七海/伊地知
花屑
階級に関わらず、呪詛師相手は厄介だ。
こちらの手の内を知っている場合も多い。そういう連中は、原則として補助監督に交戦は認められていない、などの知識を悪用してくる。尤も、術が使えたところで対抗できる相手のほうが少ないが。
ビル陰の薄暗い路地にうずくまっていると、誰かが呼ぶのが聞こえた。自分の血痕と微かな残穢を辿ってくれたらしい。
「……っ」
返事をしようとするが、体に痛みが走ってうまく声が出ない。代わりに動くほうの腕でスマートフォンを掲げた。踏まれて破壊された拍子に、ライトだけが消えなくなっていたのは幸運だった。
「伊地知君!」
聞き慣れた声が、聞き慣れない切羽詰まった様子で張り上げられた。
全てが無事に終わったのだなと思う。彼があの程度の敵相手に失敗するはずがない。
駆け寄ってきた七海は、サングラスを懐に押し込んで伊地知の顔を上向かせた。くすんだ灰色の眼差しがこちらを覗き込んでいる。
「伊地知君、意識はありますね。怪我は……」
「す……ぃません……」
「わかりました、喋らなくて結構。このまま運んでいきます」
血止めは自分でしてあるが、鎮痛までとはいかない。七海を煩わせるのは申し訳ないと思いつつも、黙って頷いた。
彼は傍らに落ちていた眼鏡を拾い上げ、スーツの胸ポケットにそっと差し込む。
「君を害した呪詛師は連行されました。新たな死傷者もいません」
それはよかった。と伝えたくて笑顔を作ろうとするが、あまりうまくできた気がしない。もどかしさに彼の手を胸元に引き寄せた。
苦しげにしかめられた七海の顔が近づいてきて、頬をすり寄せながら耳元に囁く。
「大丈夫です、君の心臓は動いています」
優しく心身へと沁み入るその声に安堵し、伊地知は意識を手放した。
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