黒崎/池田

2014_ST赤と白の捜査ファイル,[R18]

T赤と白の捜査ファイル:黒崎勇治/池田草介


抜けない棘


「説明してもらおうかしら、池田『キャップ』」
「…………」
異動したとはいえ、未だ上司であることに変わりはない。池田はある種の懐かしさすら覚えながら、松戸理事官の前に立っていた。しかしこの位置関係で愉快な会話をしたことは一度もないのだ。池田がここに立たされるとき、それは責任を問われる状況だった。
「主犯格一名が意識不明、あとの四人も全治一か月相当だそうね。過剰防衛にもほどがあるとは思わないの」
反論の余地もない。だが無理でも反論しなければいけない。
「黒崎も、負傷しました」
小学生の言い訳と同じだと自分で思った。

「黒崎さんは先端恐怖症なんだ」
青山はいつもどおりにやる気が感じられない口調で言った。
「それは知っている」
だが池田が理解している症状と、今回の事態は結びつかない。
それなのに赤城は池田の無知を責めるかのように苛立ちを込めて、早口でまくしたてる。
「事実を認識していないのは知っているとは言わない。黒崎は先端恐怖症だ。鋭利な刃物ただし今回は注射針を向けられるとパニックに陥ってしまう、冷静な判断力を失い論理的な攻撃も力加減もできなくなる。黒崎の力が抑制を失ったらどうなるかはバカでもわかる、やつらは今生きていることに感謝すべきだ」
「パニックで五人も病院送りにしたっていうのか!?」
「そうだよ。それ以上でも以下でもない。……ねえ、ぼくもう帰っていい?」
この異常事態を当然の帰結として受け止めている青山と赤城しか、この場にいないのもつらかった。黒崎自身は怪我を負って手当てを受けている。山吹と翠は付き添いとして彼とともに病院だ。
そもそも黒崎が負傷するということ自体がありえないのだが、山吹の話だと犯人にやられたのではなく自分で鉄骨の柱にぶつけたらしい。「勢い余って」という意味がわからなかったが、パニック状態だったというのならひとまず自傷の説明はつく、気がする。
赤城が捜査資料をひっくり返しながらぶつぶつと呟いている。
「バカな連中だ。どちらにしろ黒崎に薬物の投与など不可能なのだからな。他の被害者同様にナイフで脅しても同じ結果だっただろう。黒崎をレイプするなど絶対に無理だ、愚の骨頂だ」
赤城は鼻を鳴らして若い男性の顔写真を机上にばらまいた。
今回の事件は薬物密売絡みの連続集団暴行および殺人。オリジナルに調合された薬物が使用されていたこと、大々的な密売ではなく愉快犯の線が強いことなどから、STの捜査参加が要請された。
暴行の程度は様々ではあるものの、被害者は全員男性。犯人グループ全員がそうかはわからないが、少なくとも主犯格の男はただの暴力だけではなく性的な暴行をも楽しんでいたという。同性愛指向よりも相手を支配する行為として好んでいたのだろうと青山は分析する。
「黒崎もその対象になりえたわけか……」
「だから不可能だと言ってるだろう、聞いてなかったのか!」
わめく赤城は無視して、池田は被害者たちの写真を眺めた。造作が整った、しかし気弱そうな顔が多い。見た目だけは線も細く内向的な態度の黒崎は、彼らの玩具としては最適に見えたにちがいない。
「キャップも危なかったよ。たまたま現場に出なくて助かったね」
青山がうひひと意地悪く笑うが、笑い事ではない。黒崎が助かった、では済まないのだ。後を追ってきた山吹が止めに入らなければ、黒崎は犯人たちをどうしていたかわからない。
「……」
後片づけは他人任せの赤城と秩序恐怖症の青山の代わりに、必要以上に散らかった捜査資料を一人で片づけていると、三人が戻ってきた。
黒崎は普段どおりの眉根を寄せた顔で、心情までは読みとれない。ただ片腕を吊っている。黒ずくめの服を白い布が覆っているさまは、やけに病的に映った。
「必ずだれかが腕を怪我してなきゃいけないってルールでもあるわけ?」
翠がちらりと池田を見る。言いたいことは嫌というほどわかったから目を逸らすと、今度は青山と目が合った。彼女は肩をすくめてじっと池田の顔を見つめてくる。
「バイク、乗れないね」
まるで一連の騒動が全てキャップこと池田のせいだとでも言わんばかりだ。
「いえ、だいじょうぶだそうです。完全に力が入らないわけではないと」
山吹が通訳する横で黒崎がさっさと腕の固定を外していた。
どいつもこいつも……と喉まで出かかった言葉を押さえて、椅子に掛けていた上着をつかむ。
「俺が送っていく! それで文句はないだろう!」
「だれも何も言ってないよ」
青山が心底呆れた声で答えた。

黒崎は意外にもおとなしく池田の助手席に乗り込んできた。しかし一言もしゃべらないのは相変わらずだ。
「家はどこだ」
彼は無言で正面を睨んでいる。つまりなにも見ていない。
池田はため息をついて、他のメンバーに尋ねようと携帯端末を取り出した。
レスポンスは早いが協力的とは限らない。
『知らなーい』
『知るわけないじゃん』
『そういえば、存じません』
『俺たちが互いの家を知っている必要はないがおまえはキャップのくせに部下の情報も把握していないのか、それで送るなどとよくも言えたものだこの無能め』
「……くそっ」
連中をあてにした自分が悪かった、と苛立ちを押さえながら端末をポケットに戻す。肝心の黒崎は黙って皆のメッセージを眺めていた。
放り出すという選択肢もあった。タクシーを呼んでやるという手も。だが、実際に害されなかったとはいえ危機に瀕し、さらには弱点を突かれパニックに陥ったばかりの彼から、安易に目を離してしまうことが不安だった。
「教える気がないなら俺の家に強制連行だぞ」
数秒待ったが口を開く気配もない。池田はもう一度、深い深いため息をついた。山吹も連れてくるべきだった、と思いながら。

「座ってろ」
マンションのリビングに通された彼は、部屋を見まわして犬のように鼻を動かしていた。その鋭敏すぎる鼻で、きっと池田のプライベートを探っているのだろう。
たばこは吸わない、酒も家では飲まない。読書以外に趣味らしい趣味もない。潔癖とまではいかないが掃除はまめなほう、意外と自炊派。
「食べられないものがあれば今のうちに言え」
返事はないのを承知で声をかけながら、キッチンに立つ。黒崎は黙って首を横に振った。
人とダイニングテーブルを挟んで座るのは、久しぶりだった。長いあいだ一人きりだった空間に、他人がいることに違和感を拭えない。
食事をしながらいろいろ尋ねようとしたが、彼がしゃべらないことを思い出してこちらも黙り込む。百合根よろしく一方的に話しつづけるというのも性分ではなかったし、無意識にでも彼に棘を向けたくない。自分があまり他人に優しい物言いができないのは知っているつもりだ。
「…………」
緊張感に満ちた食卓だった。ほとんど味がしなかった。だが全て食べ終わったとき、彼はぽつりと一単語だけ洩らした。
「ごちそうさま」
うつむいたまま、聞こえるか聞こえないかの囁き声だったから、立ち上がりかけていた池田はとっさに何も返せなかった。ただ彼の手から食器を奪い、逃げるようにキッチンへ戻った。
皿を洗いながら、これはいったいなんなのだろうと自問する。彼は部下だ。自分は上司として労いの意味も込め、過酷な目に遭った部下に夕食をふるまっただけだ。よくあることでもないが、全くありえない状況でもない。それなのに、どうしてこんなにも落ちつかないのか。
黒崎の存在が不快というわけではない。彼のほうが不快でなければ、いてくれてかまわない。だが彼の何かが、池田の心を波立たせる。今日の彼が背負った事件のせいか。
キッチンの片づけを終えてリビングに戻ると、彼はソファの上にひざを抱えてうずくまっている。その姿は手負いの動物にも似ていた。事実、黒いシャツの下にはまだ包帯が巻かれている。
「泊まっていく気か」
何気なく口にした一言で、黒崎の目が動揺に揺れるのを見た。落ちつきなく立ち上がった彼に、こちらが狼狽えていた。
「べつに帰れと言ってるんじゃない。帰りたくなったら好きな時に出ていっていい。玄関はオートロックだから……」
思わず早口でまくし立ててから、気まずくなって眼鏡を押し上げる。相手は気が抜けたようにソファへ再び座り込んだ。
「朝までいるなら、そこで寝てもいいし……」
そこまで言ってから、少し迷って寝室を指した。
「ベッドを譲ってもいい。……少し、広すぎるかもしれないけどな」
黒崎が怪訝そうに眉を寄せたので、池田は寝室のドアを開けてみせる。そこにあるダブルベッドを目にした黒崎は、なにかを言いたげに池田を見た。
「もう知ってるだろ」
一人には広すぎるベッド。この家も。かつてはもう一人ここにいた。その痕跡は今でもあちこちに残っている。黒崎も感じ取ったはずだ。池田にはすでに感じられない彼女の残り香さえも。
「寝相が悪かったらまだよかったんだけどな」
そう呟いて自嘲気味に笑う。もう慣れきってしまったが、それでも孤独が耐え難い夜はある。広いベッドが嫌でソファを寝床にするときもある。
「どっちで寝るか、おまえが決めろ……」
そう言って寝室のドアを閉めようとした、その腕を掴まれる。
「黒崎?」
彼の力が強いことは知っていたが、硬い指が食い込んできたときには、機械に挟まれたような恐怖さえ覚えた。振りほどこうものなら腕をちぎられそうだ。
ありえない妄想をしてしまったのは、まっすぐ正面から向けられた視線の意味を考えるのがためらわれたから。不安げな黒い瞳が、眼鏡の奥を覗き込んでくる。
暴行犯五人をたった一人で叩きのめす男が、なにをそんなに怯えているのか。
今の池田には理解できる気がした。
「……二人なら、ちょうどいい」
かすれ気味の声が、しかしはっきりと部屋に響く。
それは、黒崎が初めて池田に向かって投げかけた言葉だった。

(by NICKEL, Mar, 2015)

Q.黒崎さんに初めて話しかけられたとき、どう思いましたか?
青「べつに」
翠「口きけるんだって思ったわ」
山「よく覚えていませんが、はじめから普通に会話していたような気がします」
赤「感動などなかった、当然だ俺は黒崎も一目置く男、赤城左門だ」
百「すっごいうれしくて、なんかもうこのまま抱かれてもいいって思いました!」
赤「なにを言ってるんだキャップ」

黒崎さんに心を開いてもらうにはヒヨコの頭を撫でるくらいの優しさで声をかけなきゃダメってガッキーくんが言ってたので、いきなりエロなどできませんでしたごめんなさい。

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