竜魔/劉鵬

2007_風魔の小次郎,[R18]

風魔の小次郎:竜魔/劉鵬


「劉鵬……」
低い声が耳をくすぐる。
振り向くと、鋭い右眼がこちらをまっすぐに見つめていた。
彼が要求を伝えるには、それだけでよかった。
苦笑交じりに微笑み返しても、にこりともしない。きびすを返してさっさと歩いていってしまう。笑いをかみ殺し、無言の要請どおりにあとを追った。

闇夜

殺風景な和室の隅にきっちりと畳まれていた布団を敷きながら、ちらりと彼を見る。柱にもたれている彼は、冷淡にも思える目つきでこちらを見つめていて、またしても苦笑が洩れてしまう。
「さて……と」
自ら敷いた布団に座り込んで、背後に立っている彼を肩越しに見やった。
「来いよ」
足音も立てず歩み寄り、美しい所作で腰を下ろした場所は、布団ではなくこのひざの上。男二人の距離としては滑稽だが、彼が動けば今から武道の稽古でもはじまりそうな画に見えるから不思議なものだ。
「劉鵬」
確かめるように名を呼ばれる。本人確認か、それとも意志を問われているのか。どちらも、肯定以外に答えはない。だから、自分にとっての正しい者の名を口にする。
「竜魔」
抱き寄せようと伸ばした腕をつかまれた。そのまま押しもどされ、ついには布団に倒れこむ。だが彼は寄り添うことなどせず、自分だけ身を起こす。
背筋を伸ばし、あごを上げ、ただ視線だけはこちらから逸らそうとせず。見下ろしたままで、自らの服に手をかける。上着の前を広げて肩から落とし、裾からまくり上げたシャツを悠然と脱ぎ捨て……
見下ろされ、思わず喉が鳴った。
目線を逸らすこともできず、自らも上着のボタンに指をかける。だがじれったさばかりが募って思うように外れてくれない。
あせる手を、骨ばった手が覆った。同時に影が落ちてきて、長い髪に両側の視野がさえぎられる。他のものなど見るなということか。
普段は硬く引き結ばれた唇が、今はうっとりと開いたまま重ねられる。押しつけられる唇にも、すべり込む舌にも、ためらいはまったくない。
冷たい手が胸をなでるように服の下へと這いこんできて、ボタンがすべて外されたことを知った。
今度こそ裸の肩を抱きすくめようとしたが、またしても手首をつかまれた。自分を抱きしめてくれるはずの両手を布団に縫いとめ、抵抗を封じた彼は、あらわになったこちらの肌に歯形をつけていく。
「竜魔……」
なだめているのか哀願しているのか、自分でも判断がつかない。しかしその声音を哀れと思ったか、それともこれからの支度にその手が必要だと気づいたのか、彼はようやく解放してくれた。
「いつも言ってるだろ……一人で愉しむなって……」
「…………」
起き上がろうとした腰を抱き寄せて、今度はこちらから口づけた。すり寄せられた胸から、普段より速い鼓動が伝わってきた。

「……っ」
声はない。二人とも、無意識のうちに声を抑え込む習性が身についている。それでも、闇の中で身をくねらせる彼を見ているだけで……
「は……っ」
額に汗をにじませ、息を乱し、自ら欲して受け入れた他人の雄を厭くことなく求めて腰を揺らしている、その姿を見上げているしかないのがもどかしい。
主導権は手放そうとしないのに、彼はいつも受身にまわる。同じ男だから、彼が望むなら自分が受け入れてもいいと思っていた。そう口にしたことも数知れない。だが、彼はそのたびに首を振った。
「俺は俺のしたいようにしているだけだ」
だから気遣いは無用、おまえもおまえの好きなように愉しめ……ということらしい。
今この状況を愉しんでいないわけでは決してないが、ただ寝転がって与えられるままというのも、もの足りなくはある。好きなように愉しんでいいというのならば……
「く……!」
小さく呻いた彼が、このときばかりは黒い眼を伏せて、熱い精を吐き出した。強く締めつけられて彼の中に出してしまいそうになったが、精神力でなんとか堪える。
「早く、抜け」
やっとの思いでそれだけ囁いて、彼の重みからも自分の抑制からも解き放たれた。
手早く後始末をして、倒れこんでくる彼のために場所を空ける。力なく横たわり、見上げてくる眼には、もうさっきまでの鋭さはない。
「竜魔?」
大きく上下する胸に手を当てても、手首をつかまれることはない。
「次は俺が愉しんでもいいか?」
「……もちろんだ」
声だけは相変わらず気丈で、事後の気だるさなどまるで感じさせないのがおかしかった。笑いながら、右眼の下のほくろに唇を寄せる。ついでに舌先でつついて舐めると、かすかな笑いが洩れた。
四六時中そばにいても、彼の笑い声を聞くことはほとんどない。今の彼がひどく上機嫌でくつろいでいることがわかって、こちらまでうれしくなった。
痕がつかないように肌をついばみ、疲れた身体をゆっくりと愛撫しながら煽っていく。自分の動きで彼の表情が変わる、それこそがこの自分の悦楽なのだ。されるがまま従うのも悪くはないが、このほうが睦み合っている実感がわく。
再び力を持ちはじめた熱を、今度は自分から彼の中に押し込んでいく。
「ぅっ……」
ひざを開かされた彼は、シーツに爪を立てて衝撃をこらえている。自ら馬乗りになって腰を振っているときと同じ表情のはずなのに、組み敷かれているだけでストイックな色を帯びてくるから不思議だ。
見上げる眼にもあの尊大さはなくて、だから余計に優しく労わってやりたくなる。恋情というには、あまりに穏やかな……

障子戸を開け、寒々しい廊下へと出た。
入るときと同じようにきっちりと服を着てはいたが、ひんやりとした夜の空気に思わず肩をすくめる。
ここは彼の部屋であって、自分の部屋ではない。用事が済んだ以上、意味もなく朝までいるわけにはいかない。ともに朝日の中で目ざめたいという思いはなくもないが、それは許されないだろう。
そんな必要はない、と彼は迷いのない口調で言うにちがいない。そんなことをしなくても、二人の心はつながっているからと。
「それでも、甲斐性見せたいのが男ってもんなんだぜ……」
自嘲気味に笑って、暗い廊下を一人歩いていく姿を見た者はいなかった。

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