銀時/全蔵

2007_銀魂,[R18]

コンビニ袋を提げて帰ってくると、屋敷の中は妙に静かだった。
一人暮らしの家は静かで当然なのだが、今夜はちがう。
万事屋とかいう迷惑な連中がご家族そろってといった風情で押しかけてきて、昔は仲間・現ストーカーの女も平然と現れて、人の庭先で花見と称していきなり宴会を始めたのだ。怒ろうが怒鳴ろうがおとなしく出ていく連中ではない。家主も早々に損なツッコミ役をあきらめ、その宴席に参加することにした、まではよかった。
そのうち日付が変わり、もう水曜じゃねーか誰かジャンプ買ってこいよ的な流れになり、じゃんけんで負けた全蔵が深夜のコンビニ巡りをするハメになったのはさすがに不条理だと思う。
そして帰ってきてみればこの静けさだ。
我が家なのに、妙な警戒をしながら襖を開ける。
「なんだ、ドッキリか?」
だが、宴会場にたどり着いて状況を理解した。
庭に(勝手に)敷かれた敷物の上では、巨大な犬を枕にチャイナ服が眠り込んでいて、縁側では地味メガネが全蔵の(!)羽織をかぶって寝こけている。簀巻きにされて松の木から吊されているメガネくノ一も、にやけた寝顔から察するとろくでもない夢を見ているのだろう。怠惰な白髪頭は柱に寄りかかって動かない。
たった半時間ほどで全員がオチるとは。
「なんだよ、寝るなら帰れよ……」
ため息混じりにひとりごちると、思わぬ返事があった。
「寝ちまったから帰れねえんだよ」
見れば、一人だけ目を開けているのがいる。
といっても普段から開いているのかどうか判じがたい表情だが、柱にもたれている男はとりあえず起きているらしい。手にした徳利に、直に口をつけたところだった。
「全員担いで帰るわけにいかねえだろ」
「そうしてくれるとありがたかったけどな」
全蔵はほっと息をついて、コンビニ袋に手を突っ込んだ。銀時が当然の顔で手を出してくる。
「ほれ」
雑誌を渡されるものだと思っていたらしい銀時は、冷たい500mlのパックに驚いた様子だった。
「なにこれ」
「期間限定・春色いちご牛乳」
パッケージをそのまま読んだ。少しだけ意趣返しができた気になり、へらりと笑う。
「や、どーゆー風の吹き回し?」
「夜中ジャンプだけ買うのとかってなんかアレだろ。ついでだよ」
べつに銀時にだけ買ったわけではない。他の連中の好みはわからなかったから、とりあえず酢昆布を人数分買った。だから余計に、彼らが眠ってしまっていることに落胆を覚えているのだろう、と自分で思う。
銀時がまだなにか問いたげな顔つきで見上げている。妙な誤解をされるのもどうかと思い、全蔵は急いで言葉をつけ足した。
「俺、期間限定とか弱いんだよな。書いてあるとつい買っちまうの。べつに意味はねえよ」
彼は眠そうな目で全蔵を見つめていたが、おもむろに手を差し出した。
「……ストロー」
「あ……」
もしかして無用な言い訳をしてしまったかもしれない。気まずさを覚えながら、ビニール袋から「ストローおつけしますかー」「あ、はい」のストローを出してやる。
それから足元に落ちていた猪口を拾い上げ、彼の横に座った。そこに酒瓶が集まっていたからという理由で。
一人は日本酒、一人はいちご牛乳で、酒盛りともいえない時間が始まる。さっきまでの騒乱が嘘のようだった。
「しっかし、いい花見スポット見つけたぜぇ」
「来年もやるとか言うなよ」
銀時は答えず、ただにやにやと笑っている。来年は覚悟しておいたほうがよさそうだ、と思いながら猪口をあおり、見慣れた夜桜を見上げる。
夜桜といっても、ライトアップがされているわけではない。塀の向こうの外灯が照らしてくれているからまだ見られるのであって、枝ぶりもそれほどいいとは思えない。最低限の手入れはしているが、出入りの庭師任せで全蔵にはよくわからなかった。
それでもここに桜があるというだけで人が集まる。いや、人を集めるためにこの桜があるのかもしれない。この庭が騒々しかったのは、今年が初めてではない。
「……俺さ、どんちゃん騒ぎとか嫌いなわけ。静かに酒飲みながら桜眺めたいわけ。親父の生きてるあいだは毎年毎年弟子だの部下だの押しかけてきて大騒ぎでよ……ここしばらくはホント平穏だったんだよ、わかる?」
口調は話しかけてはいたが、返事も相づちもいらなかった。べつにこの男と語らいたいわけではない。
だが銀時は律儀に答える。
「俺は好きだけど? どんちゃん騒ぎ。春が来たぁ、って感じすんだろ」
意外といえば意外、らしいといえば至極らしい言葉に、桜から銀髪へと目を移していた。
「うちの親父も、そういうタイプだったよ……」
花なんか見ていない。それでも人は花見の名目で彼の周りに集まる。そういう桜のような男が、稀にいる。
銀時が紙パックを置いた。全蔵は彷徨う思考を逸らすため、その飲み物へと意識を向けた。
「期間限定ってなにがちがうんだ」
「さあ……」
気のない返事をする銀時に代わって確かめようと、全蔵はパックを手に取る。が、軽い。
「もうねえよ」
「速ぇよ……」
一度興味を示した以上、このまま引き下がるのもなにか悔しい。パックを置きながら、彼の胸ぐらに手を伸ばした。
「んだよ……」
一瞬の険悪な表情が、瞬時にほぐれるのを視界がぼやける前に見た。唇を重ねても舌を割り込ませても、銀時はとくに逆らうことはなかった。
「うえ、甘っ」
耐えきれずに顔を離す。辛い酒を飲んでいたせいか、余計に甘く感じる。
「な、わかんねえだろ?」
銀時がやる気のない表情と口調で尋ねてくる。たしかに、期間限定の「春色いちご」の正体はわからなかった。しかしわからなかったことさえ今はどうでもいい。
口の中に残った甘い味を、酒で流す。銀時のほうはごろんと腕枕で転がって、どうやら他の連中の仲間入りをする気らしい。
「おまえも寝るのかよ」
「ジャンプ、先に読んでていいから……」
声がすでに眠そうだ。
「俺が買ってきたんだよ!」
ツッコミも空しく、庭に完全な静寂が訪れる。いや、四方からの寝息は普段耳にしない音だが。
やはり桜は静かに眺めるほうが好きだ。
猪口を空けながら、全蔵は散り際の夜桜を眺めていた。

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Posted by nickel