劉鵬/黒獅子
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同棲1
丸いちゃぶ台の脚を折りたたみ、壁に立てかける。押入から布団を引っぱり出して二組並べれば、部屋はそれでいっぱいだ。もともとこの部屋に置いてあった古いテレビは、最初に押入へしまい込んだ。それでも、やはり狭い。
忍務の隠れ蓑として選んだ土木作業のバイトは、得体の知れない新入りにも住まいを提供してくれるという魅力的な福利厚生も考えてのことだ。だから、あれこれと文句を言える筋合いではない、のだが。
息が詰まりそうだ、と劉鵬はよれたシャツの襟を引っぱる。こんなとき、いつもならさっさと忍務が終わればいいと思うのだが、今回ばかりは少し複雑な心境だった。この狭さは愉快ではないものの、この生活がまだつづくことに不満はない。
「どうしたもんか……」
布団の上に座り込んで、ぼんやりと部屋を眺めていると、背後の台所から水音が消えた。
「洗い物、終わったぞ」
ふり返れば、鴨居にぶつかりそうな金髪の頭がこちらを見下ろしている。
「お、ご苦労さん」
家事を終えた黒獅子は、たった今敷かれた布団の上にごろんと転がり、背中を丸めてあぐらをかいている劉鵬の顔を覗き込んできた。
「なにたそがれてんだ」
なにというほどのことでもないが、と劉鵬は苦笑する。
「俺たちには狭すぎるよなあ」
自分がそう思うのだから、長身の黒獅子はそれ以上だろう、という予想はあっさり裏切られた。
「そうか? 夜叉の学生寮もこんなもんだったぜ? ベッドのぶんだけここより広い、ってくらいだ」
「寮ぉ?」
信じられない言葉を聞いた気がする。
「まさか、相部屋か?」
「ああ」
「だれと!?」
劉鵬の動揺をどう受け止めたのか、黒獅子はにやっと笑った。
「気になるのか?」
「そりゃ、まあな……」
裏切り合いつぶし合う夜叉が、ひとつの部屋で寝食を共にするなどと想像もつかない。冷酷な八将軍の一人として君臨していた男と同室など、たとえ一般生徒でなかったとしても同情を禁じえない。
黒獅子は寝そべったままくすくすと笑った。
「陽炎だ。おまえが心配するようなことはなにもねえよ」
「そうか……」
少なくとも黒獅子と陽炎は、互いの寝首を掻こうとはしなかったわけだ。殺伐とした学園生活を勝手に想像していた劉鵬は、ほっと安堵の息をついた。
「しかし、よくつづいたな……」
「長続きの秘訣は、部屋に帰らないことだ」
「それじゃ意味ないだろ」
二人同時に噴き出したのをきっかけに、それからしばらく抑えた声で笑っていた。特別におもしろい話をしていたわけでもないが、二人で笑っていることがおかしくて、肩を震わせつづける。
「おまえこそ、貧乏な風魔じゃこんなのはざらだろ?」
からかうような口調で問われ、劉鵬も笑いながら返す。
「屋敷だけは大きかったからなあ。狭い部屋だって、襖を外せば大部屋になる。こんな箱みたいな部屋は物置くらいだ」
「羨ましい住宅事情だぜ」
苦笑混じりのため息をついてから、ふと真顔にもどった黒獅子は劉鵬の顔を見つめた。
「ん?」
劉鵬が首をかしげて身を乗り出すと、彼はごろんと寝返りを打ってこちらに背を向けてしまう。
「おい?」
丸くなった長身に手を伸ばしたとき、低い呟きが聞こえた。
「俺が来なきゃ……まだ広かったよな」
劉鵬は黒獅子の肩に置くはずだった手を握りしめていた。まったく、なんて不用意なことを口走ったのか。
もともと、この部屋は劉鵬一人にあてがわれたものだった。次なる「新入り」が現れるまで、という条件付きで。まさかそれが顔見知り以上の相手とは思わなかったが。
全く見知らぬ赤の他人なら、劉鵬もこの狭さを口に出して愚痴ることもなく、ただ早く忍務を終わらせて里へ帰りたいと思いつづけていただろう。
偶然、というよりは事故のようなものだ。だがその「事故」を、劉鵬は心から受け入れていた。
「い、いや、部屋の大きさに慣れないってだけでな、べつにおまえがどうこうってわけじゃないんだぞ」
「……………」
黒獅子はこちらを向く気配を見せない。よくふてくされたり拗ねたりする男ではあるが、今のは完全に劉鵬の失言によるものだから、放っておくというわけにもいかない。
劉鵬はがしがしと髪をかきまわし、自分の布団に倒れ込む。
「すまん……せっかくおまえと過ごすなら、もっと居心地がいい場所のほうがいいと思ってな……欲が出ちまった。いっしょにいられるだけで、奇跡みたいなもんなのにな……」
「……っ」
がばっと身を起こして険しい顔で睨みつけてくる黒獅子を、劉鵬は枕に片頬を押しつけたまま見上げる。
黒獅子はむすっとした顔のまま立ち上がり、頭がぶつかりそうな位置に下がっている照明の紐を引っぱる。もともと薄暗かった部屋にほんとうの闇が訪れ、まだ寝るつもりのなかった劉鵬は抗議の声を上げようとした。
だが、黒獅子がさっさと布団に入るつもりだとわかって潔くあきらめる。
そして、こちらの布団にもぐり込んできた男を黙って抱きしめた。
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