イブキとあきら

2005_仮面ライダー響鬼,[G]

四 【装う鬼】

 大昔は、女性の鬼もそれなりに多かったらしい。
 それが明治くらいから少なくなってきて、今は各支部に一人、いるかいないか。そのへんの理由はよくわからないけど、事務局長に言わせれば「近代化の弊害」なんだって。
 今、関東に女鬼はいない。でも、つい十五年くらい前までは、二人もいた。しかも、どっちも男鬼に負けないくらい強かった。
 あきらにもそういう鬼になってほしいな。
 と言ったら、ザンキさんが微妙な顔で苦笑いしたのは……どうしてだろう?

 順調に昇段しているあきらは、かんたんに息を切らさなくなっていた。毎朝のジョギングも、ぼくと同じペースで走れるようになってきている。
 でもその日、あきらは少し顔色が悪かった。
「どっか調子悪いの?」
「いえ……」
 おでこに手を当ててみたけど、とくに熱はなさそう。背中が丸くなって肩に力が入ってるから、どこか痛いのを我慢してるのかもしれない。
「痛いところあったら言うんだよ」
「だいじょうぶです」
 あきらの「だいじょうぶ」はときどきあてにならない。現場に出るときは命に関わるからときつめに言ってあるけど、こういうトレーニングだと、まだ甘く見ているところがあるみたいだ。
「うん、じゃあ今日はゆっくりね」
 だからいつもより余裕を持って走っていた、つもりだったのに。
 ちょっと気を抜けば、すぐに足音が遠ざかる。どんどんペースが落ちていく。あまりふり向くと却ってプレッシャーをかけてしまうみたいだから、できるだけ足音で判断するようにしているのだけど。
 ぱたりと足音が止まった。
 さすがにふり返ると、腹を押さえて道の真ん中にしゃがみ込んでいる。
「あきら! あきら?」
「いえ……なんとも……」
「黙って!」
 仮眠中のタクシーをつかまえて、たちばなに駆け込んだ。
 抱えられるのをいつもよりいやがったけど、気にしている余裕はなかった。

「生理痛です」
「はあ」
「はあじゃない!」
 日菜佳さんが勢いよくテーブルを叩くから、びくっとして背中を伸ばしてしまった。
「前にも言ったけどね。それはそれはたいへんなんですよ女の子の日は。男の子と同じペースでトレーニングできない日もあるんです」
「はあ……はい」
「師匠のイブキくんが気づかなくてどうするんですか!」
「すいません……」
 ぼくは目の前のお茶に手も伸ばせず、ただ日菜佳さんのお説教を聞いていた。
 実は、初めてじゃない。女の子を弟子にとるって決まったときから、日菜佳さんはことあるごとに「女の子のたいへんさ」を教えてくれていた。
 正確に言うと、弟子なんか関係ないくらい前、ぼくが高校生くらいのころからなんだけど……日菜佳さんは生理痛がひどい体質だそうで、「イブキくんにはわかりませんよねー」と何度もその苦しみを説かれた。今思えばやつあたりだ。でもそのおかげで、こういう話にもちょっとは耐性がある。ちなみに、ダンキさんや戸田山さんはこのテの話がまったくダメ。
「そういうことはきちんと聞かなきゃダメでしょう!」
「でもですね、それってセクハラになっちゃうと思うんですけど……」
 何度も何度もくり返されたやりとりは、今さらだれにもつっこまれない。事務局長もヒビキさんもとっくに起きているのに、この部屋には近づかないようにしている。助けは期待できないのだ。
「日菜佳、声大きいわよ。あんたこそセクハラじゃないの?」
 香須実さんがため息をつきながら階段を下りてきた。すぐ後ろから、あきらも白い顔でついてくる。
「あきら! だいじょうぶなの?」
「すみません……もうだいじょうぶです。あの、ご迷惑をおかけしてしまって……」
 消え入りそうな声は、気まずいからだろう。でも、女三人に男一人包囲されているぼくだって相当気まずい。
「もうちょっと休んでたほうがいいって言ったんだけどね……」
「私は鬼の弟子です。女あつかいはしないでください」
 女あつかいも子供あつかいもしてほしくない、といちばん最初に言われたから、できるだけそうしてきた。でも……。
「でもそれじゃ不公平じゃないですか!」
「ちょっと落ちつきなさいよ」
 まだ不満をぶちまけ足りない日菜佳さんが、ばんばんとテーブルを叩いて抗議する。香須実さんが袖を引いても聞かない。
「いいですかあきらくん、あなたの師匠のイブキくんをご覧なさい! 鬼だからって他のおじさんたちみたいにだっさいカッコしてますか? 世間の流行りから完全に乗り遅れてますか? 鬼になったからって一般市民としての幸せまで捨てることはないんですよ!」
「日菜佳さん、それ以上言うと角が立つんで……」
「そうよ、ヒビキさんに聞こえたら思いっきり拗ねられるわよ」
「なんでヒビキさん限定なんですか……」
 香須実さんと二人がかりで日菜佳さんを座らせたけど、なんとなくもやもやした雰囲気は消えない。単に生理痛の対処だけの話じゃなさそうだ。
 いろんな世代のいろんな人が弟子になるから、健康診断やカウンセリングもちゃんと用意されている。でもあきらにはそれさえ「女子供あつかい」に思えるみたいだった。
「あきらちゃん……財津原(ざいつはら)さんか朱雀院(すざくいん)さんのところに行ってみたらいいんじゃない?」
 ちょっと考えていた香須実さんが、独り言みたいに呟いた。
「まあ、そういう手もありますわねえ」
 立花姉妹の言葉に、あきらが首をかしげる。まあ、知らなくて当然の名前だ。
「今はいないけど、少し前まで関東にも女性の鬼がいたらしいよ」
 ぼくが関東に来たころには二人ともとっくに引退していて、伝説じみた噂しか聞いたことがない。一人は今でも忘年会に顔を出したりするけど、もう一人はめったに猛士の集まりには出てこないから、さらに伝説っぽくなっている。
「その先輩たちに臨時講師をお願いするのもありかなってことなんだけど……」
 師匠以外の鬼に、専門分野を教わりに行くことはめずらしくない。女鬼の心得があるかどうかは知らないけど、そういう短期講習があってもいい。
「あきらさえよければ。ちょっと出張してみる?」
 あきらは少しとまどった目をしながらも、こくんとうなずいた。

「俺にあきらを?」
 ザンキさんは、好物の白玉あんみつを食べる手を止めてぼくらを見た。
「いえ……ザンキさんのお師匠さんを紹介してほしいんです」
 そう言ったら渋いベテラン鬼は照れたように笑って、またあんみつを口に運ぶ。
「そうか、そうだよな。俺にあずけてどうするんだって感じだもんな」
「でもそれもありでしょうか」
「勘弁してくれ、戸田山だけで手いっぱいだ」
 ザンキさんの師匠は、女の人だった。それも、二人。十年以上前にその二人が引退してから、関東に女の鬼は出ていない。
「しかしどっちも極端というか……参考になるかどうか……」
「どんな人なんですか?」
 あきらがおそるおそる訊く。ザンキさんはふっと苦笑した。
「会えばわかるよ。夢に出ても知らんがな」
 夢……?
「じゃあ都合がついたら連絡する。先に話がついたほうからでいいな?」
「おまかせします」
 それから間もなく、ザンキさん直々に我が家へ来てくれた。一仕事終えての帰り道だったみたいで、お疲れでしょうと言ったら、今回は空振りだった、と笑顔。うん、無駄足になっても魔化魍は出ないほうがいい。
 隣の部屋からあきらも呼んで、ザンキさんと弟子の戸田山さんとで、ぼくの部屋はめずらしくにぎやかになった。
 ザンキさんのお師匠さんを紹介してもらうという話は、あきらだけじゃなく戸田山さんにも初耳だったらしくて、目を丸くしていた。たしかに、ザンキさんみたいに昔っからベテランやってる人のお師匠なんて、なかなか想像できない。
「で、俺の師匠だが……」
「ああ、先代のザンキさんッスね」
 勢い込んで言う戸田山さんを、ザンキさんは苦笑しながら見やった。
「いやあ、そっちじゃない」
「えっ」
「朱雀院祝子(しゅくこ)……現役時代はシュキって名前だった。先代のザンキと並んで、全国でも五本の指に入る弦の鬼だったよ」
「そんな人が、女性だったんですか」
 あきらが首をかしげる。ザンキさんがにやりと笑った。
「そりゃもう、文字どおりの鬼だ」
 つまり、とっても怖いってことなんだろうな。
「引退後は現場からも退いて、華道教室の講師をしてる」
「華道ッスか」
 トドロキさんが意外そうに呟く。ぼくも同じ気持ちだった。
 鬼だった人は、たいていそのまま猛士の仕事をつづける。とくに早く引退した人は、体力もあるから現場に出ることが多い。それをしていないということは……。
「怪我でな。現場に出られなくなっちまったんだ」
 現場に出つづけられるのは、五体満足だったときの話。残念だけど、そうでない引退もたくさんある。
「でもっ、ザンキさんの師匠ってくらいだから、強かったんでしょうねえ!」
「ああ、強かったよ。俺が弟子にならなきゃ、もっと長く鬼をやってただろうな」
 トドロキさんの顔から笑いが消える。そんなトドロキさんの肩を叩いて、ザンキさんは穏やかに微笑んでみせた。
「先生は……シュキさんはな。魔化魍から俺を庇って、脚をやられたんだ。それで、鬼の仕事をつづけられなくなった」
「ザンキさん……」
「それでも俺は、あの人からたくさんのことを学んだよ」
 ぼくの兄は、ぼくを守ろうとして命を落とした。
 あきらの両親は、あきらを守るために犠牲になった。
 シュキさんと会うということは、単に女鬼について知る以上の意味を持っているのかもしれない。

 今日から三日間、初対面の師匠にあきらをあずけることになる。あきらと同じくらい、ぼくも緊張していた。
 待ち合わせ場所の喫茶店に現れたシュキさんは、スーツ姿だった。
 生け花の先生というから勝手に着物を想像していた。でも着物だったとしても、正座はしないだろう。歩いてくる姿を見たときにそう思った。シュキさんは、杖をついていたのだ。左足を引きずって、ゆっくりと歩いてきた。
 ザンキさんの隣に座った彼女はシュキと名乗った。本名ではなく。
「おまえが和泉家の三男坊か」
「はい、イブキです」
「そして、天美家のひとり娘だな」
「……天美あきらです」
「関東で女の鬼は久しぶりだ」
 男みたいなしゃべり方だった。
 スカートをはいていて、髪も結い上げている、化粧もしている。でも、ぼくよりずっと男っぽい。歳はザンキさんと同じくらいに見える。
「……まだ、鬼じゃないです」
 あきらの声が硬い。睨みつけられたはずのシュキさんが、初めて口の端を上げた。
「いい度胸だ」
 少し、ザンキさんに似ていると思った。
 でもこんな怖い顔をした鬼の人には会ったことがない。女の人で、しかも鬼をやめてずいぶん経ってるはずなのに……。

 ひととおり話をして、あきらはシュキさんの命令でタクシーをつかまえに行かされる。そのあいだにシュキさんがお手洗いに立って、ぼくとザンキさんは二人きりになった。
「……だいじょうぶでしょうか」
「ん?」
 本人がいないとはいえ、なんとなく大きな声では話しにくくて、ぼくは声を落とす。
「あきらは、家族の話をされるのに慣れていないんです。でもシュキさんは……」
 天美家と言った。
 だいじょうぶだろうか。あきらは、シュキさんの「修行」に耐えられるだろうか。
「そうだなあ……」
 椅子にもたれていたザンキさんは困ったように笑い、テーブルに肘をついた。ぼくも身を乗り出す。
「あの人は、弟子入りしたときから俺を『斬鬼』と呼んだ。財津原家の跡取りとしてあつかった。あの人にとって、鬼は血でなるものなんだ。古いと言われるかもしれんがな」
「それは……わからなくもないですけど」
 朱雀院は近畿の名門。財津原は関東の名門。そして天美は東北の名門。でも、大ベテランのサバキさんは鬼の血筋じゃないし、関東最強と言われるヒビキさんなんか外から来た人間だ。宗家のぼくが言うのもおかしいけど、血だけじゃない気がする。
「要は心構えだよ。俺やおまえみたいな、生まれたときから鬼になることが決まってるような人間には、ヒビキや戸田山が持ってるような強い理由がない。だから、自分の背後にある歴史の重みを糧にするしかない。それが、血でなるってことだ」
 鬼になる理由……。
 ぼくなんかは素直に迷わず兄の跡を継いだのだけど、ザンキさんが言うと重みがある。
 ザンキさんは、弟子入りしてから独立するまでに十年かかったと、ヒビキさんが言っていた。普通は五年で師匠が見切りをつけるから、かなり異例だ。
 でもザンキさんの十年にはブランクがあった。鬼になることに疑問を感じて、師匠の元を離れていた期間があったそうだ。だから、いまのザンキさんには「血」以上の理由があるんだと思う。
「あきらには……あるんです。血よりも強い理由が……」
「……憎しみか」
 ザンキさんはコーヒーを一口飲んでから、ふうとため息をついた。
「だれにだって、憎しみの心はある。戸田山にだってある」
「戸田山さんにですか?」
「意外か? あれでも元警官だ、いろんなもん見てきてるのさ、あいつも」
 あの優しい戸田山さんがなにかを憎むなんて、あんまり想像がつかないけど。ぼくにだってないわけじゃない。ぼくより年上の戸田山さんなら、もっといろんなつらい思いをしてきてるのかもしれない。
「まあ、あんまり心配するなって。シュキ先生もな、だてに歳くっちゃいないよ。若く見えるがうちのおふくろより上だ」
「はあ……はあ?」
 だって、ザンキさんのお母さんってたしか還暦過ぎの……。
 なにかの言いまちがいかと思って聞きなおそうとしたとき、シュキさんが足を引きずってもどってきた。ぼくはつい口を閉じてうつむいてしまい、なぜかザンキさんが肩で笑った。
「タクシー来ました!」
 あきらも外からもどってくる。シュキさんはうなずいて、それからぼくに目を向けた。
「イブキ」
「はい」
 思わず背筋を伸ばす。
「おまえも来い」
「え……」
 意味がわからなくて、口を開けたままシュキさんを見上げる。
「気が変わった。師弟まとめて面倒見てやるから、おまえも来い」
 あきらはぼくよりも驚いた顔をしている。ぼくたちは同時にザンキさんの顔を見た。でもザンキさんは、肩をすくめて苦笑しただけだった。
「せっかくだから行ってこいよ。修行の一環だと思えばいいさ」
 そんなこと言われたって、あきらはともかくぼくの心の準備が……。
 途方に暮れてうつむいたとき、テーブルの足下にあるあきらのバッグが目に入った。
「それじゃ、家にもどって着替えを……」
「今すぐだ」
 時間をかせいで落ちつこう、っていう、対魔化魍並みの素早い判断はあっさりと却下された。いや、現実的に着替えは必要なんですけど……。
「でも……」
「逆らうな、イブキ。身のためだぞ」
 ええー……。
 味方になってくれると思ったザンキさんは、テーブルの上の伝票を手に取って、かつての師匠を見上げる。
「ここは払っときますよ。俺のおごりです」
 シュキさんはふんと鼻を鳴らした。気のせいか、少し楽しそうだった。
「えらくなったものだな」
 そう言い残して去っていくシュキさんの後ろで、何度も振り返っていたぼくは、売られていく子牛のような目をしていた……と、あとからザンキさんはしみじみ語った。

 そのままタクシーに乗せられて、拉致同然に連れていかれた先は、魔化魍が出そうな山の中。家も畑もまばらで、シュキさん曰く「近所づきあいの煩わしさがない」ところだ。でも足を悪くしてる人がこんな山奥に住んでて、不便じゃないのかな? たとえば……。
「あのう、このへんってコンビニあります?」
「ない」
 せめて、下着くらいは買えるかなあと思ったんだけど……。
 ぼくはよっぽど情けない顔をしてたんだろう。あきらが、心の底から同情するような目を向けてきた。
 着替えの心配は、シュキさんの家についてすぐ解消された。いちおうは。
「着替えろ」
 と言われて渡されたのは、単衣の着物一式。と、白くて長いおろしたての布……。
 職業柄というか、お家柄というか、褌の締め方を知らないわけじゃない。でも、下着の替えができてよかった、とはなかなか思えなかった。初めてじゃないからって、恥ずかしくないわけでもないのだ。
「でも、コレしかないんだよね……」
 着慣れてるってほどじゃないにしても、とくに手間取ることもなくて、自分の服をたたんですぐに部屋を出る。着物の丈が合わないのはいつものことだから気にしない。
 昔話に出てきそうな純和風のお屋敷には、日の差す縁側があった。座り込んでみると、普通の縁側より少し幅があるような気がする。目の前には、色とりどりの花が咲き乱れている庭。そういえば、華道の先生だったっけ。
 そのままぼんやりと庭の花を眺めていたら、あきらとシュキさんがやってきた。
「わあ、かわいいじゃない、あきら」
「……………」
 思わず声を上げてから、あきらの嫌う「女子供あつかい」だったかもしれないと気づいた。
 いつも男の子みたいなかっこうをしてるあきらは、きれいな色の小紋を着ていた。目元を隠す前髪もピンで留められて、よく見たら化粧もしている。
「……修行に、着飾る必要なんてあるんですか?」
 いかにも不満そうにそう尋ねるあきらに、シュキ先生はにこりともせず答えた。
「かたちから入るのもひとつの方法だ。いきなり花を生けろと言われても、切り替えなどできないだろう?」
「生け花……」
 そういえば、華道の先生なんだよなあ、とぼくはもう一度、色鮮やかな庭に目をやりながら思った。

「花を生けたことは?」
「ありません」
 ぼくたちは声をそろえて答える。お茶……茶道なら、吉野の研修にもあるくらい身近だけど、お花は修行としてもあんまり聞かない。
 そして、縁側でお花っていうのも聞いたことがない。
 縁側に正座したぼくたちは、お皿みたいな花器の前で、庭に立つ師匠を見上げていた。明るい色の着物に着替えたシュキさんの足下には、ぼくたちが庭から集めた花々がバケツの水を吸っている。
 花の切り方とか剣山のあつかいとか、かんたんな説明をされてから、「あとは自由にしていい」と言われた。……けど、実際にはどうしていいかわからなくて、ぼくはあきらと顔を見合わせていた。
 手の動かない生徒たちを見て、先生はうんざりした顔もせず、淡々とつけ加える。
「生けてある花とは一般的にこういうものだ、というイメージは捨てろ。己の心が望むままに、己が見たいかたちを作れ」
「はあ……」
 いつもは街の華道教室で講師をしているのだと、ザンキさんが言っていた。教室の生徒さんたちにも、こんな口調でこんな哲学的なことを言うんだろうか。
 ぼくの考えを見抜いたように、シュキさんは首をかしげ、にっと笑った。気のせいか、ザンキさんの笑い方に似ていた。
「月謝をもらえば、もっと技術的なことを細かく教えるが? ちゃんと、お客さま用の言葉遣いにもするわよ?」
 途中から少し声を高くして、シュキさんは女言葉で……というのもおかしいけど、そう言った。
「なんのために私のところに来たのか、ということだ」
「なんの、ために……」
 少なくとも、生け花を習いにきたんじゃない。
 あきらは、修行のため。ぼくは……つきそい? いや、ちがう。ここでこうして、あきらと同じことをしている。
 ぼくたちは、鬼の修行をするためにここへ来た。鬼の修行……それは、強くなるためにしなければならないことだ。
 強くなるために……。
 ぼくは静かに深呼吸をして、桔梗の花を手に取った。

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