【SS】由利と等々力「夜着」
由利先生のベッドルームが和室だったら、旅館に行かなくても自宅で浴衣えっちなんですよバンザイ!というテンションで。二人とも独身のつもり。
夜着
真下に見下ろすほど小さな大家は、「お客さん用に」と寝間着を渡してくる。受け取る後ろから呑気に「すみませんね」などと愛想を飛ばしてくる男は、自宅で過ごしているかのようにくつろいでいた。
親切な彼女をおやすみなさいと笑顔で追い出してから、彼にその浴衣を手渡した。等々力も心得た顔でそれを脇へ置く。まだ飲み足りないのだろう。
酒量のわりにはほろ酔いといった程度に首筋を染めているだけの等々力は、きっちり折りたたまれた帯をすいと撫でる。
「三津木くんも、こいつを着るのか」
「いや……」
にやにやとこちらを見やる顔が不愉快で、返答する気も失せる。三津木がここに泊まったことがあるのかを知りたいのだ。あの青年が由利のどこまでを知っているのかを、聞き出したいのだ。
友といえども個人的な感情の領域にまで立ち入らせる義理はない。三津木と自分の間柄は、少なくとも今夜の等々力と自分にはなんの関わりもないのだから。
椅子にもたれ、飲みさしの猪口を手にしながら相手を見やる。
「仮にそうだと答えれば、彼を捜査から排除するか?」
「俺が、嫉妬でか? そりゃあ自信過剰ってもんだな」
等々力は朗らかな笑い声を上げた。
アンティークというよりはひどく時代がかった、行灯といってもいいランプが室内にセピアの陰影を投げかけている。
「……おまえ」
「硬いこと言うなよ」
並べて敷かれた布団の一方は、掛け布団も枕も乱れていない。
等々力は由利の布団にもぐり込み、それどころか体半分を由利の上にあずけていた。眼鏡を外し、由利の肩を枕代わりにして巨大な猫のようにじゃれついてくる。
おとなしく眠るでもなく、かといって本格的に行為を始めるでもなく、ただ布越しに身をすり寄せて時折にやけた笑みを洩らす、それがこの男の酒癖のようなものだった。
二人とも窮屈な洋服を脱ぎ、由利が寝間着として使っている浴衣を身にまとっている。それもすでに着崩れてはじめているが。
ため息をひとつこぼしてから、相手の襟を引いて色づいている首元に鼻を埋めた。彼を縁取るさまざまな臭い……酒、煙草、血、硝煙……加齢。
思わず口が笑みを形づくる。この男とのつき合いは成人前からだが、二人とも確実に歳を重ね、今や老いに向かっているといってもいい。それなのに、あのころと変わらず酔いにまかせてひとつの寝床で抱き合っているのだ。俯瞰すると滑稽ですらある。
ひざで裾を割って、ひょろりと長い脚のあいだに押しつける。等々力は驚いたようにこちらの顔を覗き込み、それからなにも言わずに唇を重ねてきた。
「ん……っ」
酒の味がする舌をねっとりと絡ませ、熱い吐息も唾液も飲み込んで、どちらかが離せばもう一方がまた引き寄せる、挑み合いのような口づけはなかなか終わらない。
いつのまにか等々力は由利の胸の上に乗っていて、はだけた胸元が汗ばんでいるのを感じる。互いにあのころのような肌の張りはなく、余計な肉もいくらかはついて、目に見えない部分も衰えを感じる機会は多い。
だとしても。
「はっ……」
等々力が息をつきながら、由利の内股を広い手で撫で上げひざを開かせた。腰から駆け上がってくる期待に衝き動かされて、彼の頭を抱え込みその口をふさぐ。だらしなく左右に広げられた浴衣は、まとわりついて邪魔をする布でしかなくなっていた。
如何に歳を重ねようとも、分別のある大人ぶろうとも、この交合は「まだ」二人に必要なのだ。
我が身の熱を自覚しながら、由利は再び笑みを浮かべた。