【ワンライ】る・フェア
海尊と義経
1354字(1001字) ※昔の書きかけに加筆
二人の世界を彩るお題
「明るい満月」「はちみつ」「運命の人」
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夜空を見上げると、大きな満月が輝いていた。
「カノジョほしいなー」
傍らに座っていた青年が唐突に声を上げる。とはいえ初めてのことでもないので、海尊は黙って彼の横顔に目を走らせるだけにとどめた。
たぶん、こんな時間、公園のベンチに二人で並んで座っているというシチュエーションからの連想だろう。彼がいてほしいのは、自分ではないのかもしれない。
返事もせずただ月を見上げている海尊を下から覗き込むようにして、青年は話しかけてきた。
「海尊くんさぁ、カノジョいたことある?」
「いえ」
「え、800年も生きてんのに!?」
彼はがばっと身を起こす。そこまで驚くことでもないとは思うが。彼のほうも、いない歴と年齢がイコールだと聞いた。
「まだ幼いころ、出家……お坊さんになりましたから。それからずっと女人禁制……女の人と接してはいけない決まりだったので」
へええ、と彼は大げさなほど驚いてみせる。
「じゃあまだ経験なし?」
「いえ……」
少し迷い、言葉を選びつつ答えた。
「昔のお寺では女性禁止の代わりに、男同士でなんとかするのが普通で……そちらの経験はあります」
「げっ、マジで」
半ば予想どおりの反応が返ってきて、身を引かれるより先に自分から座っている位置をずらした。ここ200年くらい、この手の話は一般的ではなくなっている。
「まあ、私は男性相手でも400年ほどご無沙汰ですが」
「……なにそれ、オレよりかわいそう」
ずいぶんな言い草だったが、それよりも自分が離れたぶんだけ彼が詰めてきたのが気になった。思わず反対側に手をつき、そこがベンチの端だと気づく。
「じゃあさ、義経くんも? 義経くんもお寺育ちだったんでしょ? 天狗ってみんな男……あ、オス?」
自分とよく似た顔の男の話を、彼は厭きもせずよく聞いてくれた。今もその一環だと思っているのかもしれない。
好奇心からこちらを覗き込んでくる青年のほうに向きなおる。
「幾度も考えました。私が女だったら、義経くんといっしょに死ぬことができたのかと……」
目の前の顔が不機嫌そうに歪んだと思った瞬間。
ぱん、と頬が鳴った。
「そしたらオレ、海尊くんと会えないじゃん。そうゆうこと言うの禁止」
海尊は打たれた頬を押さえもせず、呆然とよく知った顔を見返す。彼が怒った理由がすぐには理解できなかった。
その意味がやっと腹の底に落ちたとき、泣きたくなるほどのうれしさがこみ上げてくる。
自分はたしかに、彼に出会うために生きていたのだ。
「オレやっぱカノジョいらない」
青年は毅然とした顔で勢いよくベンチから立ち上がった。
「海尊くんのために生きる時間が減っちゃうもんね」
「え……」
そのままのテンションで、月に向かって拳を突き上げている。
「よっし、カノジョは作らないぞー。できないんじゃなくて、いらない!」
どう聞いても負け惜しみだ。海尊も笑いながら腰を上げる。
「あー、腹へったなー。ホットケーキ食べたい。四角いバターの上にハチミツかけてさ……」
それが、頭上の黄色い満月からの連想であることは容易に想像できた。
笑ってしまうほど単純で、まっすぐで……なにもかもあの人にそっくりで、ただひとつ違うのは、海尊の隣で笑っていてくれること。
「私が作りますよ」
「マジで? じゃ早く帰ろ、早く早く」
彼に手を引かれながら、海尊は明るく夜空を照らす月を見上げた。
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本編ではできないけどリーディングならできるかなって…