【SS】大也と玄蕃(ブンブン)
大也と玄蕃、何か起きる前。
悪い大人に拐かされそうになった大也を玄蕃が助ける話ですが、誰も何もしないで終わります。玄蕃が喫煙者設定です。
*
目を覚ますと、知らない部屋にいた。
ホテルのようだ。
状況が飲み込めずに起き上がろうとしたが、ふらついて枕に倒れ込む。
「大也!」
呼びかけられてそちらを見ると、玄蕃が腰を浮かしていた。彼はあわてた様子でベッドに駆け寄ってくる。
「大丈夫かい!?」
「玄蕃……」
必死な顔で手を取り、脈を測ってから顔に手を当てて、「なんともない?」「私がわかるかい?」と切羽詰まった声で尋ねてくる玄蕃を、大也はぼんやりと眺めていた。
「そうだ、俺が……」
やっと思い出した。
恩師の関係でどうしても避けられなかった接待の途中、玄蕃を呼び出したのだ。
あまり美味くない酒を飲んでから、下戸でもないのに調子が悪くなった。薬かなにかを盛られたかもしれない、と。できれば恩師の顔を潰すようなことはしたくないが、万一のこともある。
そのときはまだ予感でしかなかったが、念のため携帯電話を玄蕃と通話状態にして席へ戻った。それから、つまらない話題に作り笑顔で答えているうちに、眠気が襲ってきて……その先の記憶がない。
「あの時点で連絡をくれて正解だったよ」
大きく息をついて、玄蕃は大也の手を握ったままベッドに突っ伏した。いつも陽気な彼らしくもない。
「手間をかけさせたみたいだな」
「それほどでも……」
言葉とは裏腹に大儀そうな口調で身を起こした玄蕃は、疲れた顔で語り出す。
「きみの滑舌がかなり怪しくなっていたからね。意識を失う寸前に、給仕と一緒に部屋へ入ってなんとか連れ出した。ボディガードらしき大男を蹴り飛ばしたが、まあ許容範囲内だろう。そしてこのホテルを調達したというわけだ」
確かに、秘書にしては立派すぎる体躯の男が控えていた。ふらついた自分では敵わなかったと思う。
「あの社長サン、本人も会社もあまり素行が良くないようだよ。一服盛って弱みを握るくらいは犯罪とも思わないらしい。きみの大切な先生には、気をつけるよう忠告したほうがいいと思うね」
苛立った口調で一息にまくし立てた玄蕃は、頭を振って服のポケットを探りはじめた。落ちつくために煙草を吸おうというのだろう。大也がそう思っていると、彼が取り出したのは棒付きのキャンディだった。
似合わない原色を咥える彼を、不思議な気持ちで見つめる。
「今日は、煙草じゃないんだな」
「きみのために禁煙の部屋をとったのでね。おかげで一晩も時間を持て余して……」
余計なことを言った、という顔で彼はキャンディを口の中で転がす。
普段、禁煙でない場所ではすぐに煙草を取り出すのをたびたび見ていた。重度の依存なのだと本人が自虐的に言うのも聞いた。
その彼が大也を案じて一睡も一服もせず、ただ目覚めるのを待っていてくれたらしい。
「ありがとう」
「……きみは私のお得意さんだから。なにかあったら、ホテル代も立て替え損だしねえ」
珍しく歯切れの悪い口調でそう言いながら、彼はベッドから立ち上がった。
「飲み物を取ってこよう。腹はへっているかい? なにか必要なものがあればなんでも言いつけてくれ」
「ん……」
あんなことがあった後だから、食欲はあまりない。喉は渇いている。帰りのタクシーを手配してもらって……。
そこまで考えて、はっと気づいた。忘れていた自分に愕然とした。
「そうだ! 遅くならずに帰るって……」
「『彼』には、泊まりになったと連絡してある。怪しまれたくないんだろう?」
この星で大也だけが命の綱となっているあの異星人に、厄介な人間関係の話など知られたくない。大也が外でどんな視線や言葉を浴びせられているかなど、純粋な彼が知る必要はない。
「ありがとう玄蕃! 恩に着る!」
「やれやれ、自分よりも『彼』の心配か……」
溜め息交じりに呟きながら、玄蕃は寝室を出ていった。
サイドテーブルには充電済みの携帯端末。今着ていない上着も、クロゼットに吊してあるのだろう。どこまでも抜け目がない。
その抜け目がない男は、水のボトルとグラスを二つ持ってきた。
「念のため、毒味をさせてもらうよ」
「そこまでしなくても……」
「きみはつい数時間前、薬を盛られて意識不明になっていたんだ。もう少し危機感を持たないと」
玄蕃はそう言いながらキャンディを口から出し、グラスの水を一気に飲んだ。
「私のことも、あまり信用しないほうがいい。今この状況で、きみのグラスにだけ薬を入れるなんて容易いからね」
彼がそんなことをしないのはよく知っている。なのに、グラスを受け取るときには手が震えた。
水の入ったグラスを取り落としそうになる大也を見て、玄蕃はなにも言わず体と手を支え、飲むのを手伝ってくれた。
煙草ではなくキャンディの甘い香りがする。思わず、彼の肩に頭をすり寄せていた。
「玄蕃だけが頼りだ」
彼は大也の体を支えたまま、静かに答える。
「今のきみは、薬のせいで正気じゃない。そんな状態で滅多なことを言っちゃいけないよ」
「……ごめん」
彼は正しい。どれほどの信頼があっても、どこまでも甘えていいわけではない。気弱になったとき、ここまで近くに誰かがいたことがないから、距離感を見誤っただけだ。
「まったく、困ったお得意さんだね……」
うなだれる大也の肩をさすり、玄蕃は思案するようにキャンディの棒をいじっている。
「もう少し休んだほうがいい、午後までいられるよう手配しよう。チェックアウトまでは責任持ってつき合うよ」
「玄蕃……」
彼なりの気配りが嬉しくて、部屋を出ていく彼につい声をかけた。
「キャンディも似合ってる」
*
シャ「調達屋、ガレージに煙草は持ち込み禁止だ」
玄「今日は吸っていないが?」
シャ「喫煙者臭がするんだよ(ファブりながら)」
大「すまない玄蕃、シャーシロがどうしても煙草の臭い苦手らしくて…」
玄「…いいんだよ大也、そろそろ禁煙しようかと思ってたところさ」
シャ「安心しろ、代わりのチュッPチャPスは用意しておいた(箱)」
大「必要ならあのマシンごと買うから!」
錠「…っていう経緯なんですか本当に!?」
玄「どうだろうねえ…」