劉鵬/黒獅子
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忍び香・後編
もの足りなさの正体が匂いだと気づいたのは、彼の匂いを感じたときだった。
直接対決のあの日。直に拳を交わすうちにそれぞれの面が剥がれ落ち、いつしか一人の男として向き合うようになっていた。
火照った肌を伝う汗とともに、生きた人間の匂いが感じられるようになる。燃えるように熱い息と、こちらの肌を裂くような気合いと。なにもかもが生々しく、彼のすべてに昂揚した。
「……黒獅子?」
だが今目の前に立つ彼からは、またしても匂いが消えていた。
触れればたしかにそこにいるのに、匂いが感じられないだけで現実感までもが薄れてしまう。
「おっ、おい、黒獅子!? どこに行くんだよ……」
神社から引きずってきたはいいが、もとから当てなどない。
「俺が知るかよ!」
「なんだそりゃあ……」
呆れたような声にむっとしてふり返ると、噴き出された。そのまま肩で笑っている。
バカにされた気がして、つかんだ手を放さずにまた歩き出した。
半ば条件反射的に体育館へと足を向けたが、道着の用意がないことに思い当たって、行き先を変える。
辿りついたのは、誠士館の今は使われていない部室。陸上や球技の用具が乱雑に積んであるが、よく見ればどれも使用に耐えうる代物ではないことがわかる。かつて己が下忍だったころ、無為な時間を過ごすのに使っていた場所だ。
「……カビくさいな」
日も差し込まない暗がりで、彼が鼻をこすりながら最初に呟いたのがそれだった。予想どおりの発言に少し気をよくして答える。
「てめえの匂いがねえのも、気にならなくなるだろ」
「なるほどな」
ひざでも打ちそうなほど素直に納得した彼は、だがすぐに首をかしげて訊いてきた。
「でも、なんでそんなにこだわるんだ?」
わからないのがわからない。
腹立たしくて乱暴に腕を引き、倒れ込んできたところを抱き寄せた。
「おいっ!?」
硬くて厚い身体を抱きしめ、襟元に鼻を寄せて大きく息を吸い込む。やはり、なんの匂いもない。腕にはこんなにしっかりした感触があるのに。
「……なんか、落ちつかねえんだよ。それだけだ」
「おまえ……」
すぐ近くにある黒目がちの瞳が、こちらを覗き込む。
さっきもこれくらいの距離だったと、急に思い出した。明るい神社の境内だったから、動揺して離れてしまったが……
「……………」
髪をつかんで仰向かせ、半開きの口をふさいだ。
「……っ!?」
身長差を駆使して、もがく彼を押さえ込む。だがその動きは反射的なものだったらしく、すぐに抵抗はやんだ。それどころか素直に応じてきたのには、こちらが驚いた。
逆らうならば、無理強いもできただろうに、と思う。しかしだからといって引き下がるわけにはいかない。獲物の息の根を止める勢いで口をふさぎつづける。
「っは……」
大きく息をついた彼は、唇を舐めて苦笑を浮かべた。
「こっちのほうも荒っぽいな……」
「もっと激しくしてやるよ」
足のあいだにひざを割り込ませて、股間に腿を押しつけた。上ずった呻きが洩れる。
「……ここでか?」
「外よりマシじゃねえか」
「まあな……」
あいかわらず苦笑いを張りつけたままの彼は、「なんでこうなっちまったんだ」などと呟きながら上着のボタンを外す。もっと着脱が簡易な制服に慣れている身としては、その動作自体が緩慢に思えて焦れったい。
「おとなしくついてきたくせに、なに言ってんだよ」
「おまえが引っぱってきたんだろ……」
胸ぐらをつかんで、三つ目以降のボタンをすべて飛ばした。抗議に開きかけた口を再びふさぎ、露わになった肌をまさぐりながら上着を剥いでいく。
晩夏の夕暮れ、空気のよどんだ室内はひどく蒸し暑い。じわじわと滲む汗は、やがてひたいを伝うようになる。
ボタンの仕返しか、こちらの上着のジッパーも彼に壊された。組み合って互いの肌に歯型や吸い痕をつけ合うさまは、格闘とほとんど変わらない。
ふと、汗ばんだ胸を舌先で舐めた。塩辛い。鼻を押しつければ、たしかに自分ではなく相手の汗の匂いがする。
「やっぱ、こうだよな」
「なに……?」
答えるのが面倒で、とっくにベルトの外れているウエストを引き寄せて下着の後ろに手を突っ込んだ。
「!!」
身体を起こして上から顔を覗き込めば、露骨に目をそらされる。双丘のあいだに指をすべり込ませながら、表情がどう変わるかを眺めた。
「……いい顔するじゃねえか」
「うるさ……っ」
狭い入り口へ強引に指をねじ込んだときには、もう声はなかった。ただ奥歯を噛みしめて内側を探られる感覚に耐えている。嗜虐心と焦燥感に煽られて、乱暴に指を動かす。目を伏せて声を出さずに喘ぐ姿は、こちらをも追いつめるのに充分だった。
「く、う……」
「……なんだ、黒獅子」
彼もいいように翻弄されているかと思いきや、こちらの呻きだけは聞き逃さず、かすれ声で囁いてくるのが憎らしい。
「ちょっと、待ってろ……」
さすがに前がきつくなってきて、彼から身を離す。支えを失った彼は身を翻すと壁に両手をついて寄りかかり、荒い息のあいだでそれでも笑った。
「早くしろよ……」
「っせえ、わかってるよ……」
ひざまでボトムを落とし、上着は腕に引っかかっているだけ、という状態の彼を前にして、気ばかりが急いてしまう。これだけの痴態を晒しながら、どこか余裕を残しているようすなのも気に入らない。
こちらに背を向けている彼を抱き寄せ、むりやりに昂ぶりを押し込んだ。
「くう……っ!!」
がりっと壁をひっかく音が聞こえるほどに、彼自身が洩らした声は低く小さかった。だがこちらはそれどころではない。
「……キツ……ぅうっ!!」
予想よりずっと狭く熱い内部が、大した責めも許さずに射精を強要した。呻く間もなく腹の中を汚された彼は、半笑いで目の前の壁に頭を押し当てる。
「おまえ……それはないだろ……」
言われるまでもない。苛立ちに任せて自分の髪をかきまわし、みっともなさを呪った。
「あーあ、悪かったよ……次は楽しませてやるから」
「次……?」
言いかけた彼が、はっと息をのむ。
中で再び硬さを持ちはじめたそれを、最奥までえぐるようにして突き上げた。
「こういうのがほしかったんだろ……なあ?」
「…………っ」
返事はない。例によって、歯を食いしばり堪えているのだ。これも忍びの性と知りつつ、まだ一線引かれているような気になる。
「もういいから……全部見せろよ……」
唇と歯をこじ開けて指を差し入れた。噛みつかれるかもしれないと思わないでもなかったが、それならそれでかまわない。望むところだ。壁に爪を立てていた手が、こちらの腕に縋りついてきたのも悪くない。
「ぁが……っはあ……」
何度か歯が指に食い込んだが、彼自身が気をつけているのだろう、それほど痛みはなかった。指から腕を伝ってこぼれた唾液が落ちていく。
「はっ……ぁあ……っ」
突き上げるのに合わせて哀れな声が上がる。先に放った精があふれ出して彼の内股を伝う。
空いた手で下腹部を探り、張りつめたそれを握り込んだ。こちらの動きに合わせて激しくしごき、絶頂のタイミングを重ねようとする。
ほどなくして、二人ぶんの押し殺した咆哮が薄暗がりに響いた。
壁に寄りかかろうとするのを、むりやりにこちらへ抱き寄せる。
「……いい匂い、してるぜ」
二人の雄の匂いがむせ返るほどに立ちこめ、部屋の黴くささも気にならなくなっていた。腕の中の彼は、五感すべてで感じられるたしかな存在だった。
「言ってろ……」
掌で口元を拭い、彼は肩越しに気怠げな笑みをよこしてくる。
それだけのことなのに、なぜか顔に血が上るのを覚えて、目をそらしていた。
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