映司/アンク

2010_仮面ライダーオーズ,[!],[R18]


【落下と頭突きと消えた翼】

頭上からくしゃみが聞こえて映司が顔を上げる。
映司は着替えようとパンツ以外の服をすべて脱いだところで、それに対してくしゃみの主は服を着込んだ上に毛布までかぶっていた。
「風邪?」
「ちがう」
目が合ったアンクは鼻をこすりながら顔をそむけた。
毛布を頭からかぶり、映司に背を向ける。寒いのは毎晩のことだ。真冬の川に落ちて平気な映司のほうがおかしい。
「なあアンク……」
「うるさい、とっとと寝ろ」
会話を拒絶すると、彼はおとなしく黙り込んだ。
昼間から、映司はなにか言いたげな顔でアンクを見ている。用件はわからなくもない。策略のために川へ突き落としたことを今さら愚痴るとも思えないから、きっとメダルとこの身体との関係についてだろう。
だがアンクのほうはその話をしたくない。今は考えたくもなかった。
「……………」
衣擦れの音すらしない静寂が部屋を満たす。
その静けさを不気味だと感じた次の瞬間、アンクはいきなりソファから投げ出されていた。
「な……っ!?」
映司がソファのカバーを思いきり引いたのだ。悪態をつく間もなく宙に放り出されたアンクは、床への激突を覚悟してみがまえる。しかし、衝撃も痛みもなかった。
「……っと」
下で待ちかまえていた映司の腕の中に落ちた。いや、抱きとめられていた。裸の身体が発する熱が、今までこごえていたアンクをふんわりと包む。
「……なにしやがる!!」
とっさのことでひねりの効いた罵声も浮かばない。苛立ちのまま鷹の手で映司の頬をつかんでいた。
「ふがっ、あんふ……」
間抜けな顔がなにか言いたそうだったので少しだけ力をゆるめてやると、映司はアンクの顔に頭をぶつけようとした。少なくともアンクはそう思った。
だが実際には、攻撃的な接触ではなく。ただひたい同士を押し当てて、それから安心したように呟いただけだった。
「熱はないな」
「……………!」
アンクは歯を食いしばり、映司から少し頭を離す。そして反動をつけて思いきり頭突きを食らわせた。
「いっ……!」
力が抜けそうになった映司の胸を突き飛ばして、なんとか無様でない格好で床に降り立つ。
「どういうつもりだ!」
自分自身もかなり痛むひたいを押さえながら、同じポーズの映司を睨みつけた。
「いや、熱があるか確かめようと……手ふさがってたから……べつに頭突きしようとしたわけじゃないよ……」
頭突きのほうがまだマシだった、と思いながらアンクは足元に落ちた毛布を乱暴に拾い上げる。
「くそっ、だから冬は嫌いなんだ……」
巣に戻ろうとすると、腕をつかまれる。
「寒いなら、いっしょに寝る?」
服の上からでもわかる、映司の体温。熱を測るために触れたひたいも、映司のほうが熱かった。もともと体温が高いのは知っている。それはアンクにとって強烈な誘惑だった。2秒ほど逡巡して、振り返る。
「その意味、わかってんだろうな?」
ただ映司にすり寄って暖めてもらうだけなど、アンクのプライドが許さない。ちょうどいらついていた時期でもあって、アンクは映司に身体の関係を要求した。彼で暖を取るのは、彼を支配した延長になければならない。
つまり映司のベッドで寝るということは、映司がアンクに身体を差し出すのと同義なのだ。
「あー……はいはい」
ため息をついた映司は、肩を落としてコンドームを取りにいく。
その姿がまた気に入らなかった。
どんなに責め立てても、映司はさほど堪えたように見えない。欲望におぼれさせようとしても態度を変えない。今では慣れてきている節さえある。毎回ちがうやり方で映司を苦しめようと努力している自分のほうが間抜けに思えてくる始末だ。
ベッドに腰を下ろしたアンクは、自分も服を脱ぎながら映司に命令した。
「おまえ、上になれ」
「え?」
パンツ一枚という準備のいい格好で枕の位置を直していた映司は、目を丸くして首をかしげる。
「上に乗って、自分で動くやつ? あれうまく動けないからあんまりやりたくないんだけど……」
「ちがう、おまえがそれを俺に挿れるんだよ」
映司の股間を指さすと、それまで気の抜けた表情をしていた顔が、すっと硬くなる。
「その身体を傷つけないって、約束したはずだよね」
そんなことはわかっている。にやりと笑って、アンクは映司の鼻先に顔を近づけた。
「ああ、だから傷つけないようにやれ。優しく抱いてみろ、俺がいつもしてやってるようにな」
もちろん、アンクは映司に優しくしたことなど一度もない。手酷い外傷こそ残さないが、映司の体力が落ちないギリギリのラインを見定めて嬲るのがアンクのやり方だった。それをいちばんよく知っているから、映司も眉を寄せる。
「あのさ、アンク……」
「おまえを好きにしていいって言ったよな? じゃあ俺がおまえの上で腰振っても契約違反にはならないわけだ」
服を脱ぎ捨て、映司の腰の上に跨がった。部屋の空気は肌寒いが、映司と肌を重ねればじかに熱が伝わってくる。このまま交われば汗をかくほど熱くもなれる。
だが映司は少しも始める気がないようだった。
「それはさせない」
「おまえができないなら、他の人間にやらせるだけだ」
「え……」
映司の胸に寄りかかり、重みをかける。それでも両手を後ろについて倒れまいとする精神力はなかなかのものだ。アンクはにやりと笑って映司の唇を舐めた。
「前におまえを売ろうとしたとき、先に声をかけられたのは俺だったな? 高く売れるらしいぜ、この身体は。いや……こいつを逆恨みしてるやつもいるんだったな。この身体をめちゃくちゃにしてやりたいと思ってる連中もいるだろうさ。狼の群れに羊を放り込んでどうなるか、見てみたくないか? この身体が一度に何人まで相手にできるか……」
「アンク!!」
両肩をつかまれ、押しやられる。二人は座ったまま、正面から睨み合った。沈黙が結論を待っている。
「……わかった。全部、おれがやる」
静かに告げられた言葉に、アンクの血が躍った。
映司は「全部」の責任を取ると決めたのだ。泉信吾とアンク双方の。映司の性格をよく知っているアンクの勝利だった。
「だから人間の身体に入ってるあいだは、おれ以外としないで」
泉信吾の身体に限らず、とさりげなく条件をつけてくるあたりは相変わらず抜け目ない。だがそれならそれでいい。メダル集めもストレス解消もすべてが映司で事足りるなら、用済みになるまで利用しつくしてやる。
「いいぜ。おまえだけのものでいてやる。恋人みたいにな」
皮肉たっぷりの言葉をかけてやれば、映司の顔がおもしろいように曇った。普段本心を見せない男を、ここまでやり込めたことにアンクは満足する。
「おまえしかいないんだ……せいぜい楽しませろよ?」
わざと甘えた風に首を抱き寄せて囁くと、映司も観念したのか、ため息混じりに苦笑いを浮かべる。
「でもさ、俺こういうの得意じゃないんだ。気持ちよくなくても文句言いっこなしね」

華奢な身体を、ベッドに横たえる。
その顔を真上から覗き込むと、触れる前からアンクがわずかに警戒したのが見てとれた。彼は決して認めないだろうが、本能的に怯えているのだ。今アンクが見ているのは、捕食される側の視界。映司もよく知っている感覚だった。
いつかこうなると、予想しなかったわけではない。
最初に肌を重ねることを許したとき、映司はすでにアンクと同罪だった。抱くか抱かれるかなど、程度の問題でしかない。この肉体の意思を無視した行為であることは事実なのだから。
映司はゆっくり頭を下げ、細い首に口づけた。アンクが小さく息を洩らす。
唇でその肌に触れながらも、脳裏にはまったく関係ないイメージが……赤い翼が何度も広がっては消えていた。
昼間見たそれが、どういう意味なのかはわからない。
ただ映司が予想し、恐れていたのとはちがう結果になった。アンクは変わらずここにいる。その結果に安堵していいのか、映司は判断できないでいた。
「ぅん……っ」
つんと立った胸の突起をそっと吸うと、細い腰が反って映司の腹に押しつけられる。催促しているようだ。
アンクには前戯などまだるっこしいだけにちがいない。映司を焦らすためにわざと引き伸ばしたりはするが、されるのは好きではないらしい。そもそもアンクにとっては映司でストレス発散するための行為でしかないのだから、むだを嫌がるのは当然だろう。
それでも、映司はゆっくりアンクの身体をほぐしていく。傷をつけるなと言ったのは自分で、ときどき凶悪な右腕を露出させる以外はごく普通の人間の身体だ。急いではいけない。
白い内股をマッサージするように何度か手をすべらせていると、頭の上に拳が降ってきた。
「いいかげんにしろ! 一晩中そうしてるつもりか!」
「それもありかな……」
振り回された腕を今度はなんとかよけて、いくらかの覚悟とともに彼のひざを押し開いた。
救急箱から見つけ出した軟膏を、映司を受け入れたがっている場所へ慎重に塗りこんでいく。
「……んっ」
今までとはちがう刺激を受け、アンクが声を殺してしがみついてきた。首と同時に、中へ差し入れた指も締めつけられる。
「声、我慢しなくてもいいから」
耳元へ囁いた映司を、アンクは横目で睨みつける。気遣われるのが気に入らないらしい。
「べつに……っ」
言葉とは裏腹に、映司の息を止める勢いで腕を絡めてくる。あまりに苦しくて、映司は思わず笑い出していた。
「やめても、いいよ」
「ふざけんな、逃げる気か……ぁっ!」
びくん、と細い腰が痙攣する。映司が指を動かすたびに、押し殺した嬌声が上がる。艶かしい声と表情に、映司もつい喉を鳴らしていた。
「アンク、ほんとにいい?」
それでも最後の念押しに確認すると、彼はぎろりと映司を睨みつけ、唇をふさいだ。
「んぅ……っ」
乱暴に舌を絡め弄ばれ、あっという間に息が上がってしまう。とどめとばかりに映司の舌を思いきり吸ったアンクは、濡れた唇を映司のあごに押しつけた。
「もったいぶるな……っ」
その言葉に観念し、映司は普段アンクにつけてやる避妊具に手を伸ばす。
向き合っている相手に装着するぶんにはどうということもないが、自分でつけるとなると、あせっているのもあって手が震えてしまう。おまけに、焦れたアンクに腰を蹴られ、手元が狂いそうになる。相手が非協力的だと、単純な動作さえ難しい。
「力抜いて……」
「うるさい、わかってる」
そう返して自らひざを開いたアンクだったが、さすがにつながるときには声にならない悲鳴を上げた。
映司はできるだけ動かないようにして、必死に相手の身体をさする。さっきアンクが反応を示したところに口づけ、撫でさすって、なんとか彼の痛みをなだめようとした。それでも締めつけられるだけで身体は反応してしまう。
「アンク、アンク……」
襲いかかってくる快感に震えながらも、映司は意識をアンクへ向けた。どうしたら、この身体を満足させられるのか。それだけを考えて、ゆっくり腰を進める。
「……っ!」
「……ぁっ!!」
二人は同時に息を飲む。痛みか快感かわからない。だが衝撃に貫かれるタイミングは同じだった。
映司は大きく息をつき、アンクの胸に掌を当てた。
早鐘のような鼓動。ああ、彼は生きている。そんな場違いなことを思う。その「彼」がだれなのか、自分でも区別はついていなかったけれど。
「映司……っ!」
アンクの恐喝に近い懇願を受け、映司はまた動きはじめる。それに合わせて、二人の腹のあいだにあるアンクの欲望に指を絡め愛撫した。優しく、どこにも傷をつけないように。薄い胸にも口づけては、彼に快感を与えようとする。
だがそれはアンクの気に障ったらしい。
「バカ……っ、やめろ、そんなの……っ」
声を上ずらせながら抗議の言葉が吐き出される、だけならまだしも。髪を引っぱり肩を引っかき、あげく「男らしくない」「もっと激しくしろ」などと喘ぎ声のあいだから要求してくるのが煩わしい。
だが映司はアンクの挑発に乗る気はなかった。余裕がなかったというほうが正しい。ただ真剣に、アンクが快い場所を探しつづけていた。
「はっ、ぁんっ!」
最奥を突かれ、アンクがかすれた声で啼く。快いのか悪いのかわからず、映司はぎょっとして動きを止める。だがすぐに、切れ切れの声が囁きかけてきた。
「なにしてる……こんな身体、めちゃくちゃにしてしまえ……」
アンクが信吾の身体を粗末に扱いたがるのは知っていた。だからというわけではないが、映司の愛撫はより丁寧に、慎重になる。
「くそっ……それを、やめろって言ってんだろ……っ」
頭に血が上ったらしいアンクは、ついに右手をグリードの本性に変えて、鋭い爪を映司の背中に食い込ませてきた。
「う、ぁあっ!!」
映司は皮膚を裂かれる痛みにのけぞる。
必死に唇を噛んで耐えながら犯人を見下ろすと、強気な瞳が潤んでいた。映司の手の中にある欲望もそろそろ限界が近いらしい。思わず笑みが洩れる。
「なんだ、気持ちいいんじゃないか……」
「うるさ……」
アンクが言葉を切ったのは、映司が少しだけ動きを早めたからで、それからほとんど同時に達するまでのわずかな時間、二人はお互いの乱れた呼吸しか聞いていなかった。
「ほんっとに……『得意じゃない』んだな……」
かすれた声に苛立ちが滲む。だがアンクの……実際には信吾の中で絶頂を迎えたばかりの映司は、その皮肉にも答える余裕がなかった。
「はっ……はぁ……っ」
息が収まらない。震えが止まらない。なにも考えられなくて、衝動のままにアンクを抱きしめていた。
「映司!?」
「はっ……」
この身体は好きだ。男ながらにきれいで、しなやかで、気持ちよくて……こんなかたちでなければ、抱くことも抱かれることもためらわなかっただろう。だがこうして映司と抱き合っているのはこの身体の意思ではない。
「おいっ、なにすんだ、苦し……」
今、映司の腕の中にいるのは、口も性格も悪いこの怪物。昨日など彼に殺されかけた。しかし一度ならず助け合ってきた仲だ。彼は自覚しているよりずっと儚い存在で、この身体を追い出されては生きていけない。
すべてを取り戻したとしても、彼は常に不完全だという。そう創られた生き物だから。不完全なのをわかっていて、完全を求めようとする。果てしない欲望は、生そのものだ。生を求める彼と信吾に、どれほどの差があるのか。
「はぁっ……」
閉じた目の裏で、あの翼が広がる。しかしその翼は永遠に羽ばたくことはない。映司はその姿を想像できない。
「苦しいっつってんだろ! 離せバカ!!」
髪の毛をつかまれ、むりやり引き剥がされる。それでも映司は呼吸を静められずに、目の前のアンクを呆然と見つめていた。頬が濡れているのは自覚していたが、その理由はわからなかった。
アンクがふと眉を寄せる。怪訝の表情すらもどこか悩ましげで、映司がただ見とれていると、彼は思ってもみないことを問いかけてきた。
「おまえ……この男が好きなのか?」
「え?」
この男……アンクではない、泉信吾のことだ。
「つまり、恋だの愛だのって意味でだ」
素直に首を横に振るが、アンクがどうしてそんな発想をしたのか理解できない。もしかして、そう感じさせるなにかが今までのやりとりにはあったのだろうか。自分の気持ちもわからないほど鈍感だとは思わないが……
どんなに考えようとしても、映司の思考は散らばっていくばかりだった。
「だから、そっち関係はホント苦手なんだってば……」
嘲笑を予想して目を上げたが、彼は笑ってはいなかった。透きとおった視線が映司を貫いて、そしてふっと逸らされる。
その顔を映司は何度か見ていた。諦めや悟りを感じさせる、凶悪なグリードとは思えない表情は、映司の心をいつも揺さぶっていく。
今も、人に戻った右手の指先を舐める横顔から、視線が外せない。
舌が舐め取ったのは映司の血だった。忘れかけていた背中の傷が痺れるように痛み出す。
「ねえ、アンク……」
今度こそ問いただそうと思った映司の唇を、濡れた指が制止した。
細く硬い腕が迷いなく伸びてくる。汗ばんだ胸に抱き寄せられ、映司はほうっと息をついた。
「次の仕事だ、映司。俺に風邪をひかせるな」
「ん……」
映司は自分の頬をこすって、アンクを抱き返した。昼間のことを訊くのは、明日にしようと思った。


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