黒崎/池田

2014_ST赤と白の捜査ファイル,[R18]

カット

池田はさして中身もないビジネス新書を手に、コーヒーが冷めるのにまかせながら通りの人波を眺めていた。
人の出入りが激しいコーヒーショップではなく、昼間でも仄暗い静かな喫茶店。古めかしい革張りのソファは硬すぎて落ちつかなかった。普段は自分から入らない店だが、ここを指定されたのだから仕方がない。せっかくの休みに理由もなく呼びつけるとはどういうつもりだと憤ろうとしても、あいにくこれといった予定もなかった。
それに、いつも池田の家へやってくる男が、何の用で外へ呼び出したのか気にもなる。当然本人に尋ねたが、彼から説明を引き出すのは非常に難易度が高い。つまり、今回も成功していない。
薄いとはいえ一冊読み終えそうになったあたりで、喫茶店に人が入ってくる。とくに気に留めなかったが、その人物がまっすぐこちらへやってきて、しかも池田の隣に腰を下ろしたときにはさすがにぎょっとした。
しかしもっと驚いたのは、隣に座った黒崎がいつもより青白い顔だったことだ。暗い間接照明のせいではない。
「どうした」
彼は心なしか震える指で、窓の外を指さした。その先に目を向けるが、とくになにもない。池田は問おうとして彼を見返り、違和感に気づく。いつもと顏周りの印象が……
「髪切ったのか……」
そう言ってからはっとして、もう一度外を見る。通りの向かいに赤白青のバーバーサインがぐるぐる回っていた。
本を持っていた手を掴まれる。相変わらず異常な力を持つ黒崎の手は、普段より冷たくそして震えていた。伸びた髪で隠れていた精悍な顔立ちが今は露わになっていて、見た目は男っぷりが上がっているから余計に始末が悪い。
「髪……」
導き出された結論に、思わずがっくりとうなだれた。
もうすぐ30になろうというこの武道の達人は、鋏を自分に突きつけてくる床屋が死ぬほど怖いのだ。そして引きずる恐怖をまぎらわそうと池田を呼んだ。
めんどくさい。
奇人変人集団の他メンバーの中では、比較的無害なほうだと思っていたが、よくよく知り合えばそんなことはない。無差別に攻撃的ではないだけで、一対一なら赤城より面倒な存在かもしれない。
「耐えられるのか。どうしてるんだ」
黒崎は眉を寄せて目をつぶった。視界に入らなければまだ耐えられる、ということか。床屋のほうもこんな客は嫌だろうなと思う。
老いた店主が、氷の入ったグラスを持ってきた。二人の男が手を握り合っているのを一瞥して、しかし表情には出さず去っていく。他の客もちらちらとこちらを見ている。
「出るぞ」
黒崎をふりほどく力を持たない池田は、財布を出すという口実でなんとか彼から逃れた。あのまま好奇の視線に晒されていることに耐えられなかったのだが、人一倍他人の意識に敏感なはずの黒崎がそれを気にしないのが理解できない。
「この店以外ならどこでもいい、おまえが落ちつくところに連れていけ」
店を出たところでそう言うと、彼は数分前よりは少し落ちついた顔で、ぽつりと呟いた。
「俺の家が近い」
「え……」
池田はつい黒崎の顔を見つめてしまった。無遠慮な視線を受け、彼は気まずそうに目を泳がせる。
上司と部下以上の関係になってそれなりに経つが、彼のプライベートについては全くといっていいほど知らなかった。知るすべを持たなかった。
今、半ば強制的に彼の弱点を見せつけられてそれなりに動揺している自分がいる。そして今度は自宅だ。池田の生活に黒崎が入り込んでくるばかりだと思っていたが、池田も彼の領域に踏み込むことを許されているのだろうか。
大きく息を吐き出した。相手は変人チームの一員だ。凡人の池田には推し量ることなどできないのだから、あれこれ考えても仕方がない。自分が選んだのはそういう男だった。忘れるなと自分に言い聞かせる。
「行こう。どうせ暇な休日だ」
彼の背を軽く叩く。
髪を切ってより男前になった彼は、歯を見せて無邪気に笑った。池田の肩を抱いた手は、もう震えてはいなかった。

(by NICKEL, Mar, 2015)

普段はシゲがいっしょに来てくれて、目をつぶってる横でずっとおしゃべりしてくれます。
でも今は静岡方面の石切場にロケ行ってるので…

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