黒崎/池田

2014_ST赤と白の捜査ファイル,[R18]

抜けない棘2

臆病同士なのだろうと自己分析する。
黒崎は池田の家に出入りするようにはなったが、相変わらず言葉数は少ない。どう考えても山吹と会話している時間のほうが長い。
嫉妬などでは決してないが、黒崎の本心を掴みかねているのはそのせいだった。
信用できないというのではない。ただ、相手が自分と同じつもりでいるのかという点についてはつい慎重になってしまう。妻との別れは苦すぎる教訓だ。彼女の心を疑いもしなかったがために、彼女を気遣い、見返ることさえ忘れていた。
だからこそ、黒崎との関係には臆病になっているのかもしれない。
ある日、翠がいないとき……それは非常に重要な条件だ……山吹に、黒崎との関係を尋ねてみた。有り体にいえば、休日に互いの家を訪れるようなことはあるのかと。
山吹は訝しがりもせず、にこやかに答えた。
「彼は私のところには来ませんよ。寺は不特定多数の出入りが多いですから。人の死に向き合うさまざまな感情も、彼の繊細な心を刺してしまいます。私も、彼をあえてそんな場へ引き込む必要性は感じません。一人がいちばん気楽なはずです」
その答えは池田を余計に混乱させる。では、黒崎が他人の家を訪れるというのはどういう心理によるものなのか。
山吹に尋ねようとしたが、一歩間違えれば惚気にもなりかねないと気づいてあきらめた。

手にした本のページをめくっていても、内容はほとんど頭に入ってこない。
自宅のソファで、隣には黒崎がいる。筋肉しかついてない硬い体を池田の肩にあずけて、携帯端末をいじっている。覗き見たところ英語の論文か何かのようだが、そこまで視力がよくない池田には単語のひとつも拾えない。専門分野の英文ならどうせ自分にはわかるまいとあきらめ、先日から何度も同じところを読んでいる小説を開いたのだが。
やはり集中できない。小さく息をついて、テーブルに本を投げ出した。黒崎が身じろぎして少し不思議そうにこちらを見やる。
大きな犬を飼っている気分だ。池田はそう思いながら、黒崎の細いあごを撫でた。
それをどうとったのか、彼は体を起こして迷わず肩を抱き寄せてくる。
「……っ」
眼鏡がじゃまだと思いながら、口づけに応じた。目を開けたまま、相手の蕩ける表情を眺める。だれに対しても隙を見せない男が、池田にだけは無防備に目を閉じて快感に身をゆだねている……そう思い至ったとき、体の奥がどうしようもなく疼いた。
「ん……っ」
黒崎が喉の奥でかすれた喘ぎを洩らす。普段は一音だって発しないくせに、こんなときは容易くガードを下ろすのだからずるい。
煽られるまま、見た目よりも厚い肩を掴んで乗りかかった。
「…………」
濡れた唇が薄く開き、瞼もどこか重たげに半眼で池田を見上げてくる。問いかけるような、誘い込むような、曖昧な表情で。
欲しいと思った。池田も完全に受け身でいられるわけではない。だがこんなときにかぎって、臆病な自分が顔を出す。
「……怖くないか?」
おそるおそる尋ねた言葉に、黒崎が眉根を寄せた。怒っているようにも戸惑っているようにも見える。池田は彼を傷つけるかもと思いながら、意を決して口を開いた。
「その……例の薬物絡みの事件……後遺症はないのか?」
捜査中、黒崎は集団で暴行を受けそうになったことがある。池田が彼と距離を縮めるきっかけになったのもその事件だが、当事者の黒崎がその事件をどう受け止め消化しているかを確かめるのが怖かった。そのとき負った怪我はもう治っている。だが心の快復についてはこれといった報告を受けていない。
そろそろと体を起こそうとする池田の肩を、黒崎の頑丈な手が掴む。
「俺は、だいじょうぶだ」
かすれた、しかし意志の強い声。
「……わかってる」
彼の強さは知っている。だが彼の弱さも知っている。恐怖の対象が冷酷な暴行犯たちではなく細い注射針であったとしても、あのとき池田に縋ってきた事実は変わらない。
彼の濡れた唇を、震える指でなぞった。赤い舌が覗き、池田の指先を舐める。その気があれば池田を押さえ込んで好きにすることも、あるいは池田を振り切ってここから立ち去ることもできるのに。
黒崎は逃げなかった。
「いいのか、俺で」
みっともない言葉を嘲りもせず、神妙にうなずいて両腕を広げる。
池田が顔を近づけると彼は再び目を閉じた。その顔が見たくて、眼鏡を外さずに唇を重ねる。濡れた音を立て、しだいに息を荒くしながら、二人は舌を絡め合った。
「ふっ……」
唾液の糸を引いて離れたときには、もう後戻りなど考えられなかった。
Tシャツの裾をまくり上げ、硬い腹を撫で上げる。細く見えるが、その肉体は無駄のない筋肉で覆われている。触れると彼は身をよじらせ、小さく吐息を洩らした。
池田も立場上、全くの文化系ではないが、黒崎の肉体にはどうしても見劣りする。劣情とも羨望ともつかない澱みを腹の中に感じながら、その肌を掌で指先で味わう。
ふと目を上げると、黒崎が濡れた目でじっとこちらを見つめていた。普段の睨みつける険しい顔ではない。面映ゆさにも似た気まずさを感じて顔を背けたが、彼の手が頬に当てられ、半ば強引に向きなおるはめになる。せめて明かりを消しておけばよかったと思い、その提案を口にしかけたとき。
「もっと見たい。見てほしい」
高めのかすれ声なのに、その口が発する言葉はなぜこんなにも重いのか。
「くそ……っ」
池田は大きなため息をついて眼鏡を外し、黒崎の手に押しつけた。それからニットのセーターを脱いで床に放り投げ、再び彼から眼鏡を奪い取ってかけなおす。少し驚いたような顔がこちらを見上げていた。
「これでいいか」
眼鏡を押し上げてから、シャツのボタンを外した。黒崎もどこかあわてた様子で自分のベルトを掴み、がちゃがちゃと音を立ててバックルを外している。
そのソファは男二人が重なって何かをするには狭かったが、寝室までの数歩が惜しかった。
「ぅんっ……」
下着から引きずり出した中心を重ね、二人ぶん合わせて握り込みながら擦りつける。立場上求められているほどに老成も達観もしていない二人は、ただの若者に戻って熱をぶつけ合った。
池田は乞われたとおりに黒崎から目を離さなかった。離せなかった。眉間の皺が普段よりも切なげに寄せられるのを、細い睫毛が何度も瞬くのを、濡れた唇が震えながら熱い息を吐き出すのを、黒い瞳が縋るように池田を見つめ返すのを。池田にしか見せない表情の全てを。
衝動的に黒いTシャツを胸の上まで引き上げてから、脱がせたほうがいいかと考え込みかけると、黒崎がもぞもぞとデニムのポケットを探りはじめた。
「おい……」
尋ねる前に、いつもは自分が使うコンドームを池田の鼻先に差し出す。
「いつ補充してるんだ」
よれてミシン目が切れかけたパッケージの連なりを受け取りながら思わず苦笑してしまう。黒崎も歯を見せて笑った。険のない無邪気な笑顔だった。
こうやって笑い合ったのは記憶するかぎり初めてのような気がする。勤務中は当然笑う余裕などない。だがそれ以外の時間を過ごすことが多くなってなお、笑顔を引き出すのにどれだけの時間がかかったのだろう。
傷をつけないように、コンドームをかぶせた指で黒崎の内側を慣らしていく。彼は池田のシャツを掴み、唇を噛んで耐えていた。それでも洩れるかすかな喘ぎが、池田を焦らせる。
そういえば、受け入れる側に経験はあるのだろうかと今さら思い至ったが、この場で尋ねるのも過去を気にしているようで口にできない。自分も尋ねられなかったし、初めてだなどとわざわざ申告はしなかった。どちらにしても、黒崎は池田を欲しがっただろうから。
ただ、慎重に彼の中を解していくより方法はないと思った。
「痛く……ないか?」
池田の問いに黒崎は何度もうなずいてみせる。そして、耳元へ口を寄せ囁いた。
「……来てくれ」
気遣いはもはや躊躇の口実にはならない。
しかし男同士でつながるのは思った以上に大変だった。あっさり池田を陥落させた黒崎は、やはり男役しか経験がないのかもしれない。
「くぅっ……」
きつく締めつけてくる内壁は拒んでいるようでもあり、逃すまいと捕らえているようでもある。こちらがこれだけきついのだから、受け入れているほうはさらに苦しいだろう。
池田は苦しげに目をつぶっている黒崎の表情を伺い、それから直前より明らかに力を失っている彼の中心を見下ろした。
激痛で萎えてしまったのか。冷や汗が滲むのを感じながら、彼の肩を抱き寄せ唇を重ねた。
息苦しくて長くはつづかないが、何度も角度を変えて噛みつき合う。溢れる唾液も熱い吐息も、どちらのものなのかわからない。黒崎の欲望が再び池田の腹を突き上げるまで、池田は彼の痛みから気を逸らそうとしていた。
不意に黒崎が、池田を押しやるようにひたいをぶつけてぐいぐいと押してきた。
「黒崎……?」
鼻が触れそうな距離で、彼は池田の目を覗き込んで大きくうなずく。大丈夫、ということらしい。
「わかった」
さすがにつらくなってきたのもあって、黒崎のひざを抱え上げる。
「……ぁあっ!」
彼は喉を反らして喘いだが、自分から求めるように池田の腰を両腕で抱きかかえた。急かされるように、なおも深くつながろうと腰を進める。奥を突かれ、あるいは抽送で内壁を刺激され、そして猛った自身を愛撫されるたび、黒崎は甘い声をかすれさせた。その声が池田の理性を剥ぎ取っていく。
「つっ……」
いつもと同様に、肩に噛みつかれた。痛くないわけではないが、それが彼の不器用な甘え方なのだと知っていたから不満は洩らさなかった。その痛みも黒崎の執着のかたちだと思えば、愛おしくもある。答えのつもりで、彼の柔らかい髪を撫でた。
聞こえるのは喘ぎというよりすすり泣きに近い。池田の肌に噛み痕を残し、泣きながらもっと欲しいと訴える。その幼児性は彼の体躯と年齢には見合わないものだが、池田には彼を突き放す術も意思もなかった。
「ぁうっ、ん……っ」
自身の限界が近い。自制はとっくにきかなくなっている。
「あっ……」
熱が弾け、頭の中が白くなった瞬間。
「ぁん……ぁああっ!」
ひときわ大きな嬌声が耳元で上がる。池田を抱きしめ、全身を震わせて彼は達した。
「はぁっ……」
目元を滲ませ上気した顔が池田を見上げる。
ぞっとするほど艶めいた目つきに、池田は自分の欲がまだ満たされていないことを思い知らされた。

山吹の言葉を思い出す。
「私が知っているのは、彼が心を許せるのはむやみに言葉を浴びせてこない相手ということです。彼にとって自分自身への質問は詰問、沈黙に対する抗議は攻撃と同じなのでしょう」
だから池田にどうしろなどとは言わなかったが、山吹からの親心にも似た信頼を感じることはできた。
疑問や要望は山ほどある。
なぜ池田なのか。なぜ体のつながりを求めるのか。いや、理由などなくてもいい。この関係を続けるつもりがあるなら、せめて好意を口にしてくれないかと。
だが、そのどれもが彼の前では言葉にならない。傷つけない方法を知らないからこそ、黙り込むしかないのだ。
臆病同士、傷つくのも傷つけるのも怖くて、無言で寄り添っている。幾度も体を重ね、他のだれにも見せない顔を晒しているのに、まだ全てを共有する覚悟はできていない。
ダブルベッドの片側で、彼が寝返りを打った。池田は枕に頬をうずめながら、彼の寝顔を真横から見つめる。
二人とも笑うことを知らないわけではないのに。
案外、自分たちは同じ種類の生き物なのかもしれないと思った。

(by NICKEL, Mar, 2015)

「久しぶり~!」
「急に呼び出して何の用だ百合根…」
「まずはおめでと~、かんぱーい!」
「…なにが?」
「池田、黒崎さんとつき合いはじめたんだろ?」
「っ(ビール噴く)」
「すごいなあ、俺でも直接話してもらうのすっごい時間かかったのにさあ。友だち飛び越しちゃったとかびっくりだよ、池田ってそういうのあんまり得意じゃないと思っ…」
「だれから聞いた…」
「え、赤城さんだけど?」
「警察庁行ったんだからカカ友やめろ!!」

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