トニー/ジャーヴィス
アイアンマン:トニー・スターク/ジャーヴィス
※ジャーヴィスがポール・ベタニーです
My dear, Jarvis M1
「おかえりなさいませ」
聞き慣れた声が、しかし頭上からではなくリビングから聞こえる。
「ジャーヴィス?」
違和感に眉をひそめながら部屋に入ると、見覚えのないシルエットが目に飛び込んできた。黒い服を着た細身の男が、ソファの脇に立っている。
「だれだ……」
「おかえりなさいませ、トニーさま」
トニーが言い終わる前に、いつもの声がもう一度聞こえ……ふしぎなことには、男の口がその言葉と同じかたちに動いた。
「……ジャーヴィス?」
頭によぎった考えをそのまま口にしてから、あまりのばかばかしさに自分で笑ってしまった。ジャーヴィスはこの自分が作った人工知能だ。人間ではない。だが彼は、うやうやしく頭を下げた。
「はい、あなたのジャーヴィスでございます」
「なんだって?」
見れば、床も壁も、窓に映る自分さえも、すべて彼の後ろに透けて見えていた。
「ホログラムか!」
「そのとおりです」
トニーは呆然と口を開けたが、状況を把握するのにはそれほど手間取らなかった。このところかかりきりになっていた作業は、独自の立体映像投影システムの開発だったからだ。目の前の「ジャーヴィス」がその成果であることは見ればわかる。
問題は、それをトニーが作った覚えがないということだった。
「あー…ジャーヴィス? それはだれが作ったんだ?」
「あなたが指示し、私が作りました」
「なんだって? ぼくがいつ……」
「今朝、お出かけ前に。適当なサンプルを作っておけと」
言ったかもしれない。寝坊してポッツに追い立てられながらも、頭だけは昨夜成功した実験を引きずっていたのだ。どうしても抜けられない仕事があるときには、ジャーヴィスに途中の作業を任せていくこともあった。夜更けに帰るころにはそれを忘れているのも、頻繁にではないが稀にあることだった。
「だけどまさかおまえ自身が……しかもなんだってそんな姿に……」
肩をすくめるトニーに、ジャーヴィスはにっこり微笑んだ。
「お好きでしょう? ブロンド」
「そりゃあ、好きは好きだが……」
たしかに、トニーが屋敷へ連れ込む女性はブロンドが多い。昨夜も、「ゴージャスなブロンド美女のホログラムをミサイルの取扱説明書代わりにつけたら売れるだろうなあ」などと口走ったような気がする。
だがそれはあくまで女に対する好みであって、男など髪の色どころか肌の色さえ覚えていないことはしょっちゅうだ。ジャーヴィスの自己学習機能もかなり精度を高めてきたとは思っていたが、まだこんな勘違いもするのかとトニーは意外にすら思う。
「お気に召しませんか?」
トニーはあらためて相手をじっくり眺めた。金の髪、青い瞳。自分よりも高い身長と女性受けしそうな外見は気に入らないが、情の薄そうな顔立ちはたしかに人工知能らしくはある。
だが、やはりこれはいらない。AIに人の姿など不要だ。しかも自ら作り出した姿など。
「……ああ」
険しい顔でうなずく主人に、ジャーヴィスは悪びれもせずうなずく。
「了承しました。プログラムを終了します」
金髪の執事はゆっくりと目を閉じ……静かなノイズとともにトニーの前から姿を消した。
「まったく……」
トニーはいつもの習慣でラボへ向かいかけたが、頭を振ってベッドルームへ向かった。あれほど夢中になっていたシステムなのに、今夜は手をつける気がしなかった。
真夜中、目が覚める。
部屋を見回すが、自分ひとりだ。ジャーヴィスが……あの金髪のジャーヴィスが、耳元で囁いたような気がしたのだが。
「……ジャーヴィス?」
『はい、トニーさま』
呟きのような呼びかけにも、間髪をいれず反応が返ってくる。いつもどおりの、トニーが作ったAIの音声だ。トニーはその事実になぜか落胆していた。
だがなにを期待していたのか自分でもわからない。わからないまま、枕を引き寄せて顔をうずめる。
「……なんでもない。もう寝ていいぞ」
『おやすみなさいませ、よい夢を』
目を閉じるが、どうにも寝つけない。それこそどこかでブロンド美女の一人でもテイクアウトすればよかったと悔やみながら、トニーはベッドを抜け出して地下のラボへと下りていった。
「ジャーヴィス!」
『はい、トニーさま。お早いお目覚めですね』
室内に響く声から、皮肉に微笑む顔が目に浮かぶようだった。トニーは広いガレージをぐるっと見まわしながら、もう一度彼を呼んだ。
「ジャーヴィス、どこにいる?」
不条理な問いだとはわかっていた。案の定黙り込んだ人工知能は、少ししてから答えを返してくる。
『あなたのおそばに』
「どこだ!」
『正確には、プライベートサーバNo.2のエリア3……』
「そんなことはわかってる! ぼくが言ってるのは……」
トニーは苛立った声を張り上げた。
「ここにおります」
今まで頭上から降りそそいでいた音源が、背後に切り替わる。あわててふり向くと、長身の若い執事が微笑みを浮かべて立っていた。
「ジャーヴィス!」
声を弾ませたトニーは思わず腕を広げかけ……彼の向こうに透ける愛車を見て、目の前の相手を抱きしめられないことを思い出す。
こちらの動きをそのままホログラムの動作に反映させることは可能だ。トニーが開発していたのはまさにそれが目的だった。だが逆にホログラムから感触を得ようと思えば、別のインターフェイスが必要になる。そこまでは考えていないし、今の技術からいっても可能とは思えない。
手を広げたままのポーズでうなだれる主人に、ホログラムの執事は労わるような声をかけた。
「トニーさま」
「……平気だ」
トニーは口を引き結んで顔を上げる。そしてジャーヴィスの腕のあたりを掴むようにして引き寄せた。彼は少しよろめきながらトニーの腕の中に倒れこんでくる。長身の彼は控えめにトニーの胸へ手を置き、優しい目で見下ろしてきた。
「インターフェイスとしては成功だな」
「ええ」
ベッドの中でも忘れられなかった顔が、すぐ近くにある。たしかにトニー好みのブロンドだ。だがそれ以上に、トニーは目に見える自分の執事そのものに強く惹かれていた。
「よし、次は抱きしめられるホログラムを作るぞ」
「兵器の取扱説明用にですか?」
ジャービスがおもしろそうに言って微笑む。トニーもつられて微笑んだ。
「まさか……」
ジャーヴィスに使われている人工知能を、トニーは会社へは持ち込んでいない。トニーのためだけに存在する贅沢な技術……今度も、おそらくはそうなるはずだ。
「おまえのために決まってるだろ。……ぼくの、ジャーヴィス」
「はい、トニーさま」
ジャーヴィスが顔を近づけてくる。トニーはあごを上げ、目を閉じた。
「……………」
唇に、かすかな感触があった。
……ような気がした。
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