丈瑠/十臓

2009_シンケンジャー,[!],[R18]

外道夢(げどうのゆめ)

―― 外道は夢を見ないのさ。

はぐれ外道にそう告げたのは、あの老参謀だったと記憶している。

―― 夢と呼ぶのは、人間だけさね。

ならば、己が見るのは夢ではないのか。
そう思った十臓の心を知ってか、シタリは嘲るように笑って杖を鳴らした。半分人間の身を蔑んでいるのはあきらかで、それゆえか幼子に言い含めるようなもの言いをする。

―― まあ、半端者のおまえさんは夢と呼んでもいいがね。だがそいつは、どっちかってえと「欲」って呼ぶんじゃないのかい……

そんなやりとりが頭を掠めていく。
十臓はゆっくりと目を閉じ、自らの意識を解放した。

目の前に、彼がいる。
求めつづけたあの男が。
「シンケンレッド……」
十臓の口から、熱に浮かされたような声が洩れる。だが彼はわずかに眉をひそめた。
「俺は……志葉丈瑠だ」
どちらでもよいと言うと、彼は首を横に振る。強情なことはわかっていたから、折れてやることにした。十臓にとってはどちらでもよいのだから。
「志葉丈瑠……刀はどうした」
「おまえこそ」
十臓は思わず自分の両手を見る。握りしめていたはずの、折れた裏正がどこにもない。所在のなさと喪失感を、拳の中に握りしめた。
「あれは折れてしまった。もう戦えない」
虚ろな表情で呟く十臓を、丈瑠は哀れむような目で見つめた。
「では、もう俺に用はないな」
聞こえるか聞こえないかという声でそう囁いて、彼は十臓に背中を向ける。
「待て……!」
追いすがろうと手を伸ばしたが、わずかに届かず前のめりに倒れ込んでしまう。目の前にある長い脚にしがみついて、必死に丈瑠を見上げた。
「まだ戦える! 裏正でなくともよい……何度でも、おまえと……!」
高い位置にある顔が、苦しげに歪んだ。なりふりかまわず求める己の浅ましさを、蔑んでいるのか。それでも十臓は、丈瑠の脚に縋りついた。満たしてくれるのは、この男しかいない。
ひざが動いた。蹴り飛ばされるくらいは予想のうちだったから、彼がかがみ込んで十臓の手を取り、助け起こしたときには言うべき言葉も見あたらなかった。ただ呆然と、憂いを帯びた表情を見つめているしかなかった。
「なぜ、俺なんだ」
丈瑠は十臓の肩に手を置いて、そんなことを問う。
「愚問だな」
わかっているくせに、と囁けば、彼は目を泳がせた。もうとっくに……刃を交えたときから、二人は同じだとわかっているはずだ。それなのに余計なものを捨てられないでいるから、そんな苦しげな顔で十臓を見ているのだ。
「おまえは……俺をおかしくする」
願ってもない賛辞だった。微笑みさえ浮かぶ。この青年から裡にひそむ狂気を引きずり出せるのは、己だけなのだ。
彼の背を抱いて、後ろへと引き倒した。
「あ……」
戸惑ったように身を引こうとする彼を抱き寄せて、その耳に囁きかける。
「おまえに壊されるためなら……俺はいくらでもおまえを壊す」
青年の喉が鳴り、そろそろと伸ばされた腕が十臓を抱いた。
「俺は……おまえを壊したくない」
低い囁きとともに、遠慮がちな口づけが降ってきた。押し当てられるだけの唇に焦れて、下からむりやり唇をこじ開ける。舌をねじ込んで吸い上げてやれば、背中に食い込む指の力が強くなった。
「壊せ……志葉丈瑠」
「……っ」
長い指が布の上から身体をまさぐる。入り口を探す手は焦燥のままに服を引き裂き、熱い肌に触れようとする。同じように彼の衣服へと手を伸ばすと、手首をつかまれてそのまま唇をふさがれた。
「ぅん……」
今度は彼のほうから激しく舌を追ってくる。挑む姿は、斬り合っているときとなにも変わらない。彼の渇望こそが、十臓を満たすのだ。どれほど求めても、彼は応えてくれる。まるで、この自分のために現世に生まれてきたかのごとく。
「十臓……」
荒い息のあいだから、低い声が懇願の響きを伴って洩れた。すでに襤褸布と成り果てた衣をまとう十臓は、強く彼の首を抱き寄せていた。
「ぁ……あっ!」
貫かれる衝撃で思わずのけぞった首筋に彼の歯が当たり、背筋を恐怖にも愉悦にも似た感覚が走り抜ける。生身のまま喉笛を噛み切られたら、外道に堕ちた身とはいえ死ぬのだろうか。この快感のさなかで事切れるなら、それもまた本望……
だが、丈瑠は十臓を噛み殺しはしない。白い首に赤い痕をつけ、そしてひげでざらつくあごに頬をすり寄せてくる。切なくも甘い喘ぎを洩らしながら。
「んぁ、ぁあ……っ」
自ら腰を突き上げるたびに、自慢の低音を上ずらせて、丈瑠は十臓を犯す。鋼のたがを外し、彼を守り縛りつけるすべての鎖を断ち切って、十臓のためだけに生きている。
「たけ、る……」
腹の中で暴れている彼の熱も、彼の腹に押しつぶされている十臓自身も、そろそろ限界が近い。このときを永遠に味わっていたいのに、ひどくわかりやすく終わりは訪れる。まるで斬り合いだった。
「くぅ……ああっ!!」
肩に爪を立てられたかと思うと、丈瑠の熱が奥まで注ぎ込まれていく。
だが、彼は引き抜こうとはしなかった。再び十臓の中で硬く育っていくそれは、十臓の終わりを待たずに次の仕合をはじめようとしていた。
「丈瑠……」
濡れた口元を拭うのも忘れて彼を見上げると、丈瑠はきまり悪そうに目を伏せ、それから侘びるかのように十臓の唇を舐めた。
「すまん……」
小さな謝罪とともにひざを持ち上げられる。角度を変えて突き込まれ、十臓は悲鳴に近い喘ぎ声を上げて身をよじった。大きく開かされた足のあいだから、丈瑠が最初に放った精があふれてこぼれ落ちる。肌がぶつかる音にくちゃくちゃと濡れた音が混じり、淫靡な空気をさらに濃くしていた。
「まだ、足りん……もっと……」
譫言のように呟き、丈瑠の首に縋りついた。請えば請うただけ、丈瑠は十臓を求めるだろう。何度でも、何度でも……
その渇きは、どこまでいっても癒されそうになかった。

目を開ける。
折れた刀はたしかに手の中にあった。衣は破れてなどいなかった。
「十臓!」
がさりと藪をかき分ける音がして、三味線を抱えた異形の女が現れる。彼女はぼんやりと宙を見つめている男を見つけると、聞こえよがしに嘆息を洩らす。
普段はめったに交わす言葉もないが、今ばかりは十臓から口を開いた。
「……聞いたことはあるか」
薄皮太夫は興味深げにあごを上げ、寡黙な相棒の発する言葉に耳をかたむけた。十臓は目の前の相手ではなく裏正に語りかけるようにつづける。
「だれかが夢に出てくるのは……」
夢という単語に彼女の首がわずかに動いた。
「夢に出てくるのは、その相手が自分を想っているからなのだと。想いを夢に乗せて飛ばしているのだと……」
暫しその意味を考えている様子だった太夫だが、やがてくすりと笑い声が洩れた。
「知っておるわ……だが、信じぬ」
くつくつと喉から洩れる忍び笑いは、しだいにすすり泣きのようにも聞こえてきて、藪の葉を震わせる。
「真にそうならば、あの男の夢など見るはずがない……!」
彼女もまた、半端者であった。
外道に堕ちながらも夢を見るのだろう。永遠に結ばれることのない男の夢を。
胸をかきむしるような仕草で破れた三味線を抱きすくめる女を眺めながら、今聞いた言葉を舌に乗せてみる。
「あの男の夢など見るはずがない……」
だが、彼は夢に現れた。十臓にはそれがすべてだ。

外道も夢を見る。夢となって飛んできた、相手の思いを受け取れる。
十臓は、惚けた顔で裏正を見つめていた。


送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!