魁利/透真

2018_ルパパト,[!],[R18]

『飲みたくもないのに飲むなんて、お酒に失礼だと思わない?』
 どうにも寝つけなくて、店に下りていった。
 冷蔵庫から一瓶取り出す。ワインセラーにはなかなかの銘柄がそろっていて、カジュアルフレンチにはもったいないくらいだが、こんな夜の寝酒はもちろん自分で買ってきた安物だった。
 だが少しも楽しめないのは、安い酒のせいではない。
「酒に失礼だな……」
 ワインだろうがビールだろうが酔えればいい、だれと飲んでもなにを飲んでも大差ない。彼女に出会うまでは、そう思っていた。
 食事すら大して興味がなかったのに、いつのまにか料理を仕事にまでしている。彼女がいなければ、酒も食事も楽しみ方を知らないままだっただろう。それ以前は、食欲の意味さえ理解していなかったようなものだから。
 なのに今、独りで飲む酒はひどく味気ない。わかっていても飲まずにいられないのは、そのうち「お酒に失礼でしょ」という笑いを噛み殺したような小言が聞こえてくるのを期待しているのかもしれない。
「あー、一人で飲んでっし!」
 背後からいきなり声をかけられ、グラスの中身をこぼしそうになった。
「寝てたんじゃないのか」
 部屋を出たとき魁利は熟睡していたはずだ。音も立てないように出てきたのだが。
「ずりぃ」
「なにがどうずるいんだ」
 目が覚めたばかりという顔でもなく、酒と見てうれしそうに駆け寄ってくるのも腹立たしい。味などわからないくせに。
「一口! 一口でいいから!」
「ビール派じゃなかったか?」
「贅沢言わねえ!」
「ビールよりは高いんだが」
 今さら未成年がどうのと説教する気はないとはいえ、先日の事件から察するに飲み慣れていないか、アルコールが入ると面倒なタイプなのだと思う。いっしょに酒盛りをする気分でも相手でもない。
 それでも無遠慮にグラスへ伸ばしてきた手を、振り払おうとする。
「あっ……」
 グラスがかたむき、魁利の手にこぼれた。
「もったいね……」
 にやつきながらそれを舐めようとするから、思わずその手を掴む。拭いてやればよかったのだが、直前目にした動作が頭にあったせいか、そのまま自分の口元へ持っていった。こちらも少し酔いが回っていたのかもしれない。
「おい……っ」
 焦る声にかまわず、濡れた指を口に含んだ。わずかな抵抗を舌で押さえ込んで、ゆっくりしゃぶってみせる。酒の味はほんの少ししかしない。代わりに、わずかだが不快な焦げくささを感じた。
「うえっ……」
 魁利が妙な声を上げたのがなんだか愉快で、見せつけるように手首まで舌を這わせてやった。
「……これで、無駄にはならなかったな」
 解放された魁利はすぐに自分の裾でその手を乱暴に拭うが、視線を追うとまだあきらめきれない様子だ。
「ほら、二回も男とキスしたやつ、二回も男に手舐められないよう、酒はあきらめろ」
 一口飲んでから、彼の指の味を思い出した。
「それと、庭でタバコ吸うのはやめておけ。臭いが残る」
「バレてんのかよ……」
 寝ぐせのついた髪をかきまわしながら、魁利は喫煙具が入っているであろうポケットに手を突っ込んだ。
「おまえだって、寝れねえから酒飲んでんだろ。なんかいろいろ考えちまって、寝ても夢に出てきて……」
「……今さらだな」
 思わず彼の言葉を遮ったが、三人とも未だ落ちついたとは言いがたい。
 夜中に泣きながら部屋を飛び出してきた初美花に起こされたこともあるし、悪夢にうなされる魁利の寝言で、こちらまで夢見が悪くなったことも一度や二度ではない。透真自身も悲鳴を上げて飛び起きた直後に、寝不足の顔をした魁利と大げんかした夜もあった。
 時が経てば癒えていくというわけではない。当初の混乱や衝突こそなくなったが、それぞれの傷はふさがるどころかまだ血を流し続けている。
 だが、分かち合ってどうにかなる話でもない。今その問題について魁利と語るつもりはなかった。
「もう寝る。これで……」
 最後だとグラスに残っているぶんを飲み干そうとかたむけた瞬間、魁利が乱暴にその腕をつかんだ。口に流し込むはずの酒はこぼれ、透真の顔や手を濡らす。
「なにする……」
 怒鳴ろうと顔を上げると、今度は魁利がこちらの腕を自分の口元へ引き寄せた。濡れた手を、赤い舌がゆっくり舐め上げる。先ほどの意趣返しというのはわかったが、こちらをじっと見つめている目から視線が離せなくて、暫し息を止めていた。
「こんなんじゃぜんぜん足りねえ……」
 顔が近づいてきて、押しやろうとする手を掴まれた、と思ったらすぐに唇を舐められた。それから、伝い落ちた液体を追うように、あごから首へとついばんでは舌を這わせてくる。
「……っ」
 逃れようと身を引いた拍子に、グラスが倒れる。割れはしなかったが残りはカウンターから床へとすべてこぼれてしまった。それでも魁利は、透真の肌を舐るのをやめない。鎖骨に歯を立て、胸元を強く吸い、濡れているのかいないのかわからない肌を舌先で嬲る。
 追いつめられた鼠のように噛みついてきた、先日の口づけとはわけがちがう。威嚇や虚勢ではない、これは……。
 寝間着代わりのコットンシャツの、ボタンに手をかけられたところで、はっと我に返ってその手首を押さえた。
「なんの……つもりだ」
 顔を上げた彼の目は、肌にかかる息の熱さとは対照的にひどく冷たい色をしていた。
「なんでもいいんだよ……眠れねえだけなんだから。タバコやめろってんなら、つき合えよ」
 酒でも、タバコでも。あの日の絶望を一時忘れさせてくれるものなら、なんでも。
 透真の力がゆるんだのに気づいたのか手を振り払って、魁利はボタンを外していく。冷たい目を逸らさず、まっすぐこちらを覗き込みながら。
 落ちつかなくて、思わず眉根が寄る。
「怖い?」
「……気色悪いんじゃなかったのか?」
 調子づいて覗き込んでくる顔が腹立たしくて、ついそう返してやると、今度はいきなり不安げな表情になって目を泳がせた。反応が読めなくてこちらが不安になる。
「そっちこそ、嫌じゃねえのか」
 シャツを肩から剥ぎ取ろうとする手を止めたまま、上目遣いで今さら相手の意思を確認しようとする相手に、いったいどう対応すればいいのか。
 濡れた床を見下ろす。明日の朝、初美花が起きる前に片づけよう。
 今はこの状況をどう「片づける」かのほうが先だ。
「べつに……」
 ため息をつきながら、相手の背中に腕を回す。
「眠れないのは同じだからな」
 不味い酒よりは、新鮮味があるかもしれない……そう告げられた魁利は怒りも拗ねもせず、いつもの不敵な表情に戻って腰をすりつけてきた。当たった部分はなぜか硬さを持ちはじめていて、しかもそれを透真にわからせようとしている。
「元はそっちのせいなんだからな、責任とれよ」
「なんでだ」
 だが魁利に手首を取られ、彼の服の中にその手を導かれても、拒もうとは思わなかった。魁利が望むのなら、それが自然な流れだろうと思ったからだ。
「ん……」
 透真に触らせながら、ただ快感に呻いていればいいものを、彼は熱い息とともにこちらの肌をまさぐってくる。シャツはもう腕に絡まっているだけで、魁利に対して無防備な状態だった。
 柔らかい唇がもどかしげに肩へ押しつけられ、悪戯な指が背骨を数えるようになぞり、そして透真のボトムへと差し入れられた。
「おい……っ」
 思わず声を上げると、彼は意外そうに顔を上げる。
 紅い唇が濡れて半開きになっているのを見た瞬間、寒気のような衝撃が走った。
「今さら?」
 この期に及んで、と言いたいのだろう。確かにそうだ、と苦笑しながら、彼の欲望を握らされていた自分の手を荒っぽく動かす。
「おっ……」
 肩をすくめて呻いた魁利はにやっと笑い、下着の中に突っ込んだ手でためらいもなく透真を握り込んでくる。
「く……」
 彼女に出会うまで、「食欲」の意味が実感として迫ってこなかった。欲求として自覚する機会がなかったのだ。
 今、魁利に教えられているのは、愛情の先にある営みではなく、純粋な欲求だった。

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