黒崎/池田

2014_ST赤と白の捜査ファイル,[R18]

合い鍵


データベースサイトの論文あさりも厭きて、黒崎はテーブルに端末を置いた。
自宅にはないソファも、ここでは黒崎の定位置になりつつある。
テーブルの上のミネラルウォーターを取ろうとして、ポケットの中にある硬質な異物の存在を思い出した。
先週こともなげに渡されたそれは、この部屋の鍵だった。
かつて二人住まいだったのは知っているから鍵が二つあるのは納得できるが、それを渡される意味がわからなくて、首をかしげ説明を乞う。
「べつに、持ってて困るものでもないだろ」
いちおう事前に連絡はするようにと上司然とした口調で言い渡され、とくに反論もなかったのでただうなずく。
要は、黒崎を客として迎え入れることが面倒になったらしい。あまり客扱いされた覚えもないが、互いに些細な手間を省けるのなら拒む理由はなかった。
だが、それが彼の帰宅を待つことにもなるとは思い至らなかった。
今日のチームは特別忙しい案件もなく全員が定時に帰る気満々だったから、今夜行ってもいいかと尋ねると、管理官である彼は理事官絡みの会食に同席しなければならないという。仕方ないと日を改めようとした黒崎に、池田は「部屋で待っていてくれ」と言った。あまりに事務的な言い方で、こちらも真面目くさった顔でうなずいてしまったが。
実際こうして「待っている」時間はひどく間が抜けていると思う。
時計を見て、そろそろ日課のトレーニングでも始めようかと腰を上げた。黒崎の部屋よりも広いリビングは、場所には事欠かない。
腕立てを所定の回数こなし、腹筋を始めたあたりで、池田が帰ってきた。筋トレ中はほぼ無心だから、待ち望んだ彼の帰宅にもとっさに感情がついていかない。
玄関のドアが開いた瞬間から、酒の匂いがする。本人の酒量は多くなかったと推測できるが、他人の酒気と煙草の匂いが染みついたようだ。嫌煙家の松戸と池田には楽しくない会食だっただろう。
池田は、床の上の黒崎を見て戸惑ったようだが、それでも目元を和ませた。
「……ただいま」
「……………」
なんと返したらいいのかわからなくて、もぞもぞと首をさすってしまう。
ここで筋トレに戻るのもなんだか違う気がするが、抱きついて彼の帰宅を喜ぶというのも柄ではない。立ち上がる決心もつかず、半分体を起こしたまま腹直筋から力を抜きそこねていた。
池田は鞄を置いてソファの上にジャケットを投げ捨てると、ネクタイをゆるめながら黒崎の前にひざをつく。
「足、押さえててやろうか」
その口元にはめずらしく笑みが浮かんでいる。酔っているのか。
足ではなく腰の上に跨がられて、本格的に立ち上がれなくなる。筋トレを手伝う気がゼロなのはよくわかった。
「俺にもわかる。汗の匂いだ」
こちらの首元に顔を近づけた彼は、そう言って笑う。こんな酔い方をする男だったかと黒崎は考え込んだ。たしかに、表情が柔らかくなり年相応に笑うことは増えるが、今の彼はそれとも違う。
襟のピンとカフスはすでになく、ネクタイを引き抜いた手はベストのボタンを外しにかかっている。
普段と様子が違うことを問いただしたいが、どう尋ねればいいのかわからない。黒崎が戸惑いに唇を震わせていると、その唇をふさがれた。
「ん……」
ついばむように、幾度も触れてくる。心地よいがもの足りなくもあって、黒崎は深く口づけるために彼の頭を抱き寄せた。だが池田は黒崎の求めに応じず、その唇を頬へとずらした。
「ふっ……」
彼の吐息が耳をかすめる。耳を甘く噛んだ口で、彼は小さく囁いた。
「ただいま」
二度目だ。
「……おかえり」
おそるおそる、口にしてみる。池田はほっとため息をつき、黒崎にしがみついてきた。

あなたはまだ若いのだから、と松戸が言う。
そんなことは知っている。腐っている暇などない。まだ挽回はいくらでもできる。振り出しに戻ったつもりでまた積み重ねていくしかない。
それも大事だけれど、と三枝が言う。失ったものを取り戻す時間も必要ですよ、と。
知っている、つもりだった。しかし松戸と三枝の表情からして、ほんとうの意味ではまだ理解できていないらしいと察した。実際、失ったものと言われても多すぎて、なにをどう取り戻していいのか見当もつかない。
帰宅して玄関のドアを開けると、リビングの明かりがついていた。
そういえば食事は済ませておけと言うのを忘れたが、きちんと食べただろうか。そんなことを考えながら、池田は久しぶりに他人のいる我が家へ足を踏み入れた。
「……おかえり」
キスまでしてむりやりにでもその言葉を引き出したかったのは、なぜだろう。
そもそも、鍵を渡そうと思ったきっかけは何だったのだろう。
自分でも釈然としないまま、黒崎の肩にあごを置いて汗ばんだ髪に指を通す。彼も抱き返して頬を寄せてきた。少しだけ息が上がっているのが妙に艶めかしくて、こちらの気持ちをざわつかせる。
ふと触れた黒崎の腹は異常に硬かった。つまり腹筋だけで池田の重みを支えているということだ。同じ男として自分がそこまで軽いとは思いたくない。
池田は意地悪く彼に体重をかけ、床へ押し倒した。
「……………」
こちらを見上げる顔は、ひどく無防備だった。わずかに眉を寄せ、半開きの唇を赤い舌が湿している。
無意識に誘うその表情を見下ろしながら、自分でシャツのボタンを外す。体がひどく熱い。酒のせいか、別の要因があるのか。どちらにしろ、この昂奮を黒崎は敏感に察知しているのだろう。だがお互いさまだ。
「抱きたいんだろ?」
「!」
池田の言葉に、彼は露骨な動揺を見せた。隠し事を見つかった子供のような顔がおかしい。
「人の感情を読めるのが、おまえら変人集団だけだと思うなよ。伊達に他人の顔色伺って生きてきたわけじゃないぞ」
実際のところ、黒崎の表情は深読みするまでもなく正直だった。言葉はなくとも顔を見ているだけで意思疎通ができるようになる程度には。
デニムの上から腿を撫で上げてやると、脚全体が痙攣するように動いた。
「ここか?」
バックポケットから避妊具をつまみ出す。黒崎は観念したように苦笑して前髪をかき上げ、池田の手からそれを受け取った。
その直後、池田の視界がぐるりと回る。
起き上がりざまに腕をつかまれたかと思うと、あっという間に俯せで床へ押しつけられていた。さすがというべきか、池田も全くの素人ではないのに抵抗する隙も与えない。酔いで眩暈を起こしたのかと思いかけたくらいだ。
「……抱かれたいんだろ?」
背後からきまじめな声で耳元に囁かれ、体の奥がどうしようもなく疼いた。
「そうだ……早くしろ」
努めて冷静な声を絞り出そうとしたが、彼は吐息混じりの命令に池田の熱を感じたはずだ。
腰を抱きすくめられると同時に、頬を撫でた硬い指が、唇をなぞってするりと中へ差し入れてくる。池田は自分からその指を舐め、歯を立ててしゃぶった。頭のすぐ後ろで荒い息づかいが聞こえる。シャツを引っぱられたので、自分でベルトをゆるめる。口では黒崎の指を受け入れながら。
スーツを下着ごと引きずり下ろされる。四つん這いにさせられて自ら犯される支度をしている姿を一瞬俯瞰で見下ろし、羞恥とともに感じたのは怒りや絶望ではなかった。
「ぁふ……」
口から指が引き抜かれ、名残惜しさに舌で追う。
その直後、後ろへ侵入してきた違和感に背中がのけ反った。
「んぁっ……」
濡れて冷たく感じた指は、すぐに温度など感じなくなり、ただ中をまさぐられる感覚に変わっていく。指二本を飲み込んだそこは、もっと奥までもっと強い刺激がほしいと訴えている。
黒崎は野良犬のような唸り声を洩らしながら、シャツの襟を掴んで乱暴に剥くと、露わになった肩に噛みついてきた。歯が食い込んで痕をつける。それは「我慢がきかない」という合図だ。
「黒崎……!」
自分の叫びに苛立ちを感じ取る。急き立てられた彼は、いつもより強引に押し入ってきた。
「ぁあっ……!」
後ろからだと脚を広げて受け入れるよりもきつく感じる。しかも頑丈な手が腰を押さえつけていて、体が逃げようとしても容赦なく引き戻す。
「ぅうう……っ」
黒崎は苦しげに呻き、そこから性急な抽送が始まった。
「ん、ぁんっ、ふっ……」
肌がぶつかる音に合わせて、池田の口から上ずった声が勝手に洩れる。
だがもう止めようとも思わなかった。
どうせなら、全てを壊してほしい。堅苦しいスーツを引き剥がして、男のプライドも上司の威厳もなにもかも奪い取って、ただ啼かされるだけの存在にしてほしい。
「ひ、あぁっ、や……っ」
猛々しい雄を自分で突き出した尻の奥に飲み込まされて、触れてもいない自分の熱が腹につくほど勃ち上がっていて、フローリングに爪をすべらせ獣じみた悲鳴を上げて。激しく揺さぶられるたび、頭から余計な見栄が振り落とされていく。
「く、黒崎……っ」
その肩に縋れないから、名を呼んでせがむ。手荒でいい、めちゃくちゃにしてほしい。
見下されるのも哀れまれるのもたくさんだ。顔色を窺われるのも可愛がられるのも願い下げだ。怖がられるのも蔑まれるのも、期待だって知ったことか。
今この瞬間に池田を欲しがっている男に、自分の全てを委ねてしまいたかった。部屋の鍵を渡すように。
「あ……」
固く閉じた目の裏が白くなる。絶頂に腰が震える。ひざに力が入らなくなる。
「ああぁっ……!」
強く締めつけられたせいか、黒崎もかすれた嬌声とともに池田の中で達した。
余韻を手放したくないらしく抱きしめる腕に力がこもり、背中や肩に顔を擦りつけてくる。池田は霞む目で、肩越しに彼を見上げた。
「もう、終わりか?」
瞼も重たげに伏せられていた目が、大きく見開かれる。
「……!」
今度は仰向けに押さえつけられた。床の上では背中が痛いなと少し冷静に思ったが、すぐにどうでもよくなった。

「バツイチにも見合い話ってのは来るもんだな」
池田がそんなことを呟いたのは、翌朝のキッチンだった。
ダイニングテーブルに着こうとしていた黒崎は、唐突な話題に固まってしまった。昨日の会食での出来事であろうことは予測がつくが。
「いや、べつに具体的な相手を紹介されたわけじゃない。話に出ただけだ」
フライパンを返しながら、池田は苦笑気味に言葉をつづける。
「三枝参事官がうまくそらしてくれて助かった。でもなんでだろうな。あの人は行動原理が読めなくて困る……」
かの参事官は、常にSTメンバーを気遣って動いてくれる。その場でも池田の状況を鑑みて最善を考えたのだと思うが、参事官の人となりをSTメンバーほどには深く知らない池田から見ると、その言動は奇妙に写るのだろう。
椅子に腰を下ろすと、目の前に朝食の皿が出てきた。卵二つのベーコンエッグに温野菜とトースト二枚、それで一人前。食事の時は、二人とも本来の年齢に戻っている気がする。
そうだ、池田はまだ若い。
赤城が、百合根の経歴に傷をつけることを最も嫌がったのは、彼が自分より若いからだ。自分の存在が彼のキャリアの障害となるならば、全力でその障害を排すると赤城は言う。自分自身が相手であっても斟酌など必要ないと。
「……!」
黒崎は思わずポケットに手を突っ込んでいた。彼から渡された鍵を取り出す。
たとえば赤城なら、きっとこれをためらわずに突き返すのだろう。本心を隠す大量の戯れ言をまくし立てながら。
だが自分は……
手のひらの鍵と、コーヒーを持ってきた池田を交互に見比べる。
深い意味などないのかもしれない。彼の合理性なのだと割り切ってしまうこともできる。それでも、黒崎だけが彼のプライベートな空間へ自由に出入りできるという状況は、もしかして「足を引っぱる」ことになるのではないか。
「……おまえに気を遣われるとはな」
いくらか年下の男は、達観した無表情でため息をついただけだった。
「使いたくなければ使わなくていい。ただ、おまえが結婚するときには返してくれよ」
「……………」
見合いも結婚も、池田と違って黒崎には全く縁のない話だ。彼もそれはよく知っているはずだが。冗談なのか本気なのか判断がつかないまま、さんざん迷って結局ポケットへ鍵を戻す。
しかし内心の奇妙なざわつきは消えない。
「また、しないのか。……結婚」
なけなしの勇気を振り絞って尋ねた黒崎に、池田はかすかに微笑んで「食べろ」とだけ言った。

(by NICKEL, Aug, 2015)

カカオトーク内:
黒『鍵をもらった(写メ添付)』
山『それはよかったですね』
翠『なし崩しに同棲まで持ち込む腹じゃないの』
青『えーっ、そこは通いのほうが盛り上がるはずだよ、黒崎さんもお泊まりの回数を調整して駆け引きに持ち込まなきゃ』
黒『駆け引き?』

池「いいかおまえら今は勤務時間内でそもそも俺も入ってるグループでその話題ってフツーにセクハラじゃないのかおまえもホントは俺のこと嫌いなのか黒崎!?」
赤「ふん、セキュリティ感覚というものがないのか、この恋愛脳のスイーツ野郎が! 家の鍵というのは本来そう安易に他人に渡すべきではない、自宅は心と同じだ、何人たりとも侵入を許さないように何重にも鍵をかけておくべき…」
青「赤城さんちの合い鍵作ろうと思ったら束になっちゃうもんね」
池「そういえば百合根は実家暮らしだったか…」
赤「待て、なぜ俺に温かい眼差しを向ける、やめろ同情など不要だ!!」

三枝参事官は百合赤萌えなのでメインを脅かされないかぎり黒池も全面推奨です。
ちなみに松戸理事官は池田総受けなので百合池も黒池もOKですが池黒は認めていません。

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