イブキとあきら

2005_仮面ライダー響鬼,[G]

終 【送る魂】

「伊織が鬼になったら、なんて名前になるんだろうねえ」
 父が言ったことの意味は、子どもながらにわかっていた。
 兄が持つ「宗家の威吹鬼」の名は、兄の次の世代、つまり兄の子へと継がれる。父が持つ「本流の導鬼」の名は血筋に関係なく、導きの力を持つ鬼に継がれる。だれの弟子になっても、ぼくはそれ以外の名前をもらうはずだった。
「あきらが鬼になったら、なんて名前になるんだろうねえ」
 笑顔でそんなことを言いながら、答えは半分くらい予想していた。
「名前なんて、どうでもいいです」
 ぼくは不安で怖くて悲しくて、声を出して笑った。

 その日は、朝から日帰りで突発の仕事。
 わりとかんたんに相手を見つけて、そんなに手こずらないで片づけて、たちばなに報告に行って。帰ってきて、今日当番のあきらの部屋で晩ごはんを食べて、それから、ぼくの部屋でいっしょにテレビを見る約束をして、部屋に帰る。
 シャワーを浴びて出たとき、タイミングよく携帯電話が鳴った。
「もしもしあきらー?」
『あの、今行ってもいいですか』
 思わず我が身を見下ろす。パンツ一枚、バスタオルは頭の上。これはさすがにアレだ。
「あーちょっと待って、一分待ってから来て」
 おかしそうに謝る声が消えてから、ぼくはあわててシャツとジャージを引っかけた。
それからお茶を淹れるためにお湯を沸かす。
 間もなく、チャイムが鳴ってすぐに玄関の鍵が開いて、「おじゃまします」の声といっしょにあきらが入ってきた。カーディガンをはおったパジャマ姿で。お互いの鍵は持っているから、最初から約束をしてるときなんかはこうやって入ってもいいことにしている。
「すいません、お風呂入ってました?」
「ううん、出たとこだから」
 言いながらぼくは壁の時計を見上げて、そしてテレビをつける。ちょうど、映画がはじまったところだった。
「あ、時計遅れてるよ。もう九時だねえ」
「ちゃんと直しておいてくださいね」
「はーい、そうします」
 小さな魔女が活躍するその映画が、ぼくは子どものころから大好きで、テレビで放送するときは必ず見ている。でも今日は仕事で疲れていたみたいで、途中から意識が飛んだ。
 ジジにそっくりなぬいぐるみをキキが拾ったところまでは記憶にあるんだけど……。
 明け方に目が覚めたとき、床の上で寝ているぼくの上には、毛布も布団も掛けられていた。あきらは部屋に帰ったんだろう。
 ジョギングに出かけるまであと一時間くらいあるな、と思って、目覚ましをかけて寝なおした。
 そんな日常が、あたりまえになってきていた。

 黒光りする羽根のマフラーを巻いた男女が、木の上からぼくたちを見下ろしている。
バケガラスの童子と姫だ。
「じゃまはさせないよ」
 二匹はしゃがれた声で同時にしゃべると、同時に両腕を上げる。二匹の黒いマフラーが翼みたいに広がった。
 来る!
「あきら!」
 マフラーの中から、鋭いナイフみたいな黒い羽が何本も撃ち出された。あきらを背中に庇いながら、向かってくる羽の刃を烈風の掃射で撃ち落とす。弾丸はそのまま姫と童子にも向かっていったから、何発か食らった姫は枝から落ちて砕けた。
「うちのこはやらせないよ」
 残った童子はそう吐き捨てると、怪童子の姿に変わり飛び立っていく。樹冠の上を移動していくのを林の中から追いかけるのは難しい。方角を確かめてから、あきらのほうをふり向いた。
「だいじょうぶ?」
「はい……」
 腕を押さえている。羽がかすってしまったみたいだ。
「見せて」
 厚着をしていたからか、そんなに深い傷じゃない。でも、切り裂かれたシャツには血がにじんでいた。ベースキャンプは少し離れているから、今は血を拭き取って覆っておくしかない。
「痛む?」
「いえ……」
 気丈な声で答えるけど、目の端が潤んでいる。
 ぼくは傷口を軽く吹いて、その風を指ですっと切った。
「?」
「風の鬼のおまじない。いたいのいたいのとんでけ、って意味かな」
 もう痛くないよ、風といっしょに吹き飛ばしたからね……そんな言葉を思い出して、思わず頬がゆるんだ。
「兄さんから教わったんだよ」
 あきらが、ぼくの顔を見た。
 自分でも意外だった。「兄さん」という言葉がこんなにさらっと口から出てきたことは、今までなかったから。

 結局バケガラスの子は見つけられなくて、一泊することになった。テントを張って、火をおこす。まだ秋だけど、山は一足先に冬支度をはじめていて、夜はかなり冷え込むのが少しつらい。
 もどってきたディスクの整理をするのは、火から少し離れた場所だ。地図を広げる手が白くなっているのに自分で気づいて、火の番をしているあきらに声をかける。
「薪、足しといて」
「はい」
 言いながら地図をたたんで、ディスクのケースを片づけ火のそばに急いだ。
「いやあ、ほんと寒いねえ……」
 あきらは両手に持った薪をじっと見つめていた。
 そして、かんかん、と太鼓のバチのように打ち合わせてから、火の中に放り込む。
「…………!」
 それは、炎に属する鬼のおまじない。火がよく燃えますように、安心して夜を過ごせますように、という意味が込められている、と聞いた。
「……よく知ってるね。ぼく、教えてないよね?」
 あきらは髪を耳にかき上げて火を覗きこんだ。
「母に教わったんです」
 そう言って、微笑みながら火を見つめている。悲しそうな顔はしていなかった。
「母は、火の鬼だったから……なんだか急に思い出しちゃって」
「……ヒビキさんと、同じだね」
「はい。父は、イブキさんと同じ、風の鬼でした」
 どっちも初めて聞く話だった。
「父は無口で、猛士のこととかあんまり教えてくれなくて……風のおまじないも、知ってたんでしょうか」
 包帯を巻いた腕を服の上からさすりながら、あきらは呟く。
「……たぶんね」
 ぼくはなぜかドキドキして、座るのも忘れていた。そんなぼくを見上げて、あきらはコーヒーのカップを差し出してきた。
「お母さんは、鬼のことを教えてくれた?」
 ぼくの一言で、この空気が壊れるかもしれない。前みたいに、苦しい時間を過ごすことになるかもしれない。震える手を寒さのせいにして、ぎゅっとカップを握りしめる。
「いえ、オリエンテーリングのことが中心で……現場にいても、ほとんどハイキングかキャンプの気分でした。楽しかったけど、ちょっともの足りなくて……火のおまじないを聞いたとき、鬼の秘密を教えてもらったみたいで、とってもうれしかったんです」
 ぼくは静かに息を吐いて、あきらの向かいに座り込んだ。一口飲んだコーヒーは、気持ちいい熱さだった。
「あー、わかるなあ。家にいると、鬼のことってぜんぜん見えないもんね。普通の人となにもちがわないもんね」
 実際に鬼になった姿を見なくても、鬼にしかわからないことを見せてくれたとき、目の前にいる人と「鬼」という存在が、リアルにつながる。身近な人と鬼がつながったとき、自分も鬼とつながったような気がする。
 あきらも、そうだったのかもしれない。憎しみなんて関係なかったころ、純粋に、素直に、ただ鬼になりたいと思っていたのかもしれない。
 ぼくがそうだったように。
 あきらは火じゃなくて、まっすぐぼくを見ていた。
「なんだかふしぎですよね。鬼になって戦ってる人が、うちに帰ってきたら普通のお父さんで。お酒飲みながら新聞読んでて。でも、普通のサラリーマンとはちがうんですよね。お父さんはお父さん、っていうか」
「あー、ぼくもヒビキさん見てると、よく思うよ。ゴロゴロしてても、ヒビキさんはヒビキさんなんだよね。鬼じゃないヒビキさんなんか想像できないもん」
「たしかに……」
 ヒビキさんには悪いけど、ぼくたちは声を上げて笑った。
「うちのお父さんも……」
 仕事の現場で家族の思い出話なんて、なんだかへんな感じだ。特別なことはなにもなかったのに。いつもと同じ現場なのに。
 今はいない人が生きていたころのことを思い出して、なつかしい気持ちでいっぱいで、でも悲しくはない。むりをして盛り上げようとはしゃぐ必要もない。
 もう口を開くのは怖くなかった。作り笑いもいらなかった。
 ぼくたちは、心から笑うことができた。
挿絵4

 これと同じような空気を知っている。
 ずっと昔、まだ小学生のころ……祖母の葬式があった夜だ。
 みんな笑ってお酒を飲んで、祖母の思い出話をしていた。
 最初は腹が立った。かわいがってくれたおばあさんがいなくなって、ぼくはとても悲しかったのに、みんなは笑っている。でもその夜に泣いて怒って、自分の知らなかった祖母の話を聞いて、なんだかすっきりしたのだ。
 そういえば、大怪我をしていたぼくは、兄の通夜にも葬式にも出られなかった。四十九日以降の法事はただの形式みたいに思えて、実感がわかなかった。それからは周りの人たちが気を遣って兄のことを話題にしなかったから、ぼく自身も兄の存在そのものをなかったことにしてきた。
 あきらも……そうだ。ぼくと同じだったはずだ。両親を一度に亡くして、周りの慰めなんかもぜんぜん聞こえなくて……やり場のない悲しみと憎しみを抱えたまま、一人で吉野へやってきた。

 長い間、自分の中だけに閉じこめていた家族を、ぼくたちはようやく送り出すことができたのかもしれない。

 十二月……師匠も走る師走だけど、ぼくは一年中走ってるからあんまり関係ない。冬は魔化魍もちょっと減るから、逆にヒマなくらい。
 でも、自分が師匠になって初めての十二月くらい、いつもより走ってたほうがいいのかなあっていう気もする。そう言ったら、ヒビキさんのスペシャルハードな走り込みにつき合わされてしまった。口は災いの元って言葉を思い出した。
 そんなこんなで今日はオフ。あきらは学校。
 ハードなトレーニングを終えてたちばなにもどってきたら、香須実さんが蕎麦をたくさんゆでてくれた。おいしいお昼を食べたあとは、奥座敷でのんびり食休み。ヒビキさんも事務局長も、今日はとくにすることもないみたいで、三人でこたつに入って新聞を読んだりみかんを食べたりして過ごす。
 お店では香須実さんと日菜佳さんがくるくると動きまわっている。手伝いたいけど、狭いお店にぼくやヒビキさんが入ったらジャマになるだけだから、ここにいるのがいちばん助かるんだって。
 まだ二時。あきらは授業中か……。
 みかんの皮を剥きながら、ふと事務局長を見る。
 メガネをずらして新聞を読んでいる姿は、いかにも下町のご隠居という感じ。でも、手にしてるのは英字新聞。ぼくなんか大きな見出しも意味わかんないのに。
 すごいなあ、とその横顔をしばらく眺めていたら、顔も上げずに「なんだい、イブキ」と言われた。わ、さすが元敏腕サポーター。
 なにってこともないんですけど……と言いかけて、あることを思い出す。
「ひとつ、聞いてもいいですか」
「んー?」
 ずっと心に引っかかっていたこと。
「大したことじゃないんですが」
「うん」
「どうして、ぼくをあきらの師匠にしたんですか?」
「そうだねえ……」
 新聞を置いて、眼鏡を押し上げて、ぼくを見る。
「そりゃあおまえ、アレだよ」
 寝ころんで新聞(もちろん日本語の地方紙)を読んでいたヒビキさんが、身体をひねって話に割り込んできた。
「イブキが他の女の子とくっつけば、愛娘の香須実さんは安泰ですから。あきらなら家柄も完璧だし……」
「ヒビキ」
 ぼくがなにか言う前に、めずらしくきつめの声が飛んだ。
「すいません」
 関東最強の太鼓鬼はおとなしく謝って、もそもそとこたつに潜り込む。そんなヒビキさんをひと睨みしてから、事務局長は新聞をゆっくりと畳んだ。
「イブキは、昔からのほほーんとしてて、今もそうだろう? あきらのとがった部分を、うまくかわすなり受け止めるなりできるんじゃないかと思ったんだよ」
「はあ……」
 のほほーん、っていうのは、褒められてるってことなのかな。
「そうだねえ……なんとかセラピーみたいな感じかな?」
「セラピー……」
 アニマルセラピーとか、アロマセラピーとかそういう……? それと同レベル?
 ヒビキさんもうんうんとうなずいている。
「ああ、マイナスイオン出てる感じするもんな」
 なんですかそれ。マイナスイオンなんか、みんな現場で大量に浴びてるじゃないですか。
「もぉ、なんなんですかそれー」
 あんまりな答えに、ぼくはテーブルに突っ伏した。
「でも、あきらには効いたみたいじゃないか。イブキセラピー」
テーブルに頬を押しつけたまま見上げる。微笑んでいる目が、眼鏡の奥で優しく光った。
 ぼくもつられて笑った。
「じゃあ、ぼくにも効いたんですね。あきらセラピー」

 ぼくはまだ、自分のことをあきらにほとんど話していないし、あきらもぼくにすべてを打ち明けてくれたわけじゃない。
 でも、必ずそういうときが来るんじゃないかと思う。
 ぼくとあきらがもっと鍛えて、二人でなにもかも受け止められるようになったら。
 あきらがぼくのところにいるあいだに、ぼくが持っているもの、背負っているものぜんぶを教えよう。
 ぼくはあきらの師匠で、あきらはぼくの……「イブキ」の弟子だから。
「あきらが鬼になったら、なんて名前になるんだろうねえ」
 自分で言ってから、なんだか覚えがあるな、と思った。あのときあきらは……。
「イブキさんがつけてくれる名前なら、なんでもいいです」
 今、目の前にいるあきらは、にっこり笑ってそう言った。

「伊織が鬼になったら、なんて名前になるんだろうねえ」
 あのとき、ぼくが父に言ったこと。
「おししょうさんにつけてもらいます」
 つまりはそれが、「鬼を継ぐ」ということなんだ。


仮面ライダー威吹鬼 荒ぶる輝
2009年2月15日発行

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