【SS】ビルド「AfterGrease」
先日の感想で語った内容そのままです。
アルカリが「過不足なく要点がまとまっている」と言ってました。うん……4000字弱でまとまる私の萌え、効率的……
葛城忍と、浦賀啓示と、エボルト/石動惣一の話。
お客さまの中に浦賀萌えの方はいらっしゃいませんか!?っていうアナウンスに近いです。
時間軸と人間関係と葛城父子の研究内容がよくわかってないんですが、公式がふわっとしてるんでもういいかなと!
グリス(Vシネ)ネタバレだけど、ドルヲタの出番は数行です。
フィジカルなカップリングは想定してませんがご自由に。
個人的にエボルトは総攻めだと思いつつ、自分で手を下すのもなんか違うなあというぼんやりしたイメージで止まってます。
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【AfterGrease】
その人は、決して笑わなかった。
写真や映像で見る葛城忍は、ときに笑顔を見せていた。パンドラボックスが開く前のことだ。だが浦賀が彼の傍らで働くようになったのは、葛城忍が「自殺」してからで、彼は社会的存在とともにその人間味までも殺してしまったように、常に無表情だった。
「浦賀くん」
無機質な声が呼ぶ。
だが冷酷なわけではない。彼は若輩ともいえる自分に意見を求めることを厭わなかったし、実験が成功すれば安堵したように「よくやった」と言葉をかけてくる。
家族はいないも同然で、社会との関わりをも厭う。自分と同じだ、と思った。葛城は浦賀の孤独を哀れんだりはしなかった。自身の孤独を嘆くこともなかった。ただ、科学の力だけを信じていた。
この自分よりも幾分かは劣る研究員たちなどは、物の数にも入らないが。このだれにも知られることのない薄暗い研究所の中で、つまりこの世界で、彼だけが全てを捧げるに値する存在だと思えた。
執拗に暴れる実験体を取り押さえる助手の向こうで、浦賀は状態をモニタリングしていた。
不意に何かが宙を舞うのが見えた。実験体が、力任せに拘束具の一部を引きちぎって投げつけてきたのだ。闇雲に暴れただけで標的など定まっていなかったが、浦賀のほうへ飛んできたそれをよけきれず、金具が顔をかすめる。距離があったため、そのときは助手たちのようにマスクはしていなかった。
薬物投与で鎮静状態にさせ、結果レポートを別室の葛城へ持っていく。葛城はデータを確認してから、報告を終えて出ていこうとする浦賀を呼び止めた。
「待ちなさい」
顔の傷について尋ねられ、自分で触れてみて血が出ていることを知る。拘束具の破損は報告したが、破損パーツが自分に当たったことには言及していなかった。
「衛生上、問題がある」
椅子へ座るように言われ、戻って自分で処置すると断る間もなく、彼自身から手当てを受けることになる。
伸びるままにまかせて顔にかかっていた髪を、耳の後ろへかき上げられて思わず息を止めた。頬の血を拭い、消毒をして……葛城の手が浦賀の肌に触れたのは、記憶するかぎり初めてだ。この男にも体温があるのだと思った。
普段と変わらずその顔から感情を読み取ることはできなかったが、それでも浦賀は目の前にある葛城の顔をただ見つめていた。
処置を終えた葛城は「もう行っていい」と救急用具を片づけはじめる。
頬に貼られたテープに触れた。ここへ来る前はほとんど痛みなど感じなかったのに、今そこは熱を持って疼いている。それは、肉体の痛みというよりは……
「……ありがとうございます」
そんな状況ではないのについ顔をほころばせると、相手の目元も少しばかりゆるんだように見えた。
データを確認している浦賀の元へ、見慣れた人物がふらりとやってきた。
「よぉ、浦賀ぁ」
「ブラッドスターク……」
時折現れる仮面の男から、話しかけられることはそれほど多くない。こちらから声をかけることもなかった。その男はいつも葛城とばかり話をしていて、その一方的に親しげな態度が、見ていて妙に癇に障る。葛城の態度は変わらなかったが、共有している情報が自分より格段に多い様子なのも気になっていた。時として言葉さえ必要としていない二人のあいだには、他のだれとも違う、ある種の「繋がり」や「秘密」があるように見え、それが浦賀を苛立たせる。
「葛城先生なら、他の研究室に……」
だが今日に限ってブラッドスタークは、気だるげに浦賀自身を呼び寄せた。
「その葛城先生が、おまえにロストスマッシュの実験を任せたいってよ」
「!」
ロストスマッシュはまだ試作段階で、今はこの男がどこからか実験体を調達しているのだが、その詳細は浦賀さえ知らされていない。ようやく葛城が、その領域へ立ち入ることを許してくれたのだと思った。ブラッドスタークを介してというのが不満といえば不満だが。
いつかこの忌々しい男よりもさらに上へ、さらに近く。
「やる気があるなら、ついてこいよ」
あの人は、今度こそ笑ってくれるだろうか。
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「浦賀くん……」
資料を見ながら研究室に入ったが、いつもならすぐ駆け寄ってくる長身が返事すらしない。顔を上げると、モニタの前にはだれもいなかった。解析作業を途中で放棄して席を外すような男ではないのだが……
「だれかお探しですか、葛城センセ」
耳障りな、にやけた声にふり返る。石動惣一が……石動の姿をした侵略者が立っていた。
「浦賀はどうした」
エボルトは愉快そうに顔を歪め、こちらへなにかを投げてきた。受け止めたのは、黒いボトル。
「まさか……っ」
愕然としてロストボトルを見つめる。
この男の残虐な手口を見せつけられるたび血の気が引くが、こればかりは嘘であってほしいと直感的に願った。
「自ら志願したんだぜ。見上げた心意気だよなぁ?」
「浦賀を……」
大仰に肩をすくめて天井を仰ぐエボルトの姿に、血が上りかける。思わず声を荒げそうになって、目を閉じ肩で息をした。感情を表に出してはならない。
浦賀がエボルトに対して漠然と反発心を持っていることは気づいていたし、エボルトのほうも従順ではない浦賀を疎んじていたようだった。こうなる可能性はゼロではなかったものの、忍が警告する前に起きてしまったことは悔やみきれない。
手の中にあるボトルを握りしめる。それでも、自分は前へ進まなければならない。
「……ばかなことをしたものだ。彼が外れたことによって開発のペースはかなり落ちるぞ」
声だけは冷静に、だがありったけの敵意を込めて睨みつける忍に、エボルトは片眉を上げて応じる。
「そいつは大変だ、葛城先生には二人ぶんがんばってもらわなきゃな……」
忍の肩を叩き、エボルトは上機嫌に立ち去っていった。
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石動惣一と葛城忍は、沈痛な面持ちでひとつのモニタを眺めていた。
ダウンフォールのテロは鎮圧され、組織もほぼ一網打尽で壊滅状態だという。首謀者の浦賀啓示はライダーシステムによって撃破。首相が訴えてきた「有事の際の防衛システム」としての重要度がより注目されるようになった。
だが「旧世界」の亡霊によるその事件は、彼に深く関わっていた二人の心に未だ影を落としていた。
忍はニュース画面と、息子から送られてきたファントムリキッドのレポートを眺めながら口を開く。
「浦賀啓示の最期を、猿渡一海から聞いたよ」
ファントムリキッドを摂取した仮面ライダーたちは全員、精密検査を受けさせられ、その際の聴取に忍も立ち会った。猿渡一海にとっては、仲間を傷つけた「絶対悪」だ。客観的な意見は全く望めなかったが、ただ人情に厚い彼は、怒りに燃えた眼をふと伏せて呟いた。
『生きてりゃ、あいつにもそのうち仲間ができたかもしんねえのによ』
パネルを強引に体内へ取り込んだ以上、肉体の消滅は仕方のない結果ではある。だが絆を否定したまま消滅した敵に、自分も仲間も命を奪われかけたはずの青年は、わずかながら哀れみを感じているようだった。
忍は深いため息をつく。
「新世界でも、彼は孤独だったんだな」
パンドラボックスによって好戦的な人格になった者は多くいたが、浦賀の激情は少しちがっていた。
再会の日、忍に向けられたのは、焼けただれた顔と憎悪に満ちた目。忍が知る彼とは別人のようだった。パンドラボックスの影響はもうないはずなのに、彼の意識は旧い記憶に囚われて暴走してしまった。
「エボルトが、死の直前あなたを憎むよう仕向けたんです。じゃまな男を、どうやって苦しめながら排除するか……常にそんなことばかり考えていた」
エボルトの記憶も丸ごと抱えたままの石動は、苦しげに眉を寄せて呟いた。彼にとってそれは自分の意志ではないにも関わらず、たしかに自分が思考して手を下した行為なのだ。
記憶の戻った石動惣一は、葛城忍や氷室幻徳など関係者の証言により、異星人に利用されていただけであることが周知された。現在は、旧世界の全貌を最も把握している人物として、国立先端物質学研究所に顧問の肩書きで在籍している。
関係者全員が旧世界の記憶を取り戻したが、当時の浦賀について知るのは、エボルト……石動と、忍だけだった。
「エボルトが危惧するほどに、彼はあなたに近かった。彼があなたを支配し、自分を排除する危険性があると考えていました」
野心の強い者は、エボルトの前では長く生きることはできない。かの異星人は自分の計画を脅かす存在には実に敏感だった。そして、身近な命を奪うことによって、他人の心を操るすべも心得ていた。
忍の周囲からは少しずつ血の通った人間が消えていき、やがてエボルトに洗脳された操り人形だけになった。それでも忍は折れるわけにはいかなかった。
「葛城先生」
十年間忍を苦しめつづけた声が、忍の名を遠慮がちに呼んだ。互いに旧い記憶のことで糾弾や謝罪はしていない。そんなことをしても無意味だからだ。もはや後悔も懺悔も許されず、せめて旧世界の大きな罪を償うべく、二人はライダーシステム開発のため再び肩を並べている。
「こんな表現が合っているのかわかりませんが……」
石動はためらうように眼鏡を押し上げ、そして意を決したように言葉を続ける。
「浦賀啓示は、あなたを愛していました」
家族との関わりも断ち切り、科学者としての倫理観にも背を向け、全ての感情を封じた忍に、浦賀の隠しきれない想いは熱く、そして眩しかった。その激情に揺らぎかけたことを、エボルトは見抜いていたのだ。
「……ああ。知っていたよ」
石動はいたわるように、忍の肩に手を置く。
今は偽りなく優しいその手に自分の手を重ね、忍はまたニュース画面を見やった。
変わり果てた風貌の男が、幸せを享受できる世界を想いながら。
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石動さんはメガネスーツです。娘にもらったネクタイも着けてます。
戦兎はなんだかんだ巧にくっついて研究所来て、たまにバイトしてます。
てことは万丈も研究所の中庭とかで筋トレしてます。
新世界バンザイ。