竜魔/劉鵬

2007_風魔の小次郎,[R18]

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雨音響く夜・後編

 独りならば、朝まで耐えられただろう。
 薄ら寒い闇の中で、静寂と向き合っていたならば。それは長く永遠にも思える時間だが、じっと耐えてさえいれば、苦痛の波にのまれることはない。
 この涙も、放っておけばいつかは止まるのだから。

 もう何度目になるかわからないため息をついて、竜魔は劉鵬の腕に爪を立てた。応えるように、劉鵬も呻き声を洩らす。
 服越しとはいえ、激痛に耐える戦士の力は尋常ではない。指の痕くらいはつけてしまいそうだと思いながら、縋らずにはいられなかった。
 あたたかい腕が、冷えきった身体を包みこんでいる。片手は長い髪を優しく梳きながら、時折大きな掌を頭に押し当ててくる。重なった胸の鼓動は、いつしか同じリズムを刻み、呼吸は掛け合いのようだ。
 うっとりするほどに心地よい。その心地よさの中に異物として存在する左眼の痛みが、余計に大きく感じられる。
 だが、このぬくもりから離れることなど、もはやできない。
「ぅあっ……」
 再び襲いかかる激痛の波に、耐えかねて声を上げたのは劉鵬だった。
 かすれたその声がやけに艶っぽく感じられて、竜魔は異なる衝動がわき上がるのを自覚する。
 いや、痛みに気を取られていただけなのだ。最初にその唇へ噛みついたときから……もしかしたら腕を引かれたときから、すでに火はついていたのかもしれない。
「……劉鵬」
「なんだ……」
 真上から覗き込むと、劉鵬は努めて平気な顔を作る。だがもともとポーカーフェイスには慣れていない男だ。引きつった微笑みが痛々しい。
「俺を抱け」
「え……」
 口を開けた劉鵬は、しばらく目を丸くして竜魔の顔を見上げていたが、ふっと口元を緩めた。
「泣いてるやつをさらに泣かそうとは思わん」
 伊達に長いつき合いではない。互いの意図はそれほどの言葉を必要とせずに通じる。劉鵬は自ら制服のボタンを外しはじめた。
「堪えるより、ぶつけたほうが楽になるぞ」
「しかしそれでは…」
 彼がこの身を犯してくれれば、痛みもまぎれる。彼を傷つけることもない。劉鵬もそれは理解しているはずだ。それなのに、餓える竜魔の前に無防備な胸を晒し、あごを上げて笑みを投げかけてくる。
「なめるな。おまえの細腕に折られる身ではない」
「ずいぶんと煽るのだな」
 挑発に乗るほど幼くはないが、今はどんな言い訳でも縋りたかった。
「……すまない、劉鵬」
 冷静さを保っていられたのは、そこまでだった。左眼の奥にひときわ激しい痛みが突き刺さったのを合図に、竜魔は劉鵬の肩に噛みついていた。上ずった呻きは獣の渇きをさらに昂ぶらせる。
 前戯らしき触れ合いもなく、一方的な陵辱がはじまったかに見えた。だが劉鵬は驚きさえせずに、その腕で竜魔を受け止める。裸の胸を、竜魔のあごから伝い落ちた涙が濡らした。

 幾度責め立てただろう。劉鵬の手がずるりと落ちて、力なく畳を叩いた。
「劉鵬……」
 気を失った男を抱きかかえながら、竜魔は再びの孤独が訪れた、と思う。
 だがその考えはすぐに打ち消された。腕の中の重さも熱も、その存在は変わらず、ともにある。
 痛みは引きはじめていた。しばらくすれば、涙も止まる。
 竜魔はゆっくりと瞬きし、劉鵬の頬に落ちた自らの涙を指先で拭い取った。

「…………」
 不覚をとった、と思いながら、劉鵬は目を開ける。
 手荒にあつかわれるのは初めてではないし、耐性もある。ただ気を失ってしまったのだけは失態と言うほかない。
 落ちていたのは一瞬のような気がしていたが、いつのまにか毛布まで掛けられていた。燭台の火も消え、ただあたたかい闇に包まれているだけだった。それなりの時間は経っているのだろう。
「……?」
 ぬくもりに疑問を感じるより先に、規則正しい呼吸がすぐ横から聞こえ、自分が竜魔に寄りかかっていることに気づく。頑丈な腕は劉鵬の肩を優しく抱き込んでいた。
 柱に背をもたれて目を閉じている顔に、苦痛の色はない。眼帯が外れたままの左眼も、もう泣いてはいなかった。
 苦笑して、再び竜魔の胸に頭をあずける。
 夜明けまでは、もう少し間があるから。たまには追い出されるまでいてもいい。結局、独りになりたくないのは自分なのだ。寄りかかっているのは、いつも自分のほうなのだ。
 
 雨音は、ほとんど聞こえなくなっていた。

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