ホームズ/ワトソン

2010_SherlockHolmes,[R18]

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HW

「なにするんだ……」
ひたいを押さえて呻くホームズから、ワトソンは顔を背けてみせた。
「自業自得だ」
「だからって頭突きは……」
「合理的手段というやつだよ、きみの好きな」
鼻先が触れそうな距離にある顔をひっぱたくよりは、そのまま頭突きを食らわせたほうが早かった。とはいえ頭に血が上った瞬間の行動など、どんなに理由をつけてもその程度でしかない。
「なぜぼくがこんな仕打ちを……」
「わからないとでもいうのか、名探偵?」
問い返してやると、さすがに口をへの字に曲げて黙り込んだ。
そう、心当たりが全くないようでは困る。
二人はついさっきまで、少なくともワトソンの認識においては、俗世を忘れお互いだけを見つめ求め合っていた、はずなのだ。
事後の余韻もどこか甘く、ワトソンは茶色のくせっ毛に指を絡め、ホームズは金色の胸毛をいじりながら、静かに相手の存在を感じていたはずだった。
それなのにホームズは、ワトソンの胸にあごを乗せたまま呟いたのである。
「まちがいなくあの男が犯人だ。しかし動機がわからない」
ワトソンは、ホームズが昼間の事件について考えていたことを知る。ひょっとしたら、愛し合っていた最中も……そう思った瞬間、ワトソンは紳士の慎みを忘れて目の前のひたいに自分の頭をぶつけていた。
ホームズは痛いと呻くが、ワトソンだって渾身の一撃に無傷であるはずはない。少し眩暈がしている。だが一人だけその気になっていた自分の目を覚まさせるにも有効だった。もう甘い気持ちもどこへやら、だ。
「名探偵殿、考え事なら自分の部屋で……」
「……悪かった」
ホームズがめずらしくしおらしい上目遣いでこちらを見つめる。そして、申し訳なさそうに肩をすくめ、ワトソンの胸元に軽く口づけた。
「きみの腕は心地よすぎて、つい思考を浮遊させてしまう……それが、きみをないがしろにしていると受け取られたのなら遺憾だ」
もそもそと、弁解めいた口調で彼はそんなことを言う。
「……………」
お気に入りの肘掛け椅子、ラグを重ねた暖炉の前……ホームズは思索に耽るための指定席を部屋のあちこちに持っている。そのうちのひとつがワトソン、ということなのだろう。
腹立たしいが、相反する気持ちがわき上がってくるのを抑えきれない。気恥ずかしいうれしさのような、ささやかな誇らしさのような、名前のつけられない気持ちを抱えたまま、ワトソンは天井にため息を放り投げた。
「……もういい」
こぶのできたひたいにそっと唇を押し当てる。「痛い」と顔をしかめたホームズは、それでもどこかすっきりした顔で目を閉じた。
暫しその顔を眺めていたワトソンは、その重みに片腕が痺れてきたのを感じる。そういえばこの男は、なぜワトソンの上で考え事をするのか。横でもいいではないか。しかも思索どころか半分眠りに落ちている。
ワトソンはホームズの髪を軽く引っぱった。
「ホームズ、寝るなら降りろ」
だがホームズはまぶたすら動かそうとしない。
「寝ていない。よって、きみの上から降りる必要はない」
「なんだそれは……」
彼と言い争ってもどうにもならない。経験からそろそろ学ぶべきだ、お互いに。
ワトソンは口をつぐみ、口だけは達者なその男を、毛布でもよけるようにシーツの上に払い落とした。

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