銀時/全蔵
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浮ついた気分でするのが浮気
シャワーを浴びて出てきたら、青ざめた顔がのろのろとこちらを見上げた。起きてすぐにかけたらしいサングラスが、全裸の男に滑稽なアクセントをつけている。
「……あのさ銀さん」
「なんですか長谷川さん」
「俺ら、なんでこんなとこにいるわけ?」
予想はしていたセリフだ。
気だるい息を吐き出しながら、銀時はバカでかいベッドに腰かける。こちらも腰のタオル一枚で、滑稽さなら負けていない。
「さあ……なんとなくノリで?」
ぼんやりと呟くと、長谷川は「うおおおお」と呻き声を上げて頭を抱えた。
「また一時のテンションに身を任せちゃったよおじさん……もーなんでいつもこうかな……ごめんねホントごめんね」
「なんで謝んの?」
タオルで髪をがしがしと拭きながら覗き込む。枕に突っ伏している男はこちらを見る気配もない。
「だってさ、アレじゃん、俺が酔った勢いでこんなとこ引きずり込ん……あれ?」
そこで記憶がつながりはじめたのか、彼はようやく顔を上げた。
「あれ、もしかして引きずり込まれたの俺のほう? 一時のテンションに身を任せちゃったのって銀さんのほう?」
銀時はタオルをかぶったまま、ふうと投げやりなため息をつく。こちらは、あんなことやこんなことをしたあとも寝ていないから、長谷川のように夢の向こう側に追いやられた記憶はほとんどない。つまり、反論のしようもないということだ。
ここの料金を気持ちよく払ってもらうために、どううまく説明したものかと考えかけ、そんな面倒なことに頭を使うのはやめようと思いなおした。
「たしかにあんたが酔ったのをいいことに、こんなとこ連れ込んだのは銀さんですが」
「え、最初から狙ってた風な言い方しないで!」
「最初から狙って酔わせたのも銀さんですが」
「えええマジで!? マジで俺狙い!?」
うろたえ騒ぐのをあえて無視して、しわくちゃになったピンクのシーツに寝転がる。
「テンションは二人が協力しないと持続しないんでない?」
寝転んだ銀時の顔を上から覗き込んだ長谷川は、しばらく呆然としていたがやがて失笑を洩らした。
「はは、やっぱな。あんたが俺狙いってこたァねえよな」
「ったく、頭抱えたいのはこっちだぜ……」
銀時はもそもそと呟いてタオルを放り投げる。
「いやーすまんすまん。わかってるって。酒の勢いってやつだろ?」
わかっていない。この男は、なにもわかっていないのだ。
さんざん飲み倒して、ちょっと気分が悪いから、とかなんとか口実をつけてホテルに乗り込んで。酔って判断力も鈍っているふりをして、半ば強引に行為へ持ち込んだ。
相手が疲れて意識を手放してから、ようやく自分がやったことの重大さに気がついた。こんなに気安く、勢いだけで関係を持っていい相手ではなかったのだ。
そういうことに気づくのは、いつも決まってやってしまったあとだった。
「しかし銀さんも物好きだな。よりによってこんなおっさんホテルに連れ込んで……」
また、気づかなくてもいいことに気づいてしまったらしい。言葉を切った長谷川は、おそるおそる尋ねてきた。
「……狙ってたって、なにを? いつから?」
それを口に出して言えというのか。昨日の夜なら言えたかもしれないが、いろいろ気づいてしまった今ではすでに不可能だ。
銀時は恥ずかしい告白をする代わりに、相手の腕をぐいと引き寄せた。
「おい、銀さん……」
「長谷川さんだってさあ、初めてのわりにけっこう楽しんでたじゃん?」
バランスを崩して胸に倒れこんできた身体を受け止め、耳元に口を寄せて囁く。
「や、それは……」
男との経験はないとしり込みする身体を、「じゃあリードしてやるから」などと言いくるめて開かせた。無意識的にしろ虐げられることにある種の快感を見出してしまう男は、翻弄するのもたやすかった、のだが……
結局抵抗をやめた長谷川は、もぞもぞと腕を回してくる。
「なあ、銀さん……」
「明け方から男同士で抱き合ってるってのはどうなのよ、って?」
「うんまあそれもだけど」
サングラスが、肩に当たって痛い。痛いというほどではないが、気になる。それを取り上げようと手を上げ……
「これって、浮気になんのかなあ」
ぎょっとして、銀時は身体を強ばらせた。
「そりゃあ……」
そんなことまで考えが至らなかった。昨日まではただこの男を手に入れたくて、そして今は自責の念でいっぱいで。この男に家族がいたことなど、思い出しもしなかった。
ただ、似た者同士、独り者同士が、お互いを慰めるためにすり寄っただけ……それで済むのだと軽く考えていた自分が情けない。
「……ならねえだろ。こんなもん、ガキのお遊びと変わんねえよ」
絶望的な自己嫌悪を隠し、必死に平静を装って、平素の彼をガードしているサングラスを外す。
「だよな」
その無防備な安堵の表情が、これほどまでに胸をえぐるものだとは思わなかった。
なにもかもを読みちがえすぎて、もともと自分がどういうつもりだったのかすらわからなくなってきている。
銀時は胸中を渦巻く澱んだ思いを振り切ろうと、少しだけ声のトーンを上げた。
「でもまあ、これっきりにしとくか。誤解されてもなんだしよ」
「だな」
手に入れたのは、少なくとも手に入れた気になれたのは、一瞬だった。一度押し切ってしまえば、あとは惰性でずるずるつながっていられると思った。
そんな銀時の腹を知らず、長谷川は小さく笑う。
「銀さんさあ、なんか妙に慣れてる感じするから……うっかりその気になってずるずるいきそうなんだよなあ……」
「じゃあ、その気になっちまえよ」
もう遅いとわかっていながら、薄笑いで囁いてみる。
「どーせ、今だけなんだからさ」
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