謙信/信玄
武田くんと上杉くん
酔った勢いというのは怖い。
熱くなった身体が触れ合うだけで、あっという間にその気になる。そして、普段なら許さないようなことも平気で許容範囲の枠内に収めてしまう。
謙信は朦朧としかけた頭で、信玄の言葉をリフレインした。
『今日は俺にヤらせろよ』
あんまりにも真剣に言うものだから笑ってしまって、うっかり「好きにしろ」と答えたのだった。
そして今、こちらを見下ろす顔はまだ真顔で、謙信はこみ上げてくる笑いを抑えきれない。どうしても口元がほころんでしまうのを、信玄はどう見たのだろう。
「誘ってんのかよ」
「なにが?」
「天然か……」
舌打ちまでして吐き捨てる信玄を、謙信は目を細めて眺める。それはおまえだろ、と言ってやりたかったが天然には自覚症状がないのだから言っても意味がない。
ほんとうはわざとなのかと思うほどに、信玄は謙信の嗜虐心を器用に煽る。無自覚なのだとはわかっていても、つい信玄のせいにしたくなる。おまえが悪い、と責任をなすりつけて、惨めに泣いて懇願してくるまでいたぶってやりたくなる。
そんな穏やかでないことを酩酊感に浸りながら考えていると、「手ぇ挙げろ」と映画のギャングのようなセリフが降ってきた。おとなしく従えば、乱暴にシャツを脱がされる。酒で火照っているとはいえ、いきなり外気に晒されるとやはり寒い。すくめかけた肩へ信玄が噛みついてきて、別の意味で身をすくめた。
「ん……」
今のは痕がついたな、と天井を眺めながら思う。鎖骨を辿って胸へ、信玄の荒っぽい口づけはいちいち謙信の肌に痕を残していく。謙信もよくやるから文句を言えた義理でもないが……
「んぅっ……」
胸の突起を舐められて、つい身体が震える。
確実に意趣返しだ。信玄は謙信にされていることをそのままやり返しているだけにちがいない。謙信はわずかに後悔した。普段の行いについては反省など死んでもしないが、信玄の提案を受け入れたことに関しては自分を罵りたい。
ここでやっぱりやめたと信玄の腹にひざ蹴りを入れたら、男がすたることになるのだろうか……と天井に向かって問いかける。しかし答えを出せるほどの集中力はなかった。
「……ぁっ」
きつく吸い上げられて、思わず声が出る。歯が当たってひやりとしたところで、また舐められ、舌先で転がされる。それのくり返し。先端が痺れるような奇妙な感覚は、なかなか終わりそうにない。こんなにも長く嬲っている覚えはなかった。謙信は思わず顔を上げて信玄の髪をつかんでいた。
「いつまで、やってんだ……」
こちらを向いた信玄は、濡れた唇を半開きにしたまま不思議そうな視線をよこす。
「ヨくねえ?」
「おまえ……いっつも感じてんの?」
なにを思っていいのかすらわからずに、二人は暫し見つめ合った。なんともいえない、間の抜けた沈黙だった。
「……なわけねえだろ!」
我に返ったらしい信玄があわてて吠え、謙信の小さな頭を鷲掴みにして枕に押しつける。謙信は頭の後ろにベッドのスプリングを感じながら、天井に語りかけた。
「よくわかった、今度からもっと重点的に責める……」
「いらねえよ!」
頭突きの勢いで顔が近づいてきて、なにかと思ったらキスだった。
曲がりになりにも一度は不良どもを束ねるリーダーだった男が、リードを取るのがこんなにもヘタでいいのかと、同じく元リーダーは思う。不器用に絡みつこうとする舌をいなしながら、腰が押しつけられるのを感じて自分でボトムの前を開ける。
信玄もそれを手伝うように手を伸ばしてきて、二人が互いの服を剥ぎ取るのにさほど時間はかからなかった。
乗りかかってくる信玄はすっかり臨戦態勢で、今すぐにでも開戦できそうだ。だが謙信はベッドの周りを見まわした。部屋の持ち主としては、シーツの上にこぼれているローションが気になるがそれよりも。
「おい、ゴムつけろよ……」
「……んだよ、べつに妊娠とかしねーだろ……」
投げやりな口調にその気がないことを察した謙信は、目の前の顔を強引に押しやり、ありったけの殺気を込めて信玄を睨みつけた。
「ナマでヤったら裸で蹴り出すぞ」
「くそっ、めんどくせえ……」
この調子だと、本人が知っているかどうかはともかく何人か孕ませているのかもしれない、と冷静に思う。謙信はその手の失敗はしたことがない。後々の面倒を避けるというより、単に潔癖なのだ。
その潔癖性が、この行為を受け入れられるかは自分でもわからなかった。とりあえず信玄をベッドから蹴り出してコンドームを取りにいかせたが。
文句を言いながらも支度のできた信玄自身が押し当てられ、息をのむ。
最初に思ったのは「ぜったいムリ」だった。
無意識にずり上がって逃げようとする身体を押さえつけ、信玄は強引に押し入ってくる。
「あぁ……くっ」
次に思ったのは「死ぬかも」だった。
信玄の図体に見合う大きさのそれはどう考えても凶器だ。サイズで負けているのが悔しいよりも先に、自分が上になるのは正義だったのではないかとすら思えてくる。謙信は滲む視界の中で必死に信玄を睨みつけた。
「バ……ッ、ヘタクソ、痛ぇんだよ……」
片腕で謙信の片ひざを抱え上げ、もう片方の手は謙信の腰の下でしっかりと抱きかかえている信玄も、妙に気迫のこもった表情で睨み返してくる。
「るせっ……痛ぇもんなんだよ、ガマンしやがれ……」
「うぐ……ぁっ!」
むりやり内側を押し広げて、信玄が一息に根本まで押し込んだ。息ができなくなって枕の上で頭をのけ反らせ、シーツをつかむ。一瞬なにも考えられなくなったが、それがぐいと引かれたときにようやく、ここから始まるのだと気づく。
「ちくしょ……」
信玄に任せたらろくなことにならないにちがいない。相手のリード能力を頭から信じていない謙信は、大きく息を吸ってベッドに両肘をついた。
「う、えすぎ?」
身を起こした謙信に、信玄が動きを止める。
謙信は片腕で信玄の肩を、もう片腕でベッドを勢いよく押して、信玄の上に乗りかかった。結合部に痛みが走ったがなんとかやり過ごす。
「おああっ!?」
間の抜けた声を上げて、信玄は後ろに倒れかけた。とっさに後ろへ両手をついて二人ぶんの身体を支えたが、ポジションは完全に逆転していた。謙信は息を切らせながらも、信玄を見下ろして薄く笑う。
「やっぱ、任せらんねえわ……」
「てめ……」
長い腕が伸ばされるが、手をつかんで指を絡め余計なことができないようにしてやった。これでいくらかは自分の思うようにできる。
「動いたら、殺す……っ」
謙信は大きく呼吸しながら、ゆっくりと動きはじめた。
「んぁ……」
信玄を嬲り尽くしてどうすればいいかはだいたいわかっているし、自分の身体なら感覚をつかむのも早い。息苦しさに耐えれば、快感を得ることもできる。
「ぁあっ、あ、てめ、バカ……っ」
謙信の下では、信玄が犯されているときと同じ調子で喘いでいる。結局同じか、と笑いそうになったところへ、不意に大きな手が腰を掴んできた。
「!?」
「てめえが悪い、んだからな……っ」
苦しげな声で呻くなり、信玄は謙信の奥を深く穿つ。
「……!!」
今度こそ息が止まった。倒れそうになった謙信は必死に相手の首を抱き寄せしがみつく。それでも信玄は何度も激しく突き上げてきた。
「ぁう……んんっ、うっ……」
絡まった指がほどけない。互いにがっちり組み合っているのだと気づき、腹いせに引き寄せて歯を立てる。飲み込むことをあきらめた唾液が、二人の骨ばった腕を伝い落ちていった。
「うっ、うえすぎ……てめ、なんでそんな……」
苛立った信玄の声がすぐ耳元でなにか騒ぎ立てているが、聞き返すのもばかばかしい。謙信は信玄の硬い指に噛みついて、重なる衝撃に耐えていた。信玄が腰を揺すり上げるたび、謙信の欲望も彼の腹を突き上げて成長する。
「ぁ、もうダメだ、もう……!!」
絶頂を迎えた信玄が吠える。
腹の中で弾けたその終わりを受けて、謙信も相手の腹の上に白い熱を吐き出した。
唾液まみれになった腕をシーツで拭きながら、信玄は低く毒づいている。
「なんで噛むんだよ……」
「……猿ぐつわ的な?」
「なんだそれ……」
気のない謙信の言葉に、脱力した声が返ってきた。だがその長い腕は謙信の身体をしっかりと抱き込んでいて、離してくれる気配はない。終わったらすぐに身体を拭いて一服したいと思う謙信は、もう一戦あるのだろうかと他人事のように考えていた。
「おまえさあ、下のほうが向いてるって」
抱きやすいし、と失礼なことを平然と言う男に、力ない頭突きを食らわせる。
「うるさいヘタクソ」
「ヘタ……自分もイってたじゃねえか!」
「自分でがんばったんだよ。女にもがんばらせてんじゃねえの?」
「なわけねえだろ!!」
くそ、口も女みてえにかわいくなれよ、などと悪態をつきながら、信玄は謙信の首筋に顔を埋めた。
髪と息が当たってくすぐったい、と文句を言おうとしたとき、彼が呟く。
「あー……ゴムなしでてめえん中ぐっちゃぐちゃのぬるっぬるにしてやりてえ……」
「ふざけ……」
条件反射で答えかけて、身体が勝手にぞくりと震えた。寒気のようなその感覚を自分で理解するのに、数秒かかる。
謙信は少し迷ったが結局いろいろとあきらめ、信玄の薄い肩にあごを乗せて、その首を抱き寄せた。
「じゃあ気が向いたら、やってやる」
「ぁあ!?」
べりっと音がしそうな勢いで信玄は謙信を引き剥がし、その顔を覗き込む。
「マジだな? 本気と書いてマジだな?」
そう言う信玄の顔が本気と書いてマジだ。謙信はくすくすと笑って、目の前にある無防備な唇を舐める。
「おう。おまえん中、あふれさすくらいぐちゃぐちゃにしてやるよ」
「バ……ッ、ちっげーよ……」
あからさまな失望の色を浮かべる男の愚直さがたまらなく滑稽で、ずっと彼とともにいられたら退屈しないだろうなと思う。
「で、続きヤんの? ヤんないの? ヤられたいの?」
「……!!」
ぐっと黙った信玄は、すぐに飛びかかってきた。例によって真剣な表情で。
酔った勢いというのは、ほんとうに怖い。一回でも充分すぎるほどだと思っていたのに……
謙信は小さくため息をついて両腕を広げ、その愛おしい長身を受け止めた。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます