【SS】由利と等々力「真実」

うちの等々力は独身でいくんで!とわりきって宣言した話。でもびびってツイッタでいいねもらうまでピクブラには投稿できなかった(笑)


真実

等々力警部は、嘘がつけない人だ。ついでにちょっと口も軽い。
警察官にはもちろん守秘義務というのがあるけど、相手によってはついうっかりみたいな感じで情報を洩らしてしまうこともある。
「えっ、等々力警部っておひとりなんですか」
だからそんな個人情報が世間話の中で開示されても、驚くには当たらない。驚いたのはその情報にだ。張り込み続きで洗濯も掃除もする暇がない、という愚痴だった。ご家族は……という流れだったが、目を丸くしたぼくに警部は心外そうに眉を寄せた。
「そんなに意外か? 由利だって結婚してないだろ」
お裾分けのたい焼きをかじりながら、師の顔を思い浮かべる。
「先生は、まあ納得っていうか……」
孤高という言葉がよく似合うあの人に、愛する相手があったとして。今その相手が隣にいないのなら、先生はもうだれも愛さないつもりなのだろう……勝手にそんな妄想をしていた。
でも一方の等々力警部は、よくも悪くも小市民的というか、「普通に」結婚して家も買って子供もいて、ほどよく邪険にされていそうで……やっぱり、先生と同じ枠で考えるのはむりがある。
「刑事なんてやってるとな、事件に追われてるうちに歳とって、婚期なんて遥か後ろに遠ざかってるもんさ」
最後のひとかけを口に放り込んでそんなことを言う警部は、独り身であることを多少の不便以上には捉えていないようだった。繊細な話題ではなさそうだと安堵して、下から顔を覗き込んでみる。
「へーえ、世の中の女性って見る目ないんですねえ……よく見ると今でもイケメンだと思うんですけど」
「よく見るとってなんだよ」
笑いながら空になった紙袋を丸め、彼はトレンチのポケットに突っ込む。くたびれたコートの背中が急に哀愁を帯びて見えてきた。
「家政婦でも雇うかなあ……」
しみじみと呟く姿は煤けていて、歳は近いのにあの人とは正反対だなと眺める。
なにかと対比させてしまって警部には申し訳ないなと思いながら、ふとあるアイデアが浮かんだ。
「そうだ、由利先生と同じ下宿に住めばいいじゃないですか」
「はあ!?」
心底驚いた顔で、彼はぼくを見た。
「大家さん、一部屋空いてるって言ってましたよ。ぼくの月収じゃちょっとキツいんであきらめたんですけど、京都府警の警部さんなら余裕で……」
言いながら楽しくなってきた。等々力警部は今まで以上に捜査情報を先生に「洩らす」だろうし、大家さんも賑やかになって楽しいだろうし、先生だってきっと。
「由利が、嫌がるだろうよ」
愉快な思いつきに浮かれていたせいで、彼の声音が少し変わったことには気づけなかった。
「えーっなんでですか、そりゃあ先生も口では騒がしいとか煩わしいとか言いますけど、きっと気心の知れた友人とひとつ屋根の下って安心できると思います……」
丸眼鏡を押し上げた警部が、見えている口元だけで笑った。いつものおどけた、剽軽な笑みではなかった。
「俺にはともかく、由利には孤独が必要なんだ」
「え……」
等々力警部は、嘘がつけない。ついでに口も軽い。
だからわかった。それはこの人にとって、絶対的な真実だということが。
ぼくにはその意味の断片すらも洩らす気がないということが。