トニー/ジャーヴィス
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My dearest Dummy
耳元でばさりと音がして、はっと目を開ける。
そこは地下の工房。……に据えられたソファの上。作業に疲れて倒れこんだまま、眠ってしまったようだった。
まぶたを押し上げると、不器用なアームロボットが目の前に立っている。
「なんだ、呼んでないぞ……」
言いかけて、アームの真下に落ちている毛布に気づく。
「……持ってきてくれたのか?」
機械の駆動音が返事に聞こえて、トニーは我知らず微笑んでいた。ここまで毛布を引きずってきたはいいが、トニーの身体に掛けることまではできなかったのだろう。
「いい子だ……」
毛布を拾い上げながら、しかし笑顔はすぐに引きつる。
寝る前にウイスキー用の氷を床に落として、そのままになっていたのを忘れていた。床を引きずられてきた毛布もしっかりと濡れている。だが健気なアームを叱るのは酷というものだろう。
「……もういいから、向こうへ行け」
ため息交じりの主人の声に、心なしか気を落とした様子でアームロボットは離れていった。トニーは毛布をつかんだままで、天井に向かって呼びかける。
「ジャーヴィス!」
『はい、トニーさま』
いつもどおり、待たせない返事。
「おまえが持ってくればいいじゃないか。そう作ってやったはずだぞ」
『申しわけありません。別の毛布をお持ちしますか』
「……そうしてくれ」
トニーは濡れた毛布を床に投げ捨てて、クッションを引き寄せた。
「お待たせいたしました」
トニーが早くも退屈しはじめたころ、執事の声がすぐそばから聞こえた。
この特殊なホログラムが起動するには、WindowsXPが立ち上がるまでと同じくらいの時間と、それとは比べものにならないほどの電力がかかる。待機状態のアームロボットを動かすほうが合理的なのはトニーも承知していた。
それでも、待たされるのはトニーの性に合わない。
「やっぱりいらない。べつに寒くないしな」
腹立ちまぎれに、ついそんなことを言ってしまう。
「わかりました」
だがジャーヴィスは毛布を抱えて立ったままだ。立ち去ったりプログラムを終了してその姿を消したりはしなかった。
トニーはクッションに頬を押しつけて、肩越しに執事を見やった。
「……ジャーヴィス? なにをしている?」
薄い唇が、笑みをかたちづくる。
「あなたが毛布を必要とされるまで、ここで待機しているのが合理的だと判断しました」
主人が寝つくまでそこにいる、というのだ。鬱陶しいことこの上ない。ただ立ちつくしていても気にならないのは、アームロボットまで。端整な顔立ちの美青年に見つめられながら寝つけるほど、トニーも図太くはない。
ごろんと仰向けに転がって、トニーはジャーヴィスを見上げる。
「じゃあ、寝かしつけるところからやれよ。おやすみのキスをして、それから……」
「お望みのままに」
ジャーヴィスは毛布を置くと……もちろん濡れないように……トニーが差し伸べた手を恭しく取る。
眠気はいつのまにかどこかへいってしまっていた。
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