映司/アンク
【HAPPY×HAPPY3】
「映司くん、アンクちゃん、お風呂どうぞー」
「はーい!」
階下に返事をしてから、映司は定位置のソファで端末をいじっている同居人を見上げた。
「聞こえただろ、風呂。入るよ」
「……わかってる」
アンクは心底不愉快そうに舌打ちし、それでも「巣」から飛び降りてくる。
二人ぶんの着替えとタオルを抱えた映司と、そのあとを黙ってついていくアンク。その姿を見た風呂上がりの知世子は、「ホントに仲良しねえ」と目を細めた。
ごく普通の一般家庭にある浴室は、男二人には少し狭い。
それでも映司にはアンクといっしょに入らなければならない理由があった。
アンクが風呂嫌いというのではない。むしろグリードとしての彼はきれい好きだったようだ。ただし、自分さえきれいになれば周囲はどうでもいいらしいというのが問題だった。
初めてアンクを風呂に入らせたとき、映司はたぶん忘れていたのだと思う。彼が人間でないことを。
どういう入り方をすればそうなるのかまるでわからないが、アンクが出たあとの浴室はひどかった。浴槽の水量は半分以下で、天井まで水浸し、石鹸かシャンプーの泡があちこちに飛び散っている。おまけに身体を拭きもせず部屋までもどってきて、廊下からなにから濡れた足跡だらけ。幼児だってもう少しおとなしく出てくるだろう。
青ざめる知世子には平謝りで「かわいそうなアンク」を最大限アピールし、まともな教育も受けていないから日本の入浴の作法など全く知らないのだと必死に言い訳したが、同情のこもった視線とともに「じゃあ映司くん、教えてあげて」と、暗に二度目はないと釘を刺される。
かくして映司は監視を兼ねて、アンクといっしょに入浴するはめになったのだった。
長方形の浴槽で、二人並んで湯に浸かる。ほとんど身動きはとれない。
映司はひざを抱えて、ほうっとため息をついた。
アンクは両腕を浴槽の縁に投げ出して、湯船の中のひざも映司にぶつかるくらいには広げて寛いでいる。
「もうちょっとそっち寄れよ」
「おまえが寄れ」
毎度毎度の、不毛な会話。
狭いだの苦しいだの言い合って、そのうちどうでもよくなって、今日戦ったヤミーの属性についてだとか、戦い方がなってないとかメダルのセレクトが問題だとか、一見重要そうだがそれほど必要でもない議論に興じる。
そもそも、二人とも綿密な作戦を立てて戦うタイプではない。その場で最適だと思う行動をとる、それだけなのだ。だから、戦闘についての会話は完全な世間話といっていい。奇妙だが、それが二人の唯一の共通項で、最も無難な話題なのだった。
裸で密着しているわりに、アンクは入浴中は「仕掛けて」こない。もともと映司を誘うのは、やり場のない鬱憤をぶつけるためだから、リラックスできる入浴中はそんな気分にはならないのだろう。せっかくだから朝までその上機嫌を保ってくれないものかと、映司はひそかに願う。
彼の「ストレス解消」につき合わされる苦労もあるし、できるだけ彼の身体に負担をかけたくないというのも大きい。
だがなにより、その行為に気持ちを引きずられたくないと思いはじめていることに、映司は気づきかけていた。その「気持ち」がどんな種類のものなのか、ほんとうにアンクそのものに対してなのか、それすらもよくわからなかったけれど。
話題はあっという間に尽きたが、今日はよほど機嫌がいいのだろう。
アンクが歌いはじめた。
「……………」
どこの国でも聞いたことのないメロディ。ハミングのような、鼻歌というには妙に美しくて透き通っていて、狭い浴室によく響く。
映司は浴槽の縁にもたれかかり、彼のじゃまをしないように黙り込んで目を閉じた。あまり長湯をするほうではないが、今日はもう少し入っていてもいいかな、と思いながら。
浴室を出ても入浴が終わったわけではない。
タオルを渡してきちんと身体と髪を拭くようにうながす。そして持ってきた着替えの服を渡す。
おまえ、何様?王子様?と嫌味を言ってみても、相手はそっちのためにやってやるんだと横柄な態度を改めようとはしない。服を着せてやる手間がないのが救いといえば救いだろうか。
タイトなシャツとパンツは彼の趣味。風呂上がりの火照った身体を窮屈な服に押し込める気が知れないが、アンクはさっさと服を着ている。
「ねえ、いいかげんパジャマ着たら? 比奈ちゃんが持ってきてくれたじゃない」
「……………」
返事はない。二度も説明はしない、という理屈だ。
前に問いただしたところ、「外へ行くのに着替えが必要な理由がわからない」と返された。
もちろん、鳥は着替えなどしない。その気になったらすぐ飛び立っていく。その感覚が抜けないのだろう。アンクには「部屋着」も「寝間着」も存在しない。
「でもそれじゃあゆっくり眠れないだろ……」
「なんの警戒もなく眠れる人間のほうが理解できん」
そう言っていつでも、グリードたろうとする。
グリードだったころの感覚を忘れられないのではなく、忘れたくないのではないか……最近はそんな気がしていた。だからうるさく言うのはやめたが、それでもちょっとは気を変えないかと期待しているのも事実だ。
ざっと髪を拭いたアンクは、まっすぐ厨房へ向かった。いつものコースだ。
業務用の冷蔵庫からためらいもなくアイスキャンディを取り出す姿に少しばかり反感を覚え、今日は自分も手を伸ばした。
「なんだ?」
「おれも食べる」
アンクが露骨に嫌そうな顔をするから、映司もつい声が刺々しくなる。
「あのね、忘れてるかもしれないけどこれはおれが……」
「おまえが俺によこす一年分。……だったな」
アンクはアイスを振りながら凄んでみせた。
「言うこと聞いておとなしく風呂にも入ってやってる、毎朝毎晩歯もみがいてやってる。メシだって残さず食ってやってる。一年分じゃ足りないくらいだ」
「……それ、契約ってか幼稚園児のお約束じゃん」
知ったことか、とばかりにアイスに噛みつく彼は、反省しないぶん幼稚園児よりもたちが悪い。
「……ムチャなエッチしない、ていうのも入れておけばよかった」
呟く映司を見てアンクは愉快そうに笑い出した。
「逆だろ? それはサービスだ」
あっというまに食べ終わったアイスの棒をくわえながら、細く硬い腕を映司の肩に乗せる。ぶつかった視線がその気になっていることに、映司は不本意ながら気づいてしまった。
「今夜もサービスしてやるぜ? きれーいに洗ったからな……」
「あーあ、やぶへび……」
言うんじゃなかった、とアンクに背を向け、肩をすくめてアイスをかじる。
悪役にしか聞こえない笑い声を上げ、アンクは後ろから抱きついてきた。今一瞬でも自分が優位に立っていることがうれしいのだ。
彼にとっても、その行為はストレス解消以外の意味を持ちはじめているのかもしれない。
「早くしろよ……」
すぐ横に意地の悪い笑顔があることはわかっていたから、映司はあえて振り向かなかった。
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