魁利/透真

2018_ルパパト,[!],[R18]

『本気でもないのに、相手に失礼だと思わないのか』
 仕事で忙しい兄の目を盗んで、夜遊びに出かけることはそう難しくなかった。
 すぐ本気になって恋人ヅラしたがる同世代より、割り切って遊んでくれる年上のほうが気楽だった。食事からなにから奢ってくれて、自分の財布を一度も出す必要がない。こっちが本気になると向こうは引くから、気持ちは持っていかれないように注意して……そんなつき合いに慣れきっていた。失礼もなにも、望まれるから仕方ない。
 年上相手という点では変わらないはずなのだが、今の状況は今までとは全くちがっていた。
 優しさも気遣いも最初から期待できない。甘えることも許されない。一人でもできる行為に、なぜか相手を巻き込んでしまった、それだけといえばそれだけだ。
「……っ」
 息だけで喘ぎ、透真は白い喉を反らす。
 ソファで例の洋書を開こうとしていた彼に乗りかかって誘ってみたら、怒ることも拒むこともなく、ため息混じりではあるがおとなしくクッションに組み敷かれて魁利を受け入れた。
 とはいっても、魁利がイメージするところの性行為とはほど遠い。行き当たりばったりでやってみたのがそのまま習慣化しているといったところだ。
 はじめは透真の手に自身を握らせ、ぎこちない愛撫を楽しんだ。だがそれでは自分一人でするのと大差ないと気づき、透真にも同じようにしてやった。普段は澄ました顔をしている男が自分と同じように欲望を滾らせているのを見るのは痛快だったが、そのうち手での愛撫がもどかしくなり、別のやり方を思いついた。
「はっ……」
 ソファに押しつけた透真の上で、ゆっくり腰を揺らす。
 相手のそれと自分をまとめて握り込み、ぶつかり合う先端が擦れるように動くと、それまでにない快感が突き上げてくるのだった。
 魁利だけにリードさせたくないのか、透真も魁利の上に手を重ねてきて、絡み合う指がそれぞれの意思で陰茎に絡みつく。結果としてどちらの思いどおりにもならない刺激が絶えず与えられつづけ、一人では得られない感覚に追いつめられていく。
「ぁ、やべ……」
 性分なのか、先に終わりを迎えてしまうのは決まって自分だった。
 歳のせいだろうと彼は素っ気なく言うが、自分より経験値が低そうな相手より早いというのは、多少なりとも自尊心に関わる。相手が我慢強いせいだと思うほうが、まだ気楽だ。
「……!」
 声もなく身を震わせて果てた彼は、大きく息をついて長い睫毛を持ち上げた。普段は無表情な白皙がわずかに上気して、魁利が知らなかった表情を見せつけてくる。
 この男に対してなぜ恐怖を感じたのか、今となってはもう覚えていない。それどころか、一度は恐れた男相手になぜ欲情したのかというきっかけさえ思い出せなかった。眠れない不安を共有したかっただけなのか。もっと単純に、飢えていて「だれでもよかった」のか。
 ただひとつ理解しているのは、初美花には効いていた抑制が透真に対しては効かなかった、思いとどまるタイミングがなかったということだけだ。
「気が済んだか」
 たった今まで喘いでいたとは思えない低い声が問いかけてくる。
「もっかいだけ……」
 広い肩を押し戻すと、透真はもう一度深いため息をついて、それでも長い腕を魁利の腰にまわした。
 透真から誘ってくることはない。あくまで魁利に「つき合ってやっている」スタンスをとっている。
「自分も楽しんでるくせに……」
 そう囁きながら、首に歯を立てる。「噛むな」と髪を引っぱられたから、仕返しに濃い吸い痕をつけてやった。

 初美花の部屋は、重々しいアンティークな内装をなんとか愛らしいレトロ空間にうまいこと作り替えていて、家具の位置以外は用意されたまま使っている身からすれば感心してしまう。
 学生のように本やノートが並べてある机の前から、布張りの椅子を引いてベッドサイドに腰を下ろした。
 初美花が掛け布団の端から潤んだ目を向けてくる。
「なんか、ごめんね……」
「気にすんな。透真が今なんか食うもん作ってっから」
「ありがと……」
 咳き込む彼女は昨日の夜からずっとこんな調子で、店の仕事どころではない。
「腹出して寝てたんじゃねえの」
「そんなことしないもん、魁利じゃあるまいし」
 軽口にむくれる顔も赤く火照っていて、愛らしいというよりは痛々しい。不安そうな彼女につき合ってしばらく部屋にいたが、食事を運んできた透真と入れ替わりに店へ戻った。
 とはいえ開店準備などしていない。ランチの時間も近いから、戸口までやってきて引き返す客の影も見える。
 本業ではないから臨時休業は毎度のこと。開店中も魁利の仕事はほとんどない。しかし「本業」もないのに店を閉めているのは、手持ち無沙汰な気がした。
 透真が二階から戻ってきた。
「あいつだいじょぶか、薬飲んでも熱下がんねえんだけど」
「落ちつけ、ただの風邪だ」
 勢い込んで言う魁利を一瞥し、透真は厨房に戻る。トレイに乗っていたシェフの薬膳スープは、半分以上残ったままだ。
「でもそれコグレさんが言ってただけじゃん、信用できんのかよ」
 疲れがたまっているせいだとあの老執事は言い、彼女ばかりに仕事をさせないようにと主に魁利へ釘を刺していった。腹は立ったが反論の余地はなく、彼の信憑性に文句をつけることしかできない。
 とりあえず、熱が下がるまでは絶対安静だそうだ。
「しばらく店も休みか……」
「おまえが普段から働いていれば店はべつに閉めなくてもいいんだけどな」
 透真までもが嫌味を言ってくるのを無視して、座った椅子の背に頬杖をつく。初美花がいない昼間の店内はとても静かで、なのに落ちつくというよりは居心地が悪い。
 透真が皿を洗う音を聞きながら、初美花がいる二階を見上げた。
 あの事件さえなければ、彼女は今も制服を着て高校に通っていたはずだった。風邪をひいても家族が看病してくれただろうし、友だちが見舞いに来てくれたかもしれない。医者に行けばすぐ治ったかもしれない。平穏な「普通の」生活すべてを自ら捨てて、彼女はここにいる。たった一人のために。
「あいつさ……すげえよな。友だちのために、学校やめて家出て……」
 初美花の前ではさすがに口にしないが「たかが」友人だ。そのつながりがどれほど強いのか、魁利には想像できなかった。
「俺には、家族のためってのもわからないけどな」
 皿を拭きながら透真が呟く。自分と同じで悪意がないのはわかっていた。
 たった一人、この先の人生をともにすると決めた恋人だけが彼の未来の「家族」なのだろう。詳しくは聞いていないが、現在の「家族」は存在しないらしい。
「それ言うなら、恋人もわかんねぇわ。さっさと一人に絞るとか……」
 自分で言いながらあまりに軽薄な発言だったと思い、一人で乾いた笑いを洩らす。
 恋人などお互いのアクセサリーに過ぎない、他人に見せつけたり所有欲や自己満足に浸るためのものだと思っていたが、透真にとってはちがうのだ。
「恋人かあ……」
 今、透真と妙なことになっているが、魁利が考えるところとも透真が定義しているところとも一致しない。
 全員が全員、互いの最も大切な存在を理解し合えないまま、それなのに同じ目的に向かって協力しながら戦いつづけている。
 決して友人でも家族でも恋人でもない。場合によっては互いを踏み台にして、結果として犠牲にすることになっても、前に進みつづけなければならない。目的を果たすか、あるいは果たせなかったとき、唐突に終わる関係……。
 厨房から出てきた透真が、テーブルにトレイを置いた。
「昼メシだ」
 サラダとパンと、さっき作っていたスープ。
「これ初美花用じゃん」
「ついでだ、風邪予防に食っておけ。足りなかったら鍋にまだある」
 単に作りすぎたのだろう、落ちついていないのは透真も同じらしい。自分のぶんは隣のテーブルに置き、一人で食事を始めている。
 目の前にあるのに食べないわけにはいかない。ちょうど腹もへってきたところだ。魁利も座りなおして、スプーンを手にした。
「ん……?」
 いつものまかないで口にする「客用の」料理ではなく、どこか素朴で優しくて、初めて食べるのにどこか懐かしい気さえする。
「……うめぇ」
 プロが作った料理なのだからあたりまえのはずなのに、いつもの「美味い」とはニュアンスがちがう気がして、思わず呟いていた。
 透真も意外だったのかパンをちぎる手を止め、片眉を上げてこちらを見る。
「……なによりだ」
 家族でもないのに、一人が風邪をひくだけで全員の日常が途切れて、店のまかないではなく家庭料理が出てきて。
 ぼんやりとした違和感に、首をひねりながらスープを口に運ぶ。
 同じ人間が作った食事を分け合いながら、同じ食卓を囲んでいるわけでもない自分たちは、結局どういう関係なのだろう……?

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