七海/伊地知
徒桜
正面からタブレットの情報を覗き込んでくる七海の首筋に、内出血と思われる小さな点が見えた。
伊地知は自分の血の気が引く音を聞きながら、それでも他人に指摘されるよりはと覚悟を決めて尋ねてみる。
「その首の……どうされました」
七海は怪訝そうな顔をして、携帯電話のインカメラで問題の箇所を確認する。それから事もなげに袖をまくってみせた。
「交戦中に飛礫が当たりました。すぐに治るでしょうからご心配なく」
確かに、同じような傷が腕にもいくつか残っている。心配するようなことではなかったらしい。
「よかった……」
思わず息をついてから、軽傷とはいえ何もよくないとあわてて言葉を続ける。
「あっいや! てっきりまた私がつけたのかと思っ……」
余計に余計を重ねてしまった。真剣な任務中に負った傷だというのに、一瞬でも不謹慎なことを考えた自分が情けない。
「君以外にはつけさせませんよ」
七海が表情も変えず返してくるのがまたよくなかった。
「べつにそういう、浮気を疑ったとかでは……」
余計の余計に蛇足が生えた。どんな立場で発言しているのか自分は。
気まずさのあまり、タブレットを顔の前に立てて相手の視線を遮ろうと無駄な足掻きをしてしまう。
「すみません、今後は痕を残さないよう注意して……」
「毎回言っている気がしますが」
「ごめんなさい!」
つい声が裏返った。
「責めているわけではありません。こんなものはいくらでもごまかせます」
七海は伊地知の盾となっていたタブレットを取り上げ、視線を合わせるよう強制してきた。
「ですから、今後も遠慮せず」
「……!」
彼がそれでいいのならと思いたい一方、これは本当に控えなければならないケースだとも思う。
「なっ、七海さんは、私のようなうっかりはしないですものね……」
彼らしいと思いつつ、どこかさびしくもある。自分ばかりが夢中になっていて、七海はただ付き合ってくれているだけなのかもしれない。
いや、今日は口をすべらせすぎだ。こんなことでは愛想を尽かされるのも時間の問題だろう。現に彼は、合わせたはずの目を自分から逸らしてしまった。
「下手を打って五条さんに見つかるのも癪ですし……」
そこで珍しく言いよどんだ七海は、先ほどの伊地知と同じように、タブレットで互いの視線を遮ることにしたらしい。ただでさえ目線が見えない彼の、些細な表情すら読めなくなる。
少し困ったような声音は、しばらくどころかこの先ずっと、忘れられないだろう。
「第三者から君へ、性的な意味での好奇心が向くのに耐えられない……というただのエゴです」
「痛み入ります……」
伊地知は羞恥か感動かわからない感情で顔を覆いながら、細い声で呻いた。
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