映司/アンク

2010_仮面ライダーオーズ,[!],[R18]


【HAPPY×HAPPY2】

「ちょっと! 桜の木には登っちゃだめなんですよ!」
下であの小うるさい女が騒いでいる。
知ったことか、とアンクは鼻を鳴らして枝に足を投げ出した。
目線は普段と同じだが、空気の香りも視界の色もまるでちがう。みずみずしい緑ではなく、薄紅色のぼんやりした幕が掛けられているようだ。
それでも、木の下でピクニック気分の人間どもと地べたに座り込むよりはマシだった。
「聞いてるんですか、アンク……」
それにしてもうるさい。
目の前の枝に毛虫が這っているのを見つけたアンクは、それを指で弾いた。狙いどおり、毛虫は彼女の肩口へと落ち、糸を引きながらワンピースに引っかかる。
「きゃ……」
木の下に悲鳴が響きわたる。アンクが笑い声を上げようとした瞬間、どんっと突き上げるような衝撃が桜の木とアンクを襲った。
「!?」
掴まりなおす余裕もなく、ただ幹に寄りかかっていただけのアンクは、木からすべり落ちていた。舞い散る桜が一瞬目の前をふさぐ。
「っつぅ……」
鳥が木から落ちるなどひどい恥辱だ。しかも比奈からその辱めを受けるのは初めてではない。
「貴様……」
「信じられない! お兄ちゃんの顔で意地悪なんて、最低!!」
半泣きで叫んだ比奈はワンピースをひるがえして駆け出していく。反撃のタイミングを失ったアンクは、その場に座り込んだまま彼女の背中に怒鳴るしかなかった。
「……どっちが最低だ、怪力女!!」
「自業自得でしょ」
呆れ声が横から聞こえた。
ぎっとふり向きざま睨みつけると、映司がカップと皿を持って歩いてきたところだった。彼の後ろでは、クスクシエの店主とその知人だか客だかがどんちゃん騒ぎに興じている。
アンクは勢いよく立ち上がり、全身にまとわりついた花びらをばたばたと払い落とした。下にレジャーシートが敷かれていなかったら、ついでに土まみれになっていただろう。
また幹に手をかけたところで、裾を引かれた。
「あきらめなよ。また落ちたくないだろ? ほら、なに食べる?」
「く……」
彼が持ってきたカップは二個、フォークも二本。
気がきくというよりは単にお節介な相棒は、アンクの服をつかんだまま座り込もうとしている。
こうなると意地の張り合いになるのは目に見えていた。面倒になったアンクは映司の横に腰を下ろし、そのまま大の字で倒れた。
「アンク?」
仰向けになって空を見上げるが、広い青空はピンクの塊に遮られ、まるで虫に食われたあとのようだ。
「気持ち悪ぃ……」
思わず呻ると、耳ざとく聞きつけた映司が心配そうに覗き込んできた。
「え、気分悪いの? 水とか飲む?」
「……………」
的外れもいいところだが、文句を言う気も起きない。聞こえるように舌打ちして、目を閉じた。
自分でも信じられないほど無防備だと思う。しかし、すぐ横には映司がいる。小憎らしくて腹立たしい人間だが、今のアンクにとっては世界一安全な場所だ。
利用できるだけし尽くして、完璧な身体を手に入れたら、最後にこいつの腹から隠された欲望を引き出してやる……
柔らかな日差しと風を感じながら、アンクの思考は少しずつ霞んでいく。

「ほんっと、自由だなあ……」
映司はため息をついて、その寝顔を見下ろした。
服や髪にはまだ花びらがくっついている。取ってやろうかと手を伸ばしかけたところへ、映司の袖口にもひとひら、舞い落ちた。きっとまだまだ降ってくる。払ってもきりがないだろう。
「あとでいいよね」
映司がカップを手にぼんやり見上げているあいだにも、桜は散りつづけていた。
今咲いている花びらが全部散るまで寝ていたら、彼はピンクに埋もれてしまうだろう……などとありえないことを考える。それでも彼は、映司のせいだと怒るにちがいない。花びらをまき散らして、その花吹雪の中で凄んでみせるのだ。
「あんまり怖くないなあ……」
傍らでのんきに寝ているアンクをちらりと見やって、映司は自分の空想にひとり微笑んだ。

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