丈瑠/十臓
人にも外道にもなれぬ半端な身をはぐれ外道と呼ぶのなら。
侍にも志葉の当主にもなりきれなかったこの男も、同じはぐれものであるにちがいない。
十臓はうっとりと青年の寝顔を見つめた。初めて彼が無防備な姿を見せたとき、その顔はまだ幼くて、力も覚悟も足りていなかった。だが今はなにもかも失い、十臓のためだけにここにいる。
まぶたがひくりと動いた。
目を開けるなり、丈瑠は勢いよく起き上がる。
「十臓!」
とっさに身がまえたはいいが、自分がどういう状況に置かれているかはまだ掴みきれていないらしい。十臓に意識を向けながらも焦った様子で目を泳がせている。
「人の身であることだけが惜しいな。外道ならば、あと三日は戦えたであろうに」
十臓の言葉は親切な説明とはいえなかったが、丈瑠のほうはそれだけで状況を理解したようだ。
純粋に戦うための戦いを挑んできた志葉丈瑠は、一昼夜の死闘のあと意識を手放した。崖から落ちて頭を打ったのがきっかけではあるが、体力と精神力がもたなかったのだろう。気を失った丈瑠が息をしていることを確かめた十臓は、再戦のために彼を自分のねぐらまで運んできた。
それが数刻前のことだ。
丈瑠はすばやくあたりを見まわし、傍らに置かれていた愛刀をつかむ。
「俺はまだ戦える!」
だが十臓はかぶりを振った。
「むりをするな」
快楽は長いほうがいい。弱っている彼を相手にしても、そう長くは楽しめないだろう。外道衆が人間から涙を搾り取るにも、一度にはやらない。最も苦しい涙を流させる時期を窺うものだ。今はまだ、そのときではない。
戦う意志がないことを示すため、裏正を脇へと放った。丸腰の相手に丈瑠が手を出せないことは知っていた。
案の定、丈瑠の手から刀が落ちる。彼は苦しげに呻き、そして十臓の前に手をついた。
「十臓、俺を見捨てるな……」
「なに……」
その言葉の意味を問いただそうとしたとき、丈瑠の腕がこちらに伸ばされた。攻撃ではないと知りつつも反射的に払いのければ、今度は力ずくで縋りついてきた。
「俺には、もうおまえしか……」
声は途切れ、嗚咽に変わる。
信じがたいことだが、青年は敵の肩に縋って泣いていた。
若さや青さを残していたとはいえ、彼はむやみに人前で泣きわめくような男ではなかったはずだ。どれほど追いつめられても感情を殺し、さまざまな仮面をかぶりつづけることに腐心してきた彼が、よりによって宿敵に泣きながら乞うている。十臓には理解できなかった。
「なぜ……泣く」
その声には困惑も混じっていたかもしれない。丈瑠はしゃくり上げながら、十臓の顔を覗き込んできた。みっともない……侍の顔ではない、と十臓は思う。
「俺には……もうここしか、居場所がないんだ」
「では永遠に、ここにいればいい」
眉ひとつ動かさずに答える十臓の前で、丈瑠は赤くなった目をこすった。
「……そうだな」
大きな手が十臓の頬に当てられる。そのまま長い指はほつれた髪をかき上げ、近づいてきた顔が唇を重ねた。だが彼は触れただけで一度ためらい、逃げるように頬へと口づける。
「どうした……」
突然じゃれついてきた彼に問うたが、返事はない。
言葉で答える代わりに、彼は十臓の耳へやわらかく噛みついた。唇はそのまま耳朶を食み、熱い息を耳の奥へ送り込んできた。
「やめろ……っ」
くすぐったさに肩をすくめるが、長い腕はしっかりと十臓を抱え込んでいて離れる気はなさそうだ。
「イヤか……?」
息だけで囁きながら、彼は十臓のあごをたどり、ひげの感触を確かめるように唇を押しつけてくる。
「そうではない……」
反らした首筋へと接吻を落としていた青年は、ちらりと十臓の顔を見上げる。その顔に、彼らしくない笑みが浮かんでいた。
「俺に教えたのはおまえだぞ?」
低い声で囁かれた刹那、背筋に走った寒気の意味が自分で理解できない。
自身の狼狽に気づいていない十臓を、丈瑠は地面へ押し倒す。
「こんなことで、体力を使うな」
忠告のつもりだったが、彼の笑みは消えない。
「俺にとっては同じだ」
改めて見上げた顔は、戦いを求めてきたときと同じ。薄暗い欲望と飢えを顕わにしていた。たしかに、同じなのかもしれない。
十臓はそれまで地面に投げ出していた腕を持ち上げる。その腕が薄く広い背中に回されたのを合図に、丈瑠が口に噛みついてきた。今度は逃げず、唇を割って舌を絡めてくる。そこに迷いはない。
「ん……」
十臓は身をよじる。
服の上から性急な手がまさぐっているのが、どこかもどかしい。その手はすぐに股間へと辿りつき、荒っぽく愛撫する。肌に熱い息を吐きかけられ、中心を弄られ、十臓は否応なしに自分の中の熱を自覚しはじめていた。
十臓自身が形を成していることを悟った丈瑠は、妙にうれしそうに笑みを洩らす。
「もう、こんなになってるぞ……」
そこを強めに掴まれて、思わず呻いた。不満も込めて丈瑠を睨みつけるが、その表情に変化はない。
「だからどうした。想い合う相手とつながろうとすれば身体は応える」
戦いと同じだ、と言おうとしたつもりだった。だが丈瑠の顔からは小憎らしい笑みが消える。
「十臓……」
きつく抱きしめられて息が止まりそうになった。喘ぎながら背中に爪を立てる十臓の肩を、丈瑠は愛おしげに何度もさする。
「どうした……さっさとやれ。俺を食らい尽くせ」
あの笑みが見たい。外道と同じ顔をした、あの不敵な笑いを。丈瑠と自分が同じだと確信できる表情を、彼から引き出したい。
だが丈瑠はそれっきり、二度と笑うことはなかった。
見慣れたというよりは見飽きた、懊悩に満ちた表情で、十臓を犯しつづけた。
十臓を蹂躙した青年は、また倒れるように眠りにつく。
次に目覚めるときは、力を取り戻しているだろうか。それとも戦えないまま、再び十臓の身体を求めるのだろうか。
「……どちらでも、よいがな」
衣を引き寄せ、十臓は独りごちる。
斬り合いに比べればもの足りなさはあるが、それで丈瑠が十臓の元にとどまるというのなら、何度でもこの身をくれてやろう。丈瑠が十臓を所有しているあいだは、十臓も丈瑠を独占できるのだから。
「見捨てなど……手放しなどするものか……」
はぐれ外道は恍惚とした表情で、愛しい仇敵を見つめていた。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます