コンビニ店員に笑顔を振りまいてはいるが、心持ち猫背気味だ。太陽のまぶしさに目を細めている。
「よう、蒼太!」
ふり向いた顔がこわばり、黒い瞳が大きく見開かれる。声も出ない様子だ。
そうだ、驚け。
この自分の半分でも驚けばいい。
歩み寄るにつれて、しだいにポーカーフェイスがもどってくる。
自分が目の前に立ったときには、笑みすら浮かべていた。
「お久しぶりです、鳥羽さん」
変わらない、嘘の塊みたいな笑顔。この笑顔を歪ませるために、自分はここにいる。
因果な稼業だと思いながら、同じくらいの嘘で固めた笑顔を見せた。
「お楽しみと仕事、どっちを先にする?」
訊かれて、反射的に笑顔を返す。
「久しぶりに会えたのに、いきなり仕事の話なんて野暮じゃないですか」
「それもそうか」
彼が現れた意図がわからない以上、腹のさぐり合いに持ち込むしかない。
「ホテルを取ってある。モーニングサービスの時間は過ぎたが、ブランチなんてどうだ。コンビニ弁当よりはいいものが食えるぞ?」
「すいません、ぼくこう見えても団体職員なんで、もう出勤しないと……」
腹に硬いものが押しつけられた。日本では一般人が所持を許されていない武器だ。白昼の衆人環視、しかも基地のすぐそばで、騒動を起こすわけにはいかない。
「つれないこと言うなよ。おれとおまえの仲だろ?」
肩のホルダーから、通信機を抜き取られる。ため息をついて、植え込みの陰に買ったばかりの弁当を置いた。
ベッドの端に腰かけた彼は、当然のような顔をして手を差し伸べてきた。
「おいで、蒼太」
その手を素直に取って、彼のひざに座り込む。こうしてまた彼の顔を見下ろすことがあるとは思っていなくて、懐かしさに抱きついてしまいたくなった。衝動を抑え、ただ肩に手を置くだけにして笑顔を作る。
「鳥羽さん、いつ日本に……」
答えはなかった。
彼はこちらの胸元に顔をうずめ、唇を押し当てていた。
「ちょっ、らしくないじゃないですか、そんなに焦らなくても……」
会話をしないことには、さぐり合いも成立しない。もちろん相手もそれはわかっているはずだ。つまり、腹をさぐらせるつもりはないのか……
「このあと仕事が控えてるんだ。手短に済ませようじゃないか」
言外に駆け引きを拒否され、次の手を考えながら彼の頭を抱き寄せる。
「ぼくは、せっかくの再会をゆっくり楽しみたいんですけどね……」
上向かせた顔に唇を寄せようとしたら、さりげなく顔を逸らされた。会話どころか、キスまで拒絶されたのだ。ショックだったが、自分の行動を思い出して黙り込む。身勝手なエゴで、彼の前から姿を消した。今でも変わらない関係でいられると思うほうがおかしい。
「鳥羽さん、ぼく……」
「……ああやっぱり。ここに入ってた」
革パンのバックポケットを探られた。そこに入っているのは……
「やっぱ日本製に限るよな……どっちがする?」
目の前にコンドームの袋を突き出され、苦笑した。
「先輩にお譲りしますよ」
「やる気が起きないってわけか」
「べつにそんなんじゃ……」
「それじゃあ、その気にさせてやるよ」
荒々しくベッドの上に投げ出されたかと思うと、羽根布団に俯せで押しつけられていた。
「鳥羽さん、もうちょっと優しく……」
「ああ、わかってる……」
その言葉どおり、優しい指が服の中に這い込んできた。
「や……」
「蒼太?」
耳元で名前を呼ばれて、身体が疼く。このところだれにも触れられていなかった身体は、貪欲に彼の愛撫を求めていた。
「鳥羽さ……ぁ、やっ……」
「……ぅ、蒼太……っ」
後ろから犯されているのに、強引なところはまるでない。呼ぶ声もどこか哀願の色を含んでいて、すべてを無条件に受け入れてしまいそうになる。
なめらかな羽根布団の表面を指がすべった。一方的に与えられるだけで、この手で相手に触れられないのがもどかしい。
「っあ、……ああ……っ」
痙攣するように身体が反応する。
この身体を知り尽くしている彼だからこそ与えられる、極上の快楽。逆に言えば、いくらでも責め立てられるほどに弱点を熟知しているはず。
だが、予想していた尋問はなかった。こんなチャンスはないはずなのに、いくら待っても彼はほとんど無言で、ときどき甘いため息とともに名前を呼ぶだけだった。
「ん……なんで……」
甘い快感に意識をさらわれそうになりながら、肩越しに彼を見上げる。
「……仕事は、お楽しみのあとって言ったろ?」
濡れて滲む視界に、彼の笑顔が焼きついた。
べつに動けなくなるほど責められたわけではない。たった一回だけで、服は元どおりに整えられている。
だが、起き上がる気がしなかった。このままベッドに身を沈めていたかった。
「ねえ、鳥羽さん……ぼく……」
「名残惜しいがそろそろ仕事に入らなきゃな」
ぐったりとした腕をつかまれ、かしゃん、と金属の錠がかかる音がする。
ああ、両手を縛める気だ……と思いながらも身体が動かなかった。目の前で両手首に手錠がかけられ、その鍵がジャケットの内ポケットにしまわれるのを、ほとんど無意識のうちに目で追う。
「さあ、パーティ会場に行こうか、蒼太」
「招待状、持ってませんけど」
「心配するな。おまえのためのパーティだ」
唇に指を当てて微笑むその顔を見て、彼は敵なのだとようやく実感する。
その唇は、一度もこちらの唇に触れることはなかったのだから。
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