キョウリュウ詰め
201305緑赤
201305緑赤
『小姓ってなに?』
待ち合わせをしたわけでもないのに、その店で仲間たちと鉢合わせすることはよくある。
今日も、クリームソーダしか注文していないはずのソウジの席には、カフェラテと天丼とチョコレートパフェが並んでいた。カフェラテは黒ジャケット、天丼は青い作業着、パフェは金ピカ侍のもので、最初に来たソウジが窓際の奥へ押し込まれるかたちになっていた。
「……なに?」
正面に座っている空蝉丸が、なにか考え込みながらソウジの顔を見つめている。尋ねてみると、彼はきまり悪そうにへらっと笑った。
「いや、ソウジどののお顔、どこかで見たことがあると、ずっと思っていたのだが……」
400年の時を経て目覚めた空蝉丸に、自分たち以外の知り合いなどいるわけがない。つまり彼が言うのは戦国時代の話だ。
「だれに?」
「それって、キングとおやかたさまみたいな……」
興味を持ったのはイアンとノブハルのほうで、二人とも身を乗り出す。ソウジ本人は不思議な気分でストローをくわえた。キングのそっくりさんがいるなら、自分たちにいてもおかしくはない。
「名は失念したが……おやかたさまのお小姓に似ているのでござる」
「えっ」
「Oh……」
年長組の反応をよく考えればよかったのだ。
「オコショウってなに?」
反射的に未知の単語の意味を尋ねてしまった直後に、それがまちがいだったと悟る。隣のイアンが脚を組みかえて微妙に視線を逸らしたから。
「こ……こしょこしょ~ってする人のことじゃない?」
ノブハルの苦しすぎるギャグを聞かなかったことにして空蝉丸に向きなおると、彼はウエハースをかじりながらにこやかにうなずいた。
「未来にはおらぬのだな。小姓とは、おやかたさまの身の回りの世話をする年若い者のことでござる」
あれ、普通だ。
イアンとノブハルが固まる理由がない。
「……家来とはちがうの? 執事とかメイドとか?」
言ってから、メイドは男ではないと思い、それ以前にどちらも空蝉丸にはわからないだろうと気づく。
「羊や冥土とは関わりござらんぞ」
「だよね、ごめん忘れて」
いちいち説明するのもめんどくさいのでそのまま流すことにした。
「具体的にはなにをする人? ごはん作ったりとか?」
「いや、それはお女中方が。お小姓は、たとえば朝晩の着替えのお手伝いや、刀など持って差し上げたり……そうそう、奥方様がおられぬ戦場では、夜のお相手をつとめることも多いでござる」
「っ」
イアンがカフェラテを噴いた。
早朝のスピリットベースには、だれもいない。
少し考えて裏手の泉のほうへ行くと、ちょうどテントから這い出てきたダイゴと出くわした。
「お? おはよソウジ……」
「おはよう、おやかたさま」
眠そうだったダイゴは一気に目が覚めたといった顔で目を丸くして、それから愉快そうに口を曲げてみせる。
「なんだ、ウッチーの真似か?」
答えずに肩をすくめて笑う。
ダイゴは泉で顔を洗い、口をゆすいで、それからシャツを取りにまたテントへ戻っていった。
いつもではないが、ここも彼のねぐらのひとつだった。いるかいないかは賭けだけれど、だから会えたときはとてもうれしい。
支度をしてやってきたダイゴは、円卓の前に座ってガブリボルバーの調整をしている。チャージボックスを確認していたソウジだったが、ふと彼の背中に話しかけてみた。
「おれ、ウッチーのおやかたさまの小姓に似てるんだって」
「コショウ? くしゃみ出るやつじゃねえよな?」
その単語を知らないのが自分だけではなかったことに安堵した。
ネットで調べたから意味はもう知っている。
「ええと……部下で愛人、みたいな? 戦国時代には普通のことで、おやかたさまにも何人かいたんだってさ」
ふーん、とダイゴは口をとがらせ、その説明を頭の中で反芻しているようだった。
「なんか、やだなそれ」
「え……」
わけもなく、胸を冷たい風が吹き抜ける。
その理由を考えるよりも先に、ダイゴがこちらを向いた。
「ソウジは部下じゃねえ。仲間だ」
「……うん」
一瞬の冷気はあっという間に消えた。
どんな意味であっても、彼から拒絶の言葉を向けられるのは怖い。まだ彼の気持ちを信じ切れていないのだろうか。そう思ったらひどく不安になって、獣電池を握りしめた。
「ねえ、おやかたさまじゃないキング」
再びテーブルに向きなおったダイゴの後ろに立つ。
「なんだそれ」
彼は首を反らし、ソウジを見上げた。
「おれもさ、愛人はやだなって思ったんだ」
言いながら、逆さまの顔を両手で挟み込み、半開きの唇に口づける。
反らされた首筋に手をすべらせると、彼はかすかに身を震わせて熱い息を吐き出した。こんなときだけ、彼は大人の色気を垣間見せる。
「どうせなら、おれも戦国武将がいい。おやかたさまって呼ばれるほうがいい」
「コショウがほしいか?」
ダイゴがからかう口調で問いかける。
「ううん。キングに似たおやかたさまと、仲間になる」
実際には、暗殺剣術の継承者である立風館家が人の上に立つタイプでないことくらいは体感としてわかっている。それでも、この男の下につく自分は想像できない。
「キングの隣にいたいんだ」
対等な仲間として。どんな言葉にも揺るがない心で。
「いろよ……おれの隣に、ずっと」
低い声で囁かれ、鳥肌が立った。
こみ上げてくるさまざまな感情と感覚をなんとか抑え込んで、顔を上げる。
「朝ごはん、うちに食べにおいでよ」
「おう……」
朝ごはんと聞いて、ダイゴの腹が鳴った。ソウジは笑いながら彼の手を取って引く。
それから、スピリットベースに静寂が訪れた。
(by NICKEL, May, 2013)
ま、所詮ウッチーの記憶力ですからあてにはなりませんが。
作成日: 2013年5月26日(日) 17:26
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