侘助/理一
【隠れ家】
池沢佳主馬はノートパソコンを抱えたまま、戸の前に立ちつくしていた。
「……ちょっと」
納戸の床に、タオルケットが敷かれている。よれよれの皺だらけで長方形というより楕円に近いその布の上に、長いものが中途半端に折りたたまれたかたちで二体ほど転がっていた。
「ん……?」
一体がもそりと動き、眠そうな目が開いてこちらを見る。
「おう、佳主馬ぁ……いつ着いた?」
半年ぶりに会った親戚のあいさつとしては妥当だが、状況がおかしい。
「……なにやってんの」
もぞもぞと身体を反転させて床にひじをつく格好でこちらを見上げた理一は、まだ眠そうな顔でへらりと笑う。
「昼寝」
それは見ればわかる。
問題は、なぜ理一が背中合わせとはいえ、「あの」侘助と二人でいっしょに寝ているかだ。しかも一枚のタオルケットの上で。
「おじさんたち、自分の部屋あるじゃん。なんでこんな狭いとこで寝てるの」
複雑な縁戚関係は未だに理解できないが、この二人がこの屋敷で育ってまだ部屋も残っていることくらいは佳主馬も知っている。
滞在中だけ客間をあてがわれる佳主馬たちとちがって、理一と侘助は決まった居場所があるのだ。それなのに。
「ここのほうが涼しいから」
「男二人で寝てたらどこでも暑苦しいよ!」
しかも親戚の中でもいちばん背の高い二人だ。突然変異のように、二人だけが頭ひとつぶん飛び出している。小柄な佳主馬にとって羨ましくはあったが、それが狭い納戸に手足を縮めて転がっているとなれば、じゃまなだけだ。
「あっちにいると、なんか手伝えって言われるから……」
うずくまったままの侘助が、初めて声を出した。
一年前に大騒動を起こした張本人と直接会うのは、それこそ一年ぶりだった。メールやチャットで何度か話をしたこともあって、あの夏のわだかまりは解消している……と思っていたが、いきなりだらしなく寝そべっている姿を見せられてはどうしていいのかわからない。
「ここ、オレの場所なんだけど!」
怒っていることを伝えたくて大声を出したが、侘助はごろんと仰向けになり、半眼で佳主馬を見上げただけだった。
「知らねえなあ……三十年くらい前から、おれたちの場所だったから……なあ、理一?」
「おれたちっていうか、おまえのね……」
三十年、という想像の範疇を超えた年月に、佳主馬は無性に悔しくなる。二十年以上前は有史以前だ。三十年前など原始時代に等しい。
「昔の話だろ! 今はオレの場所なの!」
「わかったわかった……」
苦笑して起き上がろうとする理一の腕をつかんだかと思うと、侘助は佳主馬に向かってにやっと笑ってみせる。
「寝てるだけならいいだろ? おれたちのことはお気になさらず、どうぞお使いください佳主馬ぼっちゃま」
「…………!」
無防備な腹を踏みつけてやりたい。
だが力ある者はその力を暴走させてはいけないのだ。師匠の教えを思い出し、佳主馬はぐっと拳を握りしめる。そして無言で理一の横を通り抜け、定位置の机にノートを置いた。
後ろの二人を極力意識から追い出して、電源を入れスリープ状態のパソコンを起こす。そしてOZにログインしたところで、ついに耐えきれなくなってふり向いた。
理一が、小声でぶつぶつ文句を言いながら侘助の手を振りほどこうとしている。侘助はといえば理一の腕をつかんだまま寝たふりをしているらしい。二人とも佳主馬の両親と同じくらいの歳だったはずだが、くすくす笑い合っている様子はクラスの男子にしか見えない。大人げないにもほどがある。
佳主馬は思わず机をどんと叩いた。
「ああもう、存在が暑苦しい! あとなんか加齢臭がする!」
ぽかんとこちらを見た理一が隣に目を移す。
「侘助ぇ、おまえ加齢臭がするって」
「そっちだろ。体育会系は暑苦しくてやだよなあ……」
「二人ともだよ!」
二人とも、大人げない。
もう一言くらい言ってやろうとノートを閉じたとき、開けたままの戸口からひょいと顔が覗いた。
「佳主馬く……あれぇ?」
「あ……」
「健二くん!」
「健二!」
佳主馬が声を上げるより先に、男二人の声がハモる。
「いつ来たんだ?」
「夏希といっしょ?」
完全に声をかけそびれた。二人の叔父がわざわざ身体を起こして健二に話しかけているのが腹立たしい。さっき佳主馬が来たときには、侘助などあいさつどころか視線もよこさなかったのに。
健二は健二で、あいかわらずぺこぺこと頭を下げている。
「はい、あの、ついさっき先輩と……あ、先輩はなんかお手伝いに呼ばれて……それで、佳主馬くんが先に来てるっていうから、ここにいるかなーって……でもなんで理一さんと侘助さん……」
「二人で昼寝だってさ、キモいよね!」
健二が自分に気づいていなかったらどうしようと思って、大声で叫んでいた。こちらを見た健二は、どこかほっとした顔で笑う。
佳主馬はノートパソコンを抱え、二人の長身のあいだをずかずか歩いて健二のところまで辿りついた。「うおっ、危ねっ」などと侘助が騒いでいたが気にしない。
「あっち行こう!」
「あ、うん……」
この部屋はあとでぜったい取り返す。でも今だけは、あの年寄りたちに貸してやってもいい。そうだ、健二に妹を紹介しよう。彼にはまだ写真でしか見せていないから……。
佳主馬は年上の友人の手を引いて、廊下を駆け出した。
頬杖をついて、理一は侘助を見やる。
「……キモいってさ」
「そりゃキモいだろ。おっさんがくっついて寝てんだぞ。客観的に見てありえねえよ」
「じゃあどうして寝る前に客観視しなかったわけ?」
「眠かったんだよ」
最初、ここで昼寝をしていたのは理一だけだった。同じことを考えた侘助が覗き込んだときには、もうタオルケットが敷かれていたのだ。
「いかにも、さあどうぞって感じだったから」
「だからって本気で来るか?」
侘助に「どけ」と言われた理一は、冗談のつもりで身体をずらして場所を半分空けてやった。まさかほんとうに、侘助がそこへ寝そべるとは思わない。
一度横になったものをわざわざ縦にして追い出すのも面倒で、理一はそのまま目を閉じた。昼寝だけなら、たとえ姉や母に見つかっても文句を言われる程度で済むだろうと考えてのことだった。
佳主馬や健二がこんなに早く着くとは予想外だったが。
「じゃ、そろそろ行きますか」
「オモチャもそろったことだしなあ」
にやにやと笑いながら、侘助は起き上がって肩を回す。
OZの世界で敵なしの池沢佳主馬。曾祖母譲りの勝負強さで侘助のラブマシーンを倒した篠原夏希。そして数学の天才高校生、小磯健二。
親戚づきあいを疎んじる侘助がわざわざ帰ってきた理由の大半は、彼らに会うためだった。少なくとも理一はそう思っている。彼らの話をするとき、子ども嫌いのはずの侘助の目がわかりやすく輝く。彼らと遊びたくてたまらない、という顔で。
「大人げないって言われるぞ、侘助おじさん」
「理一おじさんだけ大人ぶるのはなしだぜ」
二人は顔を見合わせて、にやっと笑った。
「ぶってないよ、大人だから」
「言ってろ」
引き寄せたタオルケットをたたみながら、理一はふと思いついて納戸を出ていく侘助に声をかける。
「そうだ、いつ向こうに帰る?」
一度戸口から姿を消した侘助は、顔だけもどってきて返事をした。
「休みは一週間取ってる」
「じゃあ休みの最終日は東京に来いよ。どうせ帰り道だろ?」
侘助は少し驚いた顔で理一を見つめ、ふっと笑ってから顔を引っ込める。
「そうだな。ここはキングに明け渡さなきゃなんねえし……」
遠ざかる笑い声に微笑み返して、理一もその隠れ家をあとにした。
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