往壓/放三郎

2006_天保異聞妖奇士,[!],[R18]

2_071100ay13_r15
2_071100ay13_r15

睦言

「……はっ」
暗がりに、荒い息が木霊する。
我知らず逃げようとする腰を押さえつけられ、熱い塊を奥へと捩じ込まれた。
脳天へ突き抜ける衝撃と快感に成すすべもなく足掻き、終いには降参とばかりに相手の肩に縋りついて哀れを乞おうとする。それでも、彼の若さには到底敵いそうもない。
「は……ぁ……」
早く達って楽になりたいと自ら腰を揺らせば、どこで覚えたのか加減して緩やかに責めてくる。色恋など我関せずといった顔をしておきながら、なんとも小憎らしい……
「往壓……っ」
平素ではあり得ぬ、切なげな呻きが上がった。
切羽詰まっているのはお互いさまだとわかっただけで、満足だった。

明け六ツ時とは知りながら、起き上がる気がせずぐずぐずとしていたころである。
どたどたと騒がしくも軽い足音が近づいてきたかと思うと、障子が勢いよく左右に開いた。
「バカ往壓! いつまで寝ている!!」
甲高い声に耳を刺されて、枕から頭が転がり落ちる。
「おお……朝から大層な気合だな……」
気だるい身体をむりやりに起こし、朝日の中に立つ男装の少女を見上げた。この屋敷で厄介になっている身分は同じはずなのに、どうにも下に見られているようだ。
「お役目だぞ! お頭はもう朝餉を済ませて出ている!」
お頭、と聞いて、つい溜息が洩れる。同じ時を過ごしたというのに……これが歳の差か。
「あの御方も、大層だ……」
ぐったりと項垂れてふと見下ろした自らの内股に、虫刺されのような赤い痕を見つけた。宰蔵に気づかれぬよう、さりげなく裾を直して大儀そうに起き上がる。
「早くしろ、おまえのぶんの朝餉はないからな!」
「へいへい……」
一食抜いたところで死ぬわけでもなし……と呟きかけたところで、腰を押さえてひざをついてしまった。宰蔵が呆れ顔で睨みつけてくるが、どうしようもない。
「痛ってえ……」
腰を押さえながら、その由を思い出す。
宰蔵にはとても話して聞かせられる仔細ではなかった。

奇士が拠点とする前島聖天の社には、すでに仲間たちが集まっている。
「遅かったな。もう出るところだぞ」
黒羽織の二本差しが、地図を畳みながら遅れてきた二人を見やった。その生真面目な顔には、あれほど激しく求めてきた欲情の片鱗も見られなかった。やはり、小憎らしい。
「お頭! この年寄り、寝坊してぐうたらしているくせに腰が痛いとかぬかしております。さっさとお払い箱にしましょう」
宰蔵が勝ち誇ったように告げ口するのも、微笑んで受け流す。
「まあそう言うな。竜導は私の大切な部下だ」
「……!!」
口をへの字に曲げた宰蔵は、怒りの籠もった目でぎっとこちらを睨みつけ、ぱたぱたと小舟のほうへ駆けていく。その小さな背中を見送りながら、思わず力ない笑いが洩れた。どうにもあの娘とは相性が悪いようだ。
「腰に持病でもあったか?」
地図を袂にしまい込み、呑気に問う横顔が相も変わらず憎たらしい。
「誰のせいだと思っていやがる」
さすがの朴念仁も顔を上げ、じっとこちらを見た。
「……そうか。すまなかったな」
「…………」
素直に詫びられて尚、駄々をこねるのも大人気ないから、黙り込むしかない。
そのまま社を出て行こうとした彼は、ふと考え込むように立ち止まった。
「この件が片づいたら……」
声を落として囁かれた言葉に、こちらも足が止まる。それは、つまり……
「お頭!」
宰蔵の高い声が否応なしに彼の意識をそちらへと向けさせ、振り向いたときには、生真面目な役人の顔にもどっていた。
「行くぞ、竜導」
「おい、今のはどういう……」
だが、彼は顧みもせず社の階段を下りていった。
諦め気分で頭を掻きながら後を追うと、元閥が小舟の中から手招きをする。並みの女よりよほど艶のある目つきで覗き込んでくるのが、今は居たたまれない。
「往さん、顔が火照っているようだけど。風邪かい?」
「……そんなとこだ」
「近ごろはめっきり冷え込んできたからねえ。腰やら肩やらが痛むのも、風邪の所為じゃないか。手早く終わらせて帰っとくれよ」
すべり出した舟は、少し揺れただけですぐに水の流れの中に落ちつく。その寒々しい水を覗き込みながら、半ば上の空で言葉を返した。
「俺だってとっとと片づけて、あったかいお屋敷に帰っちまいてえよ」
少なくとも夜までには終わる、とあの主は思っているのだ。応えないわけにはいかない。
何尺か先を行く小舟の黒い羽織を見やりながら、何度目かの溜息をつく。朝っぱらからあんな言葉を吐ける男には、どうしたって敵わない。まったく、大層な主だ……
「この件が片づいたら……」

――――今宵は、ゆっくりねぎらってやる。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!