往壓/放三郎
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ヨッパライが帰ってきたとき
「竜導~っ!」
とくに怪しい事件もなく、年寄りらしく健康的に早寝でもしようかと押入れから枕を引っぱり出していたときに、その声は聞こえてきた。
何事かと枕を投げ捨てて廊下に飛び出してみれば、放三郎が靴も脱がず玄関に仁王立ちになっている。
「小笠原…さん?」
同じく部屋を飛び出してきた宰蔵が、「ああ…」と呻いた。
「どうした?」
「酔っぱらってるんだ…」
往壓は驚いてもう一度放三郎を見やった。
「あいつも酔うのか…」
たしかに、顔は赤いし眼は据わっている。それ以上に、意味もなく「竜導!」と叫んでいる。酔っぱらい以外のなんでもない。そういえば鳥居の接待とかなんとか聞いたような気もする。
「呼んでるぞ」
「へいへい」
宰蔵に促され、往壓はしぶしぶ放三郎を玄関先まで迎えにいった。
「遅い! 呼んだらすぐ来るのがおまえの仕事だろう!」
そんな便利な家来になった覚えはない。が、相手は酔っぱらいだと自分に言い聞かせて適当に流す。しなだれかかってくる身体をなんとか支え、足をもつれさせそうになりながら部屋まで引きずってくる。
部屋に入る直前、手伝いもせずじっと見ているだけだった宰蔵が囁いてきた。
「竜導…変なことはするなよ」
「するか! さっさと寝ろマセガキ!」
宰蔵を追い払い、放三郎を部屋に引きずり込む。それから、ベッドの上に投げ出した。
「…小笠原さん?」
文句のひとつやふたつも言われると思っていたが、酔っぱらいはうつぶせになったままぴくりとも動かない。投げ方が悪かったかと不安になり、仰向けに転がしてみる。
「竜導…」
意外にしっかりした表情で見上げてきた青年は、だが次の瞬間酔っぱらいとは思えないすばやい動きで往壓にしがみついてきた。
「おい…っ!」
反発する隙もなく、往壓は放三郎の上に倒れこんでしまう。
「小笠原さん、いいかげんに…」
さすがに抗議しかけた往壓だったが、背中に回された腕に力が入るのを感じて思わず黙る。
「竜導…呼んだら、すぐ来い…」
今にも泣き出しそうな声でそう言われたら、冷淡な返事もできない。
「いつでも呼べよ。すぐ飛んでくから」
「…嘘をつけ」
自分で要請しておいて、自分で否定するとは。まったく、酔っぱらいは手に負えない。
「とりあえず、今夜はここにいてやるから。それで勘弁してくれ」
「だめだ」
理不尽な酔っぱらいは往壓の肩にあごを乗せたまま、解放してくれる様子はない。
「ったく…」
なんとか頭だけを持ち上げ、相手の顔をむりやりに覗き込んで唇をおしつけた。放三郎の力がわずかにゆるむ。
「好きにしていいって言ってんだろ」
鼻先を触れさせたまま、往壓は相手に笑いかけた。酔っぱらいは、ただ上目遣いに見つめてくるだけだった。
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