イブキとあきら

2005_仮面ライダー響鬼,[G]

序 【睨む少女】

 吉野は東京より寒い。冬は雪も積もる。
 でも部屋の中は暖かかった。ちょっと暑すぎるんじゃないかと思うくらいだ。ここには囲炉裏があるんだから、エアコンはつけなくてもいいんじゃないかな……と思いながら、お座敷を見まわした。
 上座に父、その両側に事務局長とぼくがいて、それから父の向かいに女の子がいる。その子と目が合って、笑いかけたら目をそらされた。彼女はさっきから無表情で囲炉裏の火を見つめている。
 ぼくはちょっと不安になって、救いを求めて父を見た。でも父は、ゆるい笑顔を返してくるだけだった。

 二月……猛士の一大イベント「節分」も終わって、ほっと一息ついたころ。
 十九歳のぼくに弟子ができることになった。自分で考えていたより早かったけど、吉野ができると判断したんだろう。断る理由もなかったから受けることにした。現場にもう一人いたら楽しそうだと思った……という不謹慎な理由は秘密だ。
 今日は相手の子と初顔合わせ。ぼくはせいいっぱいまじめな顔を作って、父の話を聞いていた。でもその話はもう前から聞かされていたことばかりで、確認みたいなものだ。それより、早くこの子と話をさせてほしい。まだあいさつもちゃんとしてないのに。
 父の話が終わって、ようやくその子と正面から向き合うことができた。
 ぼくがずりずりとひざを寄せると、彼女もぼくのほうに身体ごと向きなおる。ちゃんとしたおうちの子だな、とその所作を見て思う。
 顔を上げたその子は、お人形みたいにかわいい顔をしていて、そのお人形みたいに真っ黒な目でぼくを……睨みつけた。
「天美あきらです、よろしくお願いします」
 きっちりと頭を下げて、でもまるでケンカを売ってるみたいな言い方だ。ぼくは少しだけ怖くなって、そしてそんなときのくせで笑ってしまった。
 ぼくの崩れた顔を見て、彼女の目つきがいよいよ鋭くなる。
「イブキです。これからよろしく」
 握手しようと手を出したら、警戒しているみたいにそろそろと手を出してきた。
「よろしくね、あきらちゃん」
 両手で小さい手を握ってぶんぶん振ると、彼女は我慢するようにうつむく。こんなあったかい部屋にいるのに、その手はとても冷たい。
 ぼくはなんだか悲しくなって、また笑った。

 天美あきら。
 秋田から来た、十四歳の中学二年生。四月から三年生。
 今は吉野の寄宿舎で暮らしながら、歩の青年研修を受けている。
 実家の天美家は有名な「角行(かくぎょう)」の家系、つまり鬼の仕事を継いできた家。去年、魔化魍との戦いで当主夫妻が死亡……ひとり娘の彼女だけが遺された。
 父から聞いたことを思い出しながら、隣でいろんな申請書や誓約書をかりかりと書いている女の子を眺める。
 猛士の事務所にもなっている旅館のほうは、人の出入りが多くて落ちつかない。だから離れに彼女を連れてきた。ここが実際の和泉家で、古いお屋敷の旅館とはちがって普通の一軒家になっている。といってもぼくの部屋は物置にされていてもうないから、居間のこたつでぬくぬくと提出書類を書くことにしたのだ。
「あ、これのここにも名前書いて、ハンコ押してね」
「はい」
「みかん食べる?」
「けっこうです」
 先に書き終わってしまったぼくは一人でみかんを食べていた。彼女のほうは、お茶にも手をつけていない。
「あきらって、ひらがなで書くんだねえ」
 書類を覗きこんだら、また睨まれた。
 きっとこの子は最初からこういう目つきなんだ。ぼくが生まれつきしまりのない顔なのと同じで。そう思うことにする。
「ぼくはね、伊織っていうんだよ、ほら」
 言いながら自分のぶんの書類を見せたけど、興味ありません、って顔でまた書類に目をもどしてしまう。伊織って変わった名前だよねえ、なんだか古風だよねえ、といういつもの話の展開ができなくて、困ってしまった。
 あはは、とぼくは笑う。少しもおかしくない。でも困ったら笑うしかない。なんとかおしゃべりできないかな。
「ぼく、来週の水曜に東京に帰るんだけど。あきらちゃんは、いつ東京に来るの?」
 今日から五日間、ぼくたちは二人で師弟の研修みたいなのを受ける。そのあとも弟子のほうはいろんな手続きや研修があるから、この書類を出してすぐに鬼の修行がはじめられるわけじゃない。今まで住んでいた寄宿舎を引き払う準備もしなきゃならない。
「来月の八日です」
「そっか」
「……………」
 はい、会話おしまい。
 いやいや、もうちょっとがんばってよ。
「あー、その日に引っ越すの?」
「八日はたちばなに泊めてもらいます。九日に荷物が届きますから」
「あ、ぼくのシフトに合わせてくれたんだね。九日からオフだから、引っ越しのお手伝いできるもんね」
 彼女の東京での家は、都心のマンション。ぼくの隣の部屋だ。
 師弟は同居が普通なんだけど、若い男女ということもあるし(事務局長談)、ぼくの引っ越しも面倒だし(ぼくの父談)、ちょうど空いている隣の部屋なら、プライバシーも保障されていっしょに動きやすくて問題ないじゃないか、という理由で決まった。
 でも中学生にいきなり一人暮らしはたいへんかもしれない。マンションだってオーナーが猛士の人とはいっても、一般人もいるわけだから、ご近所づきあいもいろいろと……。
「そういえば、あきらちゃんは……」
 前にどんな家に住んでたの、と聞こうとして、やめた。それは亡くなった家族のことを聞くのと同じだ。
「あきらちゃんが今度住むのは新しいマンションでね、オートロックなんだよ。安全だけど、鍵を忘れるとたいへんだから気をつけてね。ぼくも引っ越したばっかりのころにやっちゃって……あ、でもこれからはあきらちゃんに合い鍵持ってもらえばいいんだ、便利になるなあ……」
「あきらちゃん、っていうの、やめてくれませんか」
「え」
 びっくりした。
 一人でしゃべってるのを遮られたのもだけど、言われた内容にもびっくりした。
「ごめん、イヤなの?」
「女あつかいも子供あつかいもしないでください」
「……うん、わかった」
 今まで、年下の女の子とあまりおつきあいがなかった。だからこんなことを言われるなんてぜんぜん思わなかった。
 これからどうしたらいいんだろう。
 年上の人なら、なにもしなくても引っぱっていってくれるけど、彼女はぼくが引っぱっていかなきゃならない。なのに、おとなしくついてきてくれるどころか、引こうとした手を払われそうな感じだ。
 ぼくは困った笑いを顔から剥がすのを忘れたまま、彼女を見ていた。
「終わりました」
「……あ、お疲れさま。じゃあぼくが……」
 出してくるよ、と言いかけて、考えなおす。
 ぼくはもう彼女の師匠で、彼女はぼくの弟子だ。
「いっしょに行こう、あきら」
 真っ黒な目が、はっとぼくを見上げる。
「はい」
 その目はもう睨んでいなかった。ただ、ぼくが慣れただけかもしれないけど。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!