映司/アンク

2010_仮面ライダーオーズ,[!],[R18]


【木陰とベンチと熱い夜】

「買ってこい」
こりずにアイスキャンディ売りを指さすアンクに、映司はため息で返事をした。
それがノーという意味であることくらいはアンクも知っている。背中を丸めて彼が数えているわずかな小銭が、彼の全財産ということも。
だが欲望のままに貪るのが本性のグリードにとっては、人間の都合に合わせて欲しいものを我慢するなど、屈辱に等しい。
「じゃあとっとと稼いでくるんだな」
「そう簡単に言うなよ」
日は落ちかけていて、いつもなら今夜の寝場所を探そうかという時間だった。アイス屋も店じまいを始めている。今日の明け方からヤミー相手に駆け回っていた映司にもこなせる仕事を今から探すのは、たしかに骨が折れるかもしれない。
「人間ってやつは……態度ばっかりでかいくせに軟弱な生き物だな」
「おまえが言うか」
力なく言い返す映司を無視して、アンクはすっかり馴染んだ携帯端末をいじりながら、ある情報に目を止めた。
「映司、俺に当てがある」
映司は驚いた表情でアンクを見やり、すぐに眉を寄せる。
「人に迷惑をかけるようなことはしないぞ」
ある程度予想はしていた答えだからべつに腹も立たない。
「ああ、問題はない」
本性が鳥である怪人は上機嫌で、とまっていた木の枝から飛び降りた。

まだ残暑厳しいとはいえ、日が落ちればわずかだが涼しくなり、汗も引く。
夜の風に当たりながら二人が向かったのは、近ごろ拠点にしているあたりからは少し離れた大きな公園だった。
いつも映司が仲良くしている、紙製の家に住んでいる連中は見当たらない。代わりに、映司とアンクのような二人連れが何組もいる。情報どおりだ。アンクは舌舐めずりをする勢いであたりを見回し、空いたベンチを見つけた。
「なあアンク、ここって……」
物言いたげな映司の腕を掴み、そのベンチまで引きずっていく。
「そこに座って客を待て。意味はわかるな?」
「やっぱ、そういうことかあ……」
見た目よりはるかに聡い青年は、困惑した表情で紫色の夜空を見上げた。
多少の抵抗や憤慨も予想していたから、おとなしくベンチに腰を下ろしたのには少し驚く。またなにか腹の底で得体の知れないことを企んでいるのか。
目を細めて彼を見下ろしたが、顔を眺めて考えていることがわかるなら苦労はしない。妙な行動に出ないよう監視していればいいだろう。
「逃げるなよ。俺はあっちで見張ってる」
そう言い置いて、相手の返事を聞かずに少し離れた木陰へと身を寄せた。すぐそばで睦み合っていた二人に睨まれたが、睨み返してそれっきり彼らのことは忘れ、映司に目をやる。
彼はベンチの背にもたれ、ただ星も見えない空を見上げていた。
……どうにも掴めない。
彼を完全に把握しきれていないという事実は、アンクにとってひどく屈辱だった。そのおかげで計画は狂いっぱなしだ。下等な種らしくただ支配され搾取されていればいいものを。映司はいつも映司の信念で動く。
その信念さえ未だにわからない部分がある。アンクも現代の人間についてそれなりに学習しているし、一般的にどんな社会通念があるのかくらいは知識として身につけた。それと今までの映司の行動を合わせて考えると、映司はあそこで黙って座っているような人間ではない。
あれこれ考えながら映司だけを睨みつけていたせいで、反対側から別の人間に接近されていることに気づくのが遅れた。
「きみ……一人?」
他のだれでもない、アンクに向けて発せられた言葉に、アンクは一瞬きょとんとして見知らぬ相手を見つめる。どうという印象もないスーツの中年男だ。
「2万でどうかな」
「なに?」
しかしアンクも伊達にここを選んだわけではない。映司にやらせようとしたことを自分が求められているという事実をすぐに理解する。
「ふざけるな……」
人間ふぜいにこの身を好きにさせるなど不遜も甚だしい。今ここで殺してやろうか。
とっさに右腕の本性を露出させながら男を睨みつけたが、相手はアンクの顔だけに見とれていて気づいていない。その顔を見てすぐに思い直す。
しょせんこの身体も仮の宿、軟弱な人間で、グリードたる自分ではない。金になるというのなら使わない手はないだろう。それにうまくいけば、この男にメダルをため込むこともできる。何を考えているのかわからない映司を使って小銭を稼ぐよりも確実だった。
「5万だ」
あごを上げて傲然と言い放った美青年に、冴えない中年男は息を飲む。迫力に圧されたのか、その美貌に心を奪われたのかはわからない。しかし結果として男はアンクに屈した。
「……いいよ、その代わり朝まで……」
アンクが勝利の笑みを浮かべかけたとき、突然二人のあいだに第三者が割って入ってきた。
「すいません、こいつはぼくの友だちで!」
「映司!?」
映司はアンクを背中に庇うようにして、男に頭を下げる。
「ほんとにすいません、今のなかったことにしてもらえませんか」
「で、でも今……」
「そうだぞじゃまするな」
手に入れた金は映司にやって恩を着せるつもりだった。またしてもアンクの計画を台無しにする気なのだ、この男は。
押しのけようとしたが、逆に肩を抱き込まれる。悔しいことに、この身体より映司のほうが力があった。もがくアンクを抱きかかえたままぺこぺこと謝るものだから、こちらも頭を下げるはめになる。
「いやちょっとケンカしちゃって、それでこいつ、やけになってるだけなんです。ごめんなさい、ちゃんと言って聞かせますから……」
「そ、そうか……仲直り、するんだぞ……」
もともとアンクの凄みになすがままだった気弱な男は、映司の必死さに心打たれたというよりはその場にいるのがいたたまれないといった様子で、逃げるように二人から離れていった。
ほっと映司の肩から力が抜けた隙に、アンクはその腕を乱暴に振りほどく。
「なんでじゃました!? 売れないおまえの代わりに俺自ら稼いでやろうってんだぞ、感謝して協力するのが筋だろう……」
不満を言い終わらないうちにアンクは再び映司に抱きしめられていた。しかも今度は正面から。
思わずよろめいて、背後の木にもたれかかる。
「なにす……」
真横にある映司を見やったが、耳しか見えない。アンクの肩にあごを置いた映司は、静かに言った。
「こうしていれば、だれも寄ってこない」
言われて映司の肩越しに辺りを見回せば、たしかに声をかけられるのは一人でいる人間だけだ。二人連れ、しかも不自然なほど身体を密着させている組のあいだに割って入る者はない。今こうしている時点で、二人が客をとれる機会はなくなったというわけだ。
アンクは鳥の手で映司のシャツをわしづかんだ。
「綺麗事なら聞かないぞ」
だが、映司は微動だにしない。ただトーンの変わらない声で、アンクの耳にだけ届くよう呟いた。
「身体を売るのが悪いなんて言わないよ。それしかできないときもあるし。仕事として誇りを持ってる人だっている。おれは得意じゃないから、おまえに言われるまで思いつきもしなかったけどさ」
迷いのない言葉が淡々と吐き出される。映司の頭には、具体的な記憶が思い起こされているのだろう。
「でも、人によっては死んだほうがましって思うくらいのことでもあるんだ。おまえの身体の持ち主がどう思ってるか俺は知らないけど、きっといやなんじゃないかな」
「……半死体の考えなんか知るか」
ああ、これだ、とアンクは思う。
自分については「得意じゃないけど」と受け入れてしまう彼が、こんな死にかけの男のために必死になる。どこまでいってもそこだけが、アンクには理解しようのない映司の「信念」だった。
「やっぱりさ、俺もっと健康的に稼ぎたいな」
声が少し高くなった。意図的に明るくしているようだ。
「……夜間警備員となにが違うんだ」
不機嫌に唸るアンクの耳元で、映司はくすくすと笑う。抱く腕にもさっきほどの力はこもっていない。
「大金はムリだけど、二人ぶんの食費くらいはなんとかする。だから……」
「この身体を大事にしろ、か?」
「命令でもお願いでもないよ。契約だ」
「……!」
映司はあくまでアンクと同じ目線に立とうとする。アンクに選択権がないのをわかっていて。
「……くそっ!」
腹立ちまぎれに、口の近くにあった映司の首に噛みついた。
「アン……」
声が驚きに揺れる。汗の味がする肌を舐め上げると、「ひぃっ」っと間抜けな声が洩れた。おかしくて噴き出しそうになるのをこらえて、歯を立て吸い痕をつけてやった。
「ちょっと待っ……」
「今、俺たちはそういう関係なんだろ?」
アンクの視界には、薄汚れた下劣な生き物が何組も互いの肉を貪っている姿が映っている。まるで捕食……いや、共食いか。互いを食い合い、さらに欲望をふくらませている。アンクが、グリードが最も好む人間の姿だ。
この映司だって他の連中と変わらない、ただの人間のはずだ。この悟りきったような小憎らしい顔が欲望に溺れるところを見てみたい。
映司の足のあいだにひざを割り込ませると、彼は驚いて文字通り逃げ腰になった。
「安心しろ、初回無料にしてやる。5万どころか500円も持ってないだろうからな」
左腕で腰をがっちりと抱え込み、唯一残った自分の本体で映司の股間を服の上からさすり上げる。
「やめろって、なに考えてんだ……」
騒ぎながらも、さすがにこの手で掴まれては映司も動けなくなるらしい。
アンクは人体に関する知識を総動員して、映司を愛撫しはじめた。幸い、人間の身体は太古の昔からそう変わってはいない。現代の情報を検索するまでもなかった。
「くぅ……っ、ん……」
映司が必死に声を殺しながらしがみついてくる。服の上からもわかるほどに、その中心は形を成していた。
「そうだ……いいぞ、もっとだ……」
「や、め……」
自分の腕の中で身をよじり弱々しく頭を振る映司に、アンクはこみ上げる哄笑を抑えていた。
人間の欲望はグリードの餌だが、欲を貪る人間を眺めるのは単なる食事ではない。
欲が欲を呼び、自らの欲に溺れていく、その浅ましい姿を嘲り蔑むことこそが唯一にして最大の娯楽なのだ。この恍惚と陶酔はグリードだけに許された高尚な快楽であり、人間ごときにはわからない。
だがふと、自分の身体に違和感を覚えた。
「……っ!?」
妙に息苦しい。
耳元で聞こえる映司の喘ぎに同調するように、アンク自身も息を荒くしている。
身体が熱いのは、映司の体温が映っているからではない。
そして、普段の酩酊感とはちがう、ひどく苦しくて急き立てられるようなこの感覚は……
「そんな……」
絶望の呻きを洩らしながら、アンクは自分の身体を引き裂きたい衝動に駆られた。
この忌々しい肉体のせいだ。
アンクと一体化した身体は、アンクの欲望を人間の欲望に変換してしまった。今アンクは、今の今まで玩んでいた映司と同じ状態になっている。
「ア、ンク……?」
映司が荒い息とともに頭を上げ、こちらの顔を覗き込んできた。アンクは思わず顔をそむける。だが自分を無視して映司だけを追いつめることはできそうにもないし、かといってこの身体を離れるわけにもいかない。
「くそ……っ」
アンクは震える左手でボトムの前を開け、映司の手を掴んでそこに導く。
「え……」
「待たせるな、早くやれ!」
今やアンク自身となったその欲望が、どこか遠慮がちな映司の手に包まれる。ちらりとこちらを見た映司と目が合った。また顔をそむけたくなる気持ちをこらえて、渾身の睨みをくれてやるのが精いっぱいだった。
映司が、おそるおそるといった様子でしごきはじめる。
「はぁ……んっ!」
情けない声が勝手に口からこぼれ落ちた。
こらえようとしても、初めてのことでうまくいかない。痛みならまだ制御しようもあるというのに。
「声、出さないで……」
わかってる、と答えかけてまた声が洩れそうになる。奥歯を噛みしめるより先に、上向かされ口を口でふさがれていた。
アンクの抑えきれない声を飲み込んでいるのだとわかり、怒りで身体がさらに熱くなる。そんな小細工をされること自体が屈辱だった。なにより、映司より堪え性のない身体が自分のものという事実に愕然とする。
悔しさと憤りのまま、相手の口に舌をねじ込んでやった。そしてまた、思わぬ快感に震えかける。ためらうように逃げる映司の舌を追って、アンクはその感触を絡め取ろうと躍起になった。
一方でやたら引っかかる自身の右腕を収め、人間の手で映司の屹立を服から引っぱり出す。
「ん、んぅ……っ」
互いの息を止めたまま、二人はただ相手に快楽を与えることに熱中した。

嵐のような時間は過ぎ去ったが、息はまだ収まらない。
闇の中でもわかるほど上気した顔が呆然とこちらを見つめている。その間抜けヅラになにか致命的な罵声でも吐きつけてやりたいが、なにひとつ思い浮かばなかった。
やがて映司は静かに離れ、シャツを一枚脱ぐ。
彼がそのシャツでお互いの汚れを拭っているあいだ、アンクは混乱した頭を整理しきれずにただ木に寄りかかっていた。
「アンク?」
声をかけられ、目玉だけを動かして相手を見やる。映司はきまり悪そうに汚れたシャツを丸めて、自分の身体を見下ろした。
「あーあ、明日のパンツが今夜のパンツになっちゃったよ」
「……他に言うことはないのか、おまえは」
ようやく吐き捨てた言葉に、今ひとつ殺気がこもらない。声がおかしくなっているようだと思いながら身を起こす。両足で立てることをさりげなく確かめるアンクに、映司は穏やかだが意志の強い声で告げた。
「慣れないことはやめようよ、お互い」
「二度目からは高いぞ?」
映司の言葉を無視して凄んでみせてから、アンクは鳥の右手で拳を握りしめる。
主導権を取るつもりが、どちらも余裕をなくして求め合っていた。結局どちらが上でも下でもなく、これではいつもと同じだ。結局は映司の提案を受け入れるしかないというところまで、変わらない。
なんという屈辱続きの夜だろう。
ふと、映司が顔のほうへ手を伸ばしてきた。反射的に顔をそむけて払いのけようとするが、映司はアンクの手を軽くいなしてあごを捉える。
「なにする……」
無骨な指が、濡れた唇の周りを拭っていく。
「……ごめん」
その謝罪がなにに対するものなのかわからないまま、アンクは歩き出す映司のあとを追うしかなかった。


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