謙信/信玄
祭りの後・弐
「ゴォオオオオル!!!」
ドアを開けるなり、テンションの高い歓声に迎えられた。
リビングでは大男が拳を振り上げてテレビの前に立っている。なにかと思ったら、サッカーの試合を見ていたらしい。画面を見るまでもなく実況が興奮気味に騒いでいる。
テーブルの上には缶ビールとタバコと灰皿。オッサンか。
「テレビ、音下げろよ……」
ばっとふり返ったそいつは、気持ち悪いくらいに満面の笑顔だった。
「おう! おかえり上杉!」
「お、ただいま……」
勢いよく言われて、ついうっかり返してしまった。ただいまってなんだ。何年ぶりかで口にしたぞ。
一度狂ったペースはなかなか元にもどらない。俺は混乱したまま、赤と黄色のラインが入った袋を突き出す。
「マック、買ってきた……」
「おおお、ちょうど腹へってたんだよ! 気が利くなあおめえは!!」
上機嫌で叫びながら、そいつは俺の肩をぐいと抱き寄せる。そして、むりやりに暑苦しい顔を近づけてきた。
「離れ……」
押しのけようとしたとき、タバコくさい唇がぶつかるように押しつけられた。俺の唇に。
なにを考えるよりも先に接触は終わっていて、気がつくと鼻歌混じりでテーブルの上にハンバーガーのセットを広げている男がいた。
「……なにしてくれてんだ」
思わず、袖で口をごしごしと拭う。そんな俺を見て、やつは憎たらしい顔でにやにやと笑っている。
「なに? もしかして上杉くんのファーストキス奪っちゃった?」
あるか。
そんな挑発に乗る気はないが、やられっぱなしは性分じゃない。軽くイラッときた俺は、やたら楽しそうな男のシャツをつかんで引き寄せた。
「ガキみてえなキスしてんなよ」
「は?」
無防備に半開きになっている唇を、自分のでふさぐ。
全体重をかければ、ひょろ長い身体はすぐにバランスを崩して床に倒れる。俺の肩をわしつかんで引き剥がそうとする手を床に押さえつけ、薄い唇を割って舌をねじ込んだ。
「……っ!」
硬いひざがこっちの腰をがんがん蹴ってくるが、どうでもいい。むりやり脚を絡めてそっちも封じ込み、逃げる舌を追いかける。ビールとタバコ……オッサンの味だ。
気色悪ぃ……とはなぜか思わなかった。でかい図体の男が、キス程度で戸惑っているのを感じる痛快さしかなかった。
「んぅ……」
鼻にかかった甘ったるい息が洩れる。似合わねえ。こうなると男でも女でも大したちがいはないんだな、と頭の片隅で考えていた。
さすがに息が続かなくなってきて、最後に舌をきつく吸い上げてから解放してやる。頭を上げて見下ろすと、口の周りを涎まみれにして息を切らしてる間抜けな顔があった。最中は思いきり目をつぶっていたくせに、目を開けるなりいきなりメンチ切ってくるところはさすがというべきか。
「は……っ、このっ、ヘンタイ……」
なに言ってんだ、先に仕掛けてきたのはそっちだろ。
自分の唇を舐めながら、俺はさっきのやつのセリフをそのまま返してやる。
「武田くんのセカンドキス、奪っちゃった?」
「ふざけんな……っ!」
顔を真っ赤にして殴りかかってくる男からすばやく離れ、テーブルを飛び越えてソファの後ろに逃げる。よっぽど頭にきたのか、やつは本気で俺を追いかけてきて、広くもない自分の部屋を、俺はげらげら笑いながら逃げまわるハメになった。
二人で暴れすぎて笑いすぎて息が上がって、ようやく食事を思い出したころには、ハンバーガーもポテトもすっかり冷めていた。
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