【ワンライ】るの祭典
秀吉と官兵衛
1227字(765字) ※昔の書きかけに加筆
2人でじゃれったー
秀官お題『切なく ちゅー。』
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戦には勝っている。秀吉は兵を鼓舞させる笑みを惜しげもなく振りまいて、どんなときでも自信に満ちあふれた態度を崩さなかった。どれだけ多くの兵が命を落とそうとも。
その横に、彼が最も信頼していた軍師はいないにも関わらず。
官兵衛は櫓によじ登る。不自由な脚のおかげで、大した移動でもないのにひどく骨が折れた。
そんな官兵衛を見て、一人でそこにいた秀吉はひどく驚いた様子だった。
「なにかあったのですか?」
「いえ……」
主の顔を見て、思わずため息が出る。
「ただ、夜風に当たろうと」
「そうですか。私もです」
にこやかにそう応じた秀吉は、場所を空けたとでも言うように、官兵衛の脇をすり抜けようとした。官兵衛はその腕を掴む。
「官兵衛?」
なんのために、こんな難儀をしてやってきたと思っているのか。
「またですか」
「……なにがです」
笑顔は失われていなかったが、声には揺らぎが混じっていた。官兵衛はその腕を自分のほうへ引き寄せる。
「目、真っ赤ですよ」
張りついていた笑みが剥がれ落ち、秀吉は空いている手で目をこする。
「夜風がしみたのです」
気持ちのいい風が、二人の頬を撫でていく。半刻やそこらで目元を赤く腫れさせる風ではない。
「いいですよ、俺の前ではそういうの」
うんざりした気分を隠さずに言えば、秀吉は苦く笑ってうつむいてしまう。
「……半兵衛なら、見ないふりをしてくれるのに」
想像がつく。鬱陶しいほどに敏い男だったから。
「残念でした、俺はあいつとちがって気が利かないんです。いい大人の甘やかし方も知らない」
だから、失われた大量の命をたった一人で背負い込もうとする男を、そのままにしておけなかった。こんなところまで様子を見に来てしまうほどに。
捕らえられたままの秀吉は、眉を寄せて官兵衛の顔を覗き込む。
「半兵衛や光成は、私が悲しんでいると優しい顔になる。でもあなたは、苦しそうな顔をする。どうしてですか?」
苦しんでいるのは私なのに……私一人でいいのに。彼は言外にそう訴えていた。
「どうしてって……」
思わず、彼の体を胸に抱き寄せる。
「官兵衛……っ」
「あいつらほど、優しくないからだろうよ」
秀吉の頬に手を当てた。濡れてはいなかったが、赤い目は潤んでいた。
「俺は……あんたの泣き顔を見たくない」
どんなに笑顔を崩さなくても、その裏にある涙が見えてしまうのだ。そのたびに胸の奥が苦しくなる。自分だけが動かない脚を理由にふんぞり返っていることなど、とてもできない。
「半兵衛が、あなたを推した理由……今ならわかります」
秀吉も冷たい手を官兵衛の頬に触れさせた。その指が優しく頬を拭っていく。
「私とともに泣いてくれるのは、あなただけですよ」
「うるせえ……」
自分が泣いているのも、それを指摘されるのも癪で、秀吉の手をつかみ唇を押し当て、歯を立てる。
「くっそぉ……」
いっしょになって泣くことが軍師の役目ではない。支えになりたくて彼のそばにいるのに。
秀吉が襟を掴んで引き寄せてきた。
夜風に冷えた唇が、震えながら重ねられた。
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実は秀官は5本くらい書きかけがあります(笑)