トニー/ジャーヴィス

2008_IronMan,[R18]


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ある夜、ラボで不器用アームをアシスタントに新しいシステムを構築していたトニー・スタークは、ふと手を止めてそのまま動かなくなった。
宙を見つめたままの状態が、5分も続いただろうか。指示待ちのアームがくいと袖を引き、彼はようやく我に返ったかのように大きな目をばちばちと瞬かせる。
軽く伸びをしてから、トニーは開いていた複数のヴァーチャルモニタを、押しのけるようにして全て終了させた。
「ジャーヴィス」
『はい、トニーさま』
間髪を入れず、穏やかな声が答える。
トニー・スタークの有能なる執事ジャーヴィスは、いつでも主人を待たせるということはしなかった。それが可能なのは、彼がトニー自身の手によって生み出された人工知能プログラムだったからだ。
トニーは座り心地のよいオフィスチェアにもたれかかりながら、忠実な声に問いかける。
「最後におまえを起動したのはいつだったかな?」
『システムの再起動という意味でしたら、去年セキュリティ強化の際……』
「そうじゃない、例のほら、アレだ、おまえに身体を与えただろう」
聡明なAIは半秒ほど考え込み、主人の問いを正確に理解して答えた。
『最後に私のホログラムを起動させ、そして終了させてから、4年10ヶ月と23日が経っています』
約五年前ということか。五年前の自分をトニーは思い出してみる。
「そうだ、そのへんから会社が忙しくなって……」
『そして新しいおもちゃを見つけられたから』
「……………」
黙り込んだトニーは、シャツの上から自分の胸を指で叩いた。こつこつと硬い音がする。
五年前といえば、最先端の兵器開発に没頭していたころだ。しかし、数年がかりで作り上げたその兵器のおかげでテロリストに誘拐され、死にかけた身体をこのリアクターでよみがえらせた。リアクターはたしかにトニーを熱中させ、会社の方向性まで変えてしまうほどの影響をトニーに与えた。
『現在のM6に至るまで、あなたはリアクターの奴隷でした』
妙にうまいことを言うのが腹立たしいが、反論できない事実であることはトニーがいちばんよく知っていた。トニーを救ったこの装置が、トニーを殺しかけたのだ。それを最初から知りフォローしていたのは、ジャーヴィスだけだった。
「だがこのおもちゃも大概いじり尽くして、死の呪縛からも解放された。そろそろ古い毛布が恋しくなるころだ」
『興味深い比喩ですね』
からかいを含んだ声を無視して、トニーは手を打ち自らの思いつきを述べる。
「おまえのヴァージョンアップをしよう。もちろん外見のだ。中身は最新になってるはずだからな」
『ええ、最終更新は今週の水曜日に済んでいます』
自己学習と自己診断をプログラムに組み込んであるAIは、トニーがわざわざ指示を出さなくても、自分で自分をアップデートすることができる。だが五年も凍結されていたホログラムのほうは、なにも手を加えられていないはずだった。
『今度こそ、金髪美女にしますか』
「それもいいな」
実際にそんなやりとりをしたような気もするし、トニーの性格と嗜好を知り抜いているジャーヴィスらしいジョークともとれる。だがそれではポッツが二人いるようなものだ。二人のペッパーが並んでいるところを想像し、トニーはくすくすと笑った。それでもすぐに見分けはつくだろう。本物はいつだって眉をつり上げているから。
「五年経った。ぼくだけが歳をとって、おまえは若いままなんてずるいじゃないか」
あの執事然とした姿もそれなりに気に入っていた。しかしそのままでは、ヴァージョンアップにはならない。
裏で高速計算をこなしシステムの再構築をしているとは思えないほど涼しげな声で、執事は承諾の意を告げる。
『了解しました。私にもあなたと同じ時間経過を』
「水増ししてもかまわんぞ」
笑いながらトニーは立ち上がり、飲み物を取りにラボの一角に設けられているカウンターへと向かう。グラスに酒を放り込み、クーラーから出した酒を注いで……
「トニーさま」
ラボ中に響くデジタル音声ではなく、真後ろから聞こえた肉声に、はっとふり向く。
「……早いな」
だれも、トニーと不器用なダミー以外にはだれもいなかったラボに、タキシード姿の男が立っていた。トニーはしばらくグラスを持ったまま立ち尽くしていたが、ふっと相好を崩してグラスに口をつける。
「やあ……久しぶりじゃないか、ぼくのジャーヴィス」
男は色の薄い瞳を主人に向け、優しくもどこか皮肉のこもった笑みを浮かべた。
「私は片時もあなたから離れたことはありませんよ」
わずかに薄くなった金髪に、やわらかく刻まれた笑い皺。ああ彼も歳をとったのだと、トニーはごく自然に思うことができた。
「だがこの5年間、キスもしてくれなかったぞ」
両手を広げて歩み寄るトニーを、ジャーヴィスは微笑みを崩さず迎え入れる。
「あなたが望まれるなら毎晩でも」
「嫌々か?」
揚げ足を取って拗ねてみせる大人げない男が満足する言葉を、もちろんその執事は心得ていた。
「喜んで、私のトニーさま」
そしてジャーヴィスは自分の望むまま、たった一人の愛する主人に口づけを落とした。

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2008_IronMan,[R18]

Posted by nickel