劉鵬/黒獅子

2007_風魔の小次郎,[R18]

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逢瀬

その男のことを考えようとすると、顔を思い浮かべる前に息苦しくなる。
気安く会える間柄でないことはわかっていても、そばにいないことが耐えられなくなってくる。
言葉にならない感情がどんどん腹の中にたまっていき、吐き出すこともできない。
伝えたいことは山ほどある、と思う。そうでもなければ、これほど逢いたいと感じるわけがない。
だが、いざ本人が目の前に……なんの気負いもなく「よお」などと手を上げながらのんきな顔で現れると、なにも言えなくなるのだ。
わざわざ自分から呼び出したというのに。
「……いいのかよ」
「ん?」
昼間でも薄暗い裏路地へと引きずり込んだまではよかった。日の下よりは、自分たちに似つかわしい。
「俺と会ってて、ヤバくねえのかよ」
彼は軽く首をかしげ、へらっと笑っただけだった。
「ヤバいことはヤバいな。まだ敵同士なわけだし」
そう言いながらも緊迫感はまるで感じられない。眠れないほどにこの男のことだけを考えていた自分が、ひどく惨めに思えた。
「じゃあなんで来たんだよ」
「来てほしくなかったのか」
ぐっと詰まって、足元の空き缶を踏み潰しながら言い訳を探した。
「……暇つぶしの相手にちょうどいいと思って呼んだだけだ。とくに用はねえよ」
「そうか」
彼は薄汚れたブロック塀に寄りかかったまま、相変わらず微笑んでいるだけだ。
「……帰らねえのか」
用がないと言いきってしまった時点で、相手が立ち去ってしまうのは覚悟していた。だが彼は動くようすがない。
「帰ってほしいのか?」
「べつに……好きにしろよ」
噛んでいたガムとともに冷淡な言葉を地面に吐き捨てる。とどめの一言だ。ただし、自分への。
案の定、彼は小さくため息をついて身体を起こす。
やはり帰るのか。
それだけで絶望的な気分になってうつむいていると、下から顔を覗き込まれた。
「なっ、なんだよ!」
「……ひねくれ者の夜叉に、素直になれと言ってもムリだろうが」
優しい拳が、軽く胸を叩く。
「言いたいことは言ったほうが楽になるぞ?」
「ぁんだよ、それ……」
たくさんの想いが頭の中を駆けめぐったが、なにひとつ言葉にはならなかった。
「てめえこそ、どうなんだよ!」
「俺?」
きょとんと無防備な表情を見せ、彼は首をかしげる。
「なんて言ってほしいんだ?」
ずるい、と思った。
問いに問いで返し、本心は見せない。こっちの心は見透かしているような顔をして……
衝動的に、目の前の身体を腕の中に捕らえていた。はっと息をのむのが聞こえる。
「俺は、てめえに言うことなんかねえよ」
伝えようにも、言葉などひとつも思いつかないから。こうして抱きしめることくらいしかできない。
「そうか」
彼はくすりと笑って、両腕をこちらの背にまわしてきた。
「俺もない」
「!!」
同じ言葉を返されただけなのに、足が震えそうなほど不安に陥った。
パニックのまま彼の首筋に顔を押しつけ、唇が触れた部分に噛みつく。小さな呻きが洩れた。
「言えよ……」
「黒獅子?」
かすれ声が怪訝な色を帯びる。
なぜわからない。
無性に腹が立って、真上から覗き込み叫んでいた。
「言えよ! なんか……なんかあるだろ!?」
なにを言ってほしいのかもわからないのに、はっきりとした確約がほしくてたまらない。
それが聞ければ、こんなに不安になることもないはずだ。それ以上のことは考えられなかった。だから、その理不尽さを自覚できる余裕もなかった。
こちらを見上げる顔は、ただ驚いているだけのようにも、心底困惑しているようにも見える。なにか言葉を発しようと開きかけた口も、迷っているようだ。
「…………」
沈黙に耐えられず、再び苛立ちをぶつけてやろうと思ったとき。
いきなりその怪力で首を抱き寄せられ、口をふさがれた。なにが起こったのか認識するより先に舌がすべり込んできて、思考らしい思考はすべて吹き飛んだ。
「…………ッ」
長く激しい口づけのあとで、彼は唇を舐めながら一言だけ囁く。
「……ちょっとは、伝わったか?」
気の抜けた笑顔を見下ろしていたら、またわけもなく息苦しくなってきて。
言葉にならない想いを込め、きつく抱きすくめていた。

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