往壓/放三郎
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警察官がホームレスを風呂に入れるとき
「この男か」
宰蔵たちが連れてきた男を前にして、放三郎は思わず顔をしかめた。着ているものはボロボロだし、汚らしい髪と髭に覆われた顔は年齢すらわからない。なにより耐え難い異臭だ。現に宰蔵はずっと鼻をつまんでいる。
「話はあとだ。風呂を貸してやるから入ってこい」
若い放三郎に命令されたのが気に入らなかったか、彼の態度が警察官特有の傲慢さに見えたか、自分が高級マンションの玄関先で異物扱いされていることが腹立たしかったか……全部だろう……男はふいっと下を向いて呻った。
「……イヤだね。俺はこのままでいい」
「おまえ……っ」
宰蔵が高い声を荒げかけたのを制するように、身を引いて見下ろしていた小笠原が一歩踏み出し、いきなり男の腕をつかんだ。
「離せ……」
「うるさい、さっさと来い!」
「ガキがいばってんじゃねえよ!」
「黙って来るんだ!」
放三郎は垢にまみれた男を抱え込むように引っぱり上げ、そのまま浴室へと引きずっていった。
「うええ……汚い……よくさわれるな……」
心底不快そうな顔をした宰蔵を横目に見ながら、アビと元閥は顔を見合わせていた。
「アビ! アビ!!」
大声で呼ばれ、アビはあわてて洗面所に駆け込む。
驚いたことに放三郎の声は浴室の中から聞こえていた。
「小笠原さん、なにやって……」
浴室のドアを開けたアビが見たのは、シャツの袖をまくり上げて泡だらけの男を押さえつけている上司だった。男のほうはもう散々抵抗したのか、早々にあきらめたのか、力なく床の上に座り込んでシャワーの湯を受けている。
「ヒゲソリを買ってこい! 今すぐだ!」
「はっ、はいっ!」
細かいことはあとだ。アビは廊下で宰蔵とぶつかりそうになりながら部屋を飛び出し、マンションの向かいにあるコンビニへ走る。今夜は、驚くことだらけだ。
探していた男がホームレスだったのも相当な驚きだったが、神経質なほど潔癖な放三郎が、初対面の浮浪者を自宅の風呂に入れ、しかも手ずから洗おうなどと思ったということ自体が、妖夷の存在以上に信じられないことだった。
「買ってきました!」
アビがコンビニ袋を提げてもどってきたときも、二人はまだ浴室で格闘していた。男はだいぶ見られる肌の色になっていたが、逆に放三郎は着衣のままずぶ濡れでひどい有様だ。
「なにか手伝いましょうか?」
「いらん!」
なにかに集中しているときの放三郎には、声をかけてもムダなのだ。アビは扉の前にコンビニの袋を置いて退散する。電動シェーバーと、それから気を利かせて歯ブラシと下着を買ってきたが……そういえば、着替えはどうするのだろう。
今度は自分の服を取りに、アビは再び部屋を飛び出した。次は元閥とぶつかりそうだ、と思いながら。
「煙草あるか」
「うちは禁煙だ」
即答した放三郎を睨みつけ、往壓は肩を落とす。
リビングには五人の「奇士」が集まっていた。
小笠原放三郎はいつも通りの清潔な服に着替え、濡れた頭をタオルで拭いている。
パジャマを着て椅子に座り、床につかない足をぶらつかせているのは宰蔵。
ショールをはおってソファにもたれている江戸元閥は、部屋着のOLといったところだ。
さんざん使いっ走りをさせられたアビは、それでも平然と元閥の横に立っている。
その四人の視線を受けて、竜導往壓は決まり悪そうにうつむいていた。
濡れた髪こそまだ鬱陶しく顔にかかってはいるが、汚らしいヒゲはもうない。不快な臭いも風呂場に流してきたようだ。サイズが大きめのTシャツとスウェットを着て床に座り込んでいる姿は、「帰宅後のお父さん」程度にはなっている。
「意外と若かったんだねえ」
元閥が率直な感想を口にすると、往壓がはっと顔を上げた。
「男……!?」
「あとにしろ。今はおまえの話だ。どうやってあの妖夷を倒したか、聞かせてもらおうか」
またしても放三郎と往壓の険悪な視線がぶつかる。
「妖夷……? あの化け物か……こっちが聞きたいくらいだ……」
とても協力的とはいえないそのホームレスの態度に、放三郎以外の三人は、自分たちの上司の高血圧と睡眠不足を案じて深いため息をついた。
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