【SS】大也と玄蕃(ブンブン)

大也×玄蕃、玄蕃がこじらせすぎて別れるまで。左右曖昧。
大也の自宅には無限の可能性がありますねという話。

 *

 なんでも手に入る彼の、手に入らないものに焦がれている顔が好きだ。
 その目がこの自分に向けられている時は尚更。
 彼の欲求を叶えてやりたいと思いながら、物欲しげな表情をずっと楽しみたい気持ちもある。

 範道邸のいくつかあるゲストルームの鍵は全て持っていた。
 そのうちの一部屋を開け、玄蕃はためらわず足を踏み入れる。寝室の明かりがついていて、キングサイズのベッドに靴も脱がず、長身がうつ伏せで転がっていた。
「そんなに待たせたつもりはないんだがねえ」
 大也は頭を動かして髪のあいだから玄蕃を見やり、愉快そうに微笑む。
「自分の家なんだから、どこで寝たっていいだろ」
「それはそうだが」
 自宅のどこでもとは言うけれど、家主がわざわざここまで来て転がる必要はない。玄蕃が滞在するときにはこの部屋を使うことになっているからだ。
 ベッドの端に腰を下ろす。それから彼の顔を見下ろす形で手をついた。
「清掃は完了したよ。クリーニング済みの服もクローゼットに入ってる。日用品はそれぞれ所定の場所に、食糧品は『彼』に渡してある」
「完璧だ」
 そう言って彼は前髪をかき上げながら、こちらに顔を向ける。
「今日の仕事は終わりか?」
「そうだね、もう閉店しようかな」
 顔にかかった前髪をそっとかき上げてやれば、相手もこちらの頬に手を伸ばしてきた。ふと悪戯心がわいて、唇ではなく鼻先に口づけてみる。
「玄蕃……」
 少しばかり拗ねた声で呼ばれるのもまたいい。そう思っていると、長い腕で頭を抱え込まれてやり直しを要求された。

 シャワーを浴びて身支度を調え、部屋に戻る。
「ここの清掃はまた手配しておくよ」
「頼む」
 大也はもう服を着ていて、見たことのない「オモチャ」をいじっていた。
「新しい装備かい」
「ああ。きみへのプレゼントだ」
 事もなげに差し出されたそれは、大也の腕に嵌まっているのと同じ種類の装備だとわかった。だが素直に受け取るのはためらわれ、玄蕃は拳を握りしめた。
「大也、私はね……」
「通信機にもなってる。本来の用途でなくても、持っていてほしい」
 連絡法法などいくらでもあるはず。それでも大也はこれを自分に渡したいのだ。この先、使う機会がなかったとしても。
「やれやれ……きみが束縛するタイプだとは思わなかったな」
「無理強いは、しないが……」
 遠慮がちに視線を逸らされては、突っ返すことなどできるわけもない。玄蕃はそれを恭しく両手で受け取った。
「私が束縛することになってもかまわないかい?」
 大也は答えず、嬉しそうに肩をすくめただけだった。

 *

「我々の関係を、見なおす時が来たようだね」
 大也は意味を掴みかねるといった顔でこちらを見返してくる。真っ直ぐな視線から顔を背け、取り出したコンドームを振ってみせると、その顔にさっと緊張が走った。
「きみに仲間が増え、私も正式な同志となった今、私だけがきみと特別な関係にあるというのは体裁がよろしくないように思う。少なくとも目的を果たすまでは、お互い『慎む』のが無難じゃないかな」
 一瞬、その目が切なそうに細められたが、彼はすぐに笑みを浮かべてうつむいた。
「……玄蕃が、そう言うなら」
 執着しない性分だと理解してはいても、あまりに潔く引かれて何も思わないわけではない。
「別れようと言うんじゃない。あくまで『保留』だよ」
 切り出しておいて、言い訳がましく言葉を重ねる自分のほうが、未練がましくてみっともないだろう。大也はすでにコンソールへ意識を向けている。彼にとっては、玄蕃との密やかな関係も「手からこぼれ落ちていくなにか」のひとつに過ぎないのかもしれない。
 それでも。
「わかってる。でも日々の調達は続けてくれるよな?」
 一段明るい声で言う大也が、ちらりとこちらへ目を向けた。だから自分も、努めて笑顔を作ってみせる。
「もちろん。それは私の『仕事』だからね」

 なんでも手に入る彼の、手に入らないものに焦がれている顔が好きだ。
 彼は同志としての玄蕃を得て、共犯者としての玄蕃を失った。
 大也は今までもこれからも、手に入らない玄蕃に熱い視線を向けつづける。
 物欲しげなその表情を永遠に見ていられるのだと思うと、自分自身の胸に空いた大きな穴さえも甘美に感じられるのだった。

 *

ミラ「大也、ごめんシャワー貸して!」
シャ「トイレの先をまっすぐ行って右の扉だ。タオルとバスローブは入って左手の棚にある。洗濯が必要なら奥のランドリー室を使え」
玄蕃「そうそう、シャンプートリートメントボディソープは浴室内のディスペンサーを使うんだよ。メイク落とし化粧水ローション乳液コットン綿棒は洗面台右側の引き出しに入ってるからね」
ミラ「え、二人とも住んでる…?」
ブン「ミラも泊まってく?」

米とかシャンプーとか。トイレットペーパーとか。
塩も届けてくれる、まるでAmazonの如し。