黒崎/池田

2014_ST赤と白の捜査ファイル,[R18]

抜けない棘1.5

そのベッドは、よく知った匂いと全く知らない匂いがした。

黒崎は服を脱ぎ捨て、下着だけになってベッドに上がる。池田はそれを見て自分も同じように服を脱いだ。もしかしたら普段は寝間着があるのかもしれないが、黒崎の前で着替えるのが躊躇われたのだろう。
他人に意識が向いていたせいか、ベッドだからと気を抜いたせいか、手をついた拍子に負傷した部分へ力をかけてしまった。
「……っ」
つい崩れ落ちたが、どうせ横になるつもりだったのだからと起き上がらずそのままうずくまった。
「痛むのか」
池田が眉を寄せて覗き込んでくる。目障りだからと袖の下に隠していた包帯だが、見えてしまうとやはり気になるらしい。
ふと顔を上げると、白い二の腕が目に入った。肌着の袖から、同じように包帯が覗いている。黒崎の視線に気づいた池田は、気まずそうに包帯の上を押さえる。
「……こっちはもう大丈夫だ」
その下にあるのが銃創だということは知っていた。あの事件からずいぶん経ち、彼も普通に腕を動かせるようになって久しい。だがきっちりと着込んだスリーピースの下には、未だ癒えきっていない傷がある。
「痛々しいな」
黒崎の考えを読んだかのように、池田はそんなことを呟いた。もちろん彼が見ていたのは黒崎の包帯だったが。
「怖く……なかったか?」
横になったまま見上げる黒崎のたどたどしい問いに、池田は目を瞬かせ、そして苦く笑った。
「おまえは、怖かったんだな」
虚勢など無意味だとわかっていたから、ただうなずく。
素人が自分を害せるなどとはわずかにも思っていなかった。彼らを傷つけるつもりもなかった。至って冷静だった黒崎を、細い針が錯乱状態に追い込んだ。そして、自己防衛のための攻撃性は他人だけでなく自分にも向けられた。
シーツの上で震える手を、池田が拾い上げる。
「骨に影響がなくてよかった」
その手つきは優しげだったが、肌は妙に冷たくて熱を感じられない。それだけのことが不安になり、黒崎は池田の手を強く握り返した。
「おい?」
腕に痛みが走るが、これくらいはなんでもない。
手を引くと彼はこちらへ倒れかかり、シーツに手をついてなんとか踏みとどまる。黒崎は一気に距離が近くなった眼鏡の奥を覗き込んだ。
緊張、警戒、そして昂奮。匂いが変わっている。
「おまえの手は、熱いな……」
そう囁いた池田の声も、どこか湿った熱を帯びているように感じられた。
勘違いかもしれない。黒崎は慎重に考える。これまでもそういうことは幾度もあった。嗅覚で感情の揺らぎや変化を知ることはできても、心や思考を正しく読み取れるわけではない。数々の「失敗」は黒崎の神経をすり減らしてきた。
一方で、「この匂い」は大丈夫だと、鼻が告げていた。人間の匂いは主観で二つに分けられる。不愉快か、そうでないか。発汗量や環境によっても変わるが、不愉快なほうが圧倒的に多い。彼に関していえば「不愉快でない」ほうの人間だ。それだけでも黒崎を安心させてくれる。
「どうした?」
戸惑いに揺らぐ声を聞きながら、黒崎はもう一度彼の腕を強く引いて、今度こそ倒れ込んでくる体を胸で受け止めた。
シャツの肩口に鼻先を押しつけ、大きく吸い込む。池田の体が強ばっているのが匂いだけではなく筋肉の感触でわかるが、離しがたい。
「……………」
少しのあいだ驚きに固まっていた管理官は、やがて眼鏡を外して枕の向こうへ放り投げると、そろそろと腕を回して抱き返してきた。互いに相手の包帯が肌に当たる。
「熱いな……」
池田が確かめるように再び呟いて、黒崎の裸の肩に頬を寄せた。言葉はなくとも二人は、自分に欠け相手に求めているものの正体を知っていた。
どちらからというのではない。身じろぎするだけでも肌の上で摩擦が起きる。池田の手が黒崎の髪をあやすように撫で、黒崎が池田の匂いを求めれば首筋に唇が当たった。そうして二人は声どころか息さえひそめて触れ合った。
「……っ」
少しずつ呼吸が荒くなる。鼻に頼るまでもなく、池田の昂揚が伝わってきた。シャツの中に手を突っ込むと、さっきは冷たかった肌がやっと熱を帯びつつある。この隔たりが邪魔だと布地を引っぱって訴え、池田から最後の防壁を剥ぎ取った。
日に焼けることのない体はやけに白く、そして細いわりに力強く締まっている。黒崎とは比べものにならないとはいえ、彼がデスクワークだけではなく警察官として肉体の鍛錬も怠っていないことを物語っていた。
腕の包帯が瑕疵となっているが、均整の取れたその体が今、黒崎を求めて熱くなっている。
こみ上げてくる衝動を抑えきれず、彼の顔をこちらへ向かせて唇を重ねた。
「!」
池田は不意を突かれて驚いたようだったが、黒崎の髪を邪魔そうにかき上げながら自分から深く口づけてきた。今度は黒崎が驚き、仕返しのつもりかとおかしくなる。
「……………」
目を閉じ彼に身を任せ、舌が絡み合う濡れた音に酔いしれる。熱が中心に集まりはじめるのを否が応でも自覚するが、それは池田もだろう。
黒崎は自分の下着をずらし、それから池田の下着にも手をかけた。
「……!」
反射的に身を引いた池田の唇から、唾液の糸が垂れる。黒崎はそれを舐めとりながら、硬くなりはじめた二人の性器を重ねて握り込んだ。
「黒……」
池田がなにか抗議めいたことを言い出しそうだったので、片腕で首を抱き寄せて口をふさぐ。
「んぅ……」
彼はもがいたが、腕力ではとても敵わない。その上、一方的に煽られているのだ。喉の奥へ直接送り込まれる息が、どんどん熱く不規則になっていく。
さすがに黒崎のほうも息が続かなくなって口を離す。だが不平不満は出なかった。
「ぁあっ……」
池田の口から洩れたのは、抑え込んでいた喘ぎだった。普段の態度や口調からは想像もつかないほどに甘い声で、黒崎は今さら耳を疑う。
ずっと仰向けで池田を抱えていたが、たまらなくなって彼をベッドに押しつけ自分が乗りかかった。両手で彼の手首をシーツに縫い止め、直接腰を押しつける。猛った陰茎は先走った液を相手になすりつけるようにして互いにすり寄り、相手の硬さを感じることでさらに熱を集めていた。
「や、やめっ…んぁっ……」
先ほどまでの静謐で緩やかな接触ではない。突然与えられた性急な刺激に、池田は身をよじって逃れようとする。彼のほうが少し若いぶんだけ、押し返してくる力が強く、限界を迎えるのも早そうだった。
黒崎は彼を追い立て、そして追いかけるように腰を揺らした。
「ぁああっ……!」
絶頂の呻きが重なった。池田の腹に、二人ぶんの精が飛び散る。
「はっ……」
激しい快感の余韻に身を震わせていた黒崎だったが、同じ状態の池田を見下ろした瞬間、大きくおののいた。
「あ……」
触れ合ったときからわかっていたはずなのに、あまりにも生々しい結果がそこにあった。白い精液、白い包帯。白い肌さえもが病的に見えてくる。力で押さえつけて彼の体で快楽を得ようとした自分の姿は、暴行犯と同じではなかったか。
「……っ」
狼狽し、手を離して身を起こそうとする黒崎に、息を切らしながら池田が腕を伸ばしてきた。
彼は黒崎の首にぶら下がるようにつかまり、そのまま自分の上へと抱き寄せる。二人の腹のあいだで残滓が押しつぶされた。
その感触に眉をひそめる黒崎の耳元に、普段よりもかすれて上ずった声が囁いた。
「俺だけが汚れるのは不公平だ」
「……………」
一理あるが、これはひどい。思わず苦笑して、同じく声を出さずに笑っている彼を抱きしめる。自分より体も細い年下の男が、とても頼もしく見えた。

知らない匂いは、ほとんど感じられない。今、黒崎の意識を占めているのは二人の匂いだけだった。

夜明け前。
黒崎は目を開けるまでもなく、日常とは異なる匂いに取り囲まれている事実によって他人の部屋にいることを認識した。
隣を見ると、知らない寝顔がある。いや、眼鏡をかけていない顔を見慣れていないだけで、知らない人間ではない。
彼に気づかれないように身を起こした、つもりだったが、眠りが浅いのか池田はもの憂げに目を開けた。
「え……」
起き抜けの目を眇め、それからあわてたようにサイドテーブルの眼鏡を取り上げる。はっきりこちらを認めた池田は、ベッドにひじをついたまま呆然と呟いた。
「黒崎……」
一気に覚醒した池田の匂いが不快なほうへと傾く。急な発汗は混乱を示していて、黒崎と肌を重ねていたときの汗とは種類が違うことを知らせてくれる。
彼はベッドの上で落ちつきなく起き上がった。さすがのダブルベッドは男二人が向かい合わせに座っていてもそれほど狭さを感じない。
「ちょっと待て、整理しよう……」
整理することなどなにもない。事態はひどく単純だ。黒崎が首をかしげると、池田は眼鏡を押し上げながらこちらを押しとどめるように掌を向けた。
「俺はSTのキャップだ、そうだな?」
寝ぼけているのだろうか、と思いながらひとまずうなずく。
「おまえは俺の部下だ」
そうだ、とまたうなずいた黒崎を、池田は引きつった顔で凝視する。彼の焦りや混乱がそのまま匂いとなって伝わってくるのが落ちつかない。
「百歩譲って、男同士だっていう問題は置いてもだ」
それを置くのか。
「職場恋愛はダメだ、許されない」
「……………」
予想もしなかった言葉に、口を開けてしまった。
二人は昨日まで本当にただ上司と部下の関係だった。それ以外の関わり方があるなど考えたこともない。最初にプライベートな空間へ連れ込むという越境をしてきたのは池田だったが、そもそもの原因を作ったのは黒崎だった。二人は言葉もなく、性交渉という意識さえなく、互いの肌に触れ合った。それほどに、他人の熱というものに飢えていたのだろう。
それだけといえばそれだけだ。恋愛などとは考えたこともない。ただ、この男が持っている匂いとか性質とか、他人であれば当然黒崎を傷つける可能性のある諸々が気にならなくて。そして池田のほうにも黒崎を求めているとあの瞬間は確信していた。
それが朝になってみれば、職場恋愛などという現実的かつ凡庸な言葉で線を引かれてしまう。
「……そんなつもりじゃなかった」
やっとの思いで吐き出した言葉は、見苦しい弁明にしか聞こえない。
「じゃあなんだ、セフレか! もっと悪い!」
池田の声と匂いに怒りが混じった。機嫌を損ねてしまったようだと黒崎はうろたえる。恋愛感情などは確かになかったが、欲望先行の行為でもないことは彼自身がいちばん理解しているはずなのに。
「黒崎……」
怒鳴られそうになってとっさに防衛本能が働いたのか、思わず彼の腕を掴んでいた。池田が腕を引いて逃れようとするが、離すわけにはいかない。結果、二人は正面から睨み合うことになる。
ちがう、対立したいのではなくて。
「俺は……っ」
声に出して言わなければ伝わらないことくらいわかっている。だが、この場でなにを言えばいいのか。正解などわからない。知っていたらまともに人と話せるだろう。今も声を出すのがひどく怖いけれど、この気持ちを代弁してくれる人もいない。
「……………」
「おい、黒崎っ!?」
胸につかえて出てこない言葉の代わりに、涙が押し出されてしまったらしい。滲む視界の中で、池田がまたあわてている。だが一度あふれてしまったものは止められず、黒崎は池田をまっすぐ見つめたまま涙を流しつづけた。
「なんなんだ……」
池田は見るからに困惑している。まだ怒りも収まってはいないようだ。苛々と息を吐き出し、掴まれていないほうの腕で、黒崎を抱き寄せた。
「!」
乱暴に、しかし労わるような手つきで髪をかきまわされる。
相変わらず、彼にかける言葉は見つからなかった。言葉は黒崎の想いを完璧には表現できない。もどかしさをどうにもできず相手の体を抱き返し、二人は勢いでベッドの上に倒れた。
「……そうだな」
仰向けに倒れた池田は、ずれた眼鏡を押し上げて黒崎を見上げる。
「始まったばかりの関係に、焦って名前をつける必要はないか」
「……!」
こちらの動揺を的確に把握しているのにも驚いたが、彼がこの状態をそのまま受け入れたという事実がひどく意外に思えた。
池田個人にとって、自分がなんの重要性もない存在だというのは認識している。だがお互いさまだ。黒崎にとってもこれまで池田は必要な存在ではなかった。黒崎をこのまま突き放し、あるいは説得し、素知らぬ顔でそれぞれの席に戻るのが、池田の立場上は正解なのだろう。
だが少なくとも彼は「始める」気なのだ。この新しい関係を。黒崎のためにか、自分のためにかはわからないが。昨晩見せ合った互いの「傷」をなかったことにできるほど、彼は冷淡ではない。
瞬時に思考を巡らせた黒崎は、その結論に安堵した。この男には自分をゆだねていい気がした。

大きく息をついて、彼の首元に顔をうずめる。
不快な匂いはだいぶ薄くなり、池田本来の……黒崎を知らず惹きつける匂いが戻ってきていた。

(by NICKEL, Jul, 2015)

青「キャップぅ、前のキャップは職場恋愛に関して懐疑的な立場をとってたんですけどぉ」
池「いや、俺だって…」
赤「なに!? キャッ…ミスターがそんなことを言っていたのか、それはいつだ!」
青「って、なんで赤城さんが食いついてんのさ」
赤「いいから答えろ、キャッp…スターは何月何日何時何分何秒どういう状況でどういう意図でおまえに職場恋愛の話をした!? そして結果的に容認したのか禁止の方向かどっちなんだ!!」
青「えー赤城さんめんどくさい…」

池「(よくわからんが赤城のおかげで無用な追求を免れたらしい…)」

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