士/ショウイチ

2009_仮面ライダーディケイド,[R18]

獣の抱擁

その青年が唐突に姿を現すのは、毎度のことだった。
理由など問うてもむだだとわかっていたから、ショウイチも黙って彼の来訪を受け入れていた。
だが、今回ばかりはそうもいかない。
「ここでなにしてる、なにしにきた!?」
ショウイチが士に向かって叫んだ最初の言葉は、常とはちがうものだった。士は驚いたように口をとがらせ、肩をすくめる。
「いつもどおりだ。あんたに会いに来た」
「軽く言うな! ここをどこだと思ってるんだ……」
「ロッカールームだろ?」
「警察のだ!!」
たった今制服のボタンを閉め終えてロッカーの扉を閉じようとしていたショウイチは、顔見知りの不審者の登場にパニックになっていた。
「だいたい、どうやって入った!?」
IDカードを通さなければドアは開かない。しかも認証時の電子音に気づかないはずがない。つまり士は正規の入り口以外のところから入ってきたのだ。
「俺が入れない場所なんかない」
普段の調子で堂々と言いきられ、それ以上の説明を求めても無意味だとようやく思い出す。
ショウイチはゆっくりと深呼吸をして、ロッカーを閉めた。
「経緯はどうあれ、よく来たな。勤務時間が終わるまで待ってくれないか。なんならおれの家で……」
家の鍵を渡そうと動いた手を、長い腕がすばやくとらえる。
「そんな時間はない」
次の瞬間、ショウイチは両腕を掴まれロッカーに押しつけられていた。
「つか……っ」
歯がぶつかるほど荒々しい口づけに、声をふさがれる。
ここは警察だ、勤務中だ、と教えてやろうにも、有無を言わせない強引さで舌を絡め取られてどうすることもできない。ほとんど息継ぎもなく士はショウイチの口をふさぎつづけた。
どれほどあがこうとも、細い指は完全にショウイチを抑え込んでいる。いつにない乱暴な接触に、ショウイチは困惑していた。
身体ごとロッカーに縫い止められて身動きできないでいると、長い脚がショウイチのひざを押し開いて割り込んできた。股間へ押し当てられる腿は、露骨に行為を要求している。
たとえ本気で拒んでも、今の彼は強行するだろう。むりやりにこの身体をねじ伏せて蹂躙するにちがいない。
ショウイチはもう一度、腕に力を込めて士を押しやろうとした。だが痩身の青年は微動だにしない。人とは思えない腕力に、今度は恐怖を感じた。
「んぅ……っ!」
皮膚が痺れるようにざわつく。骨がみしみしと音を立てはじめる。
不快な感覚が身体の奥からわき上がってきた。
これは神の力ではない。覚醒の途上にあった獣の力もショウイチの中に未だくすぶっていて、本能が身を守ろうとすると、外敵に対して容赦なくその牙を剥くのだ。
「やめろ……!」
士ではなく己に向かって叫んだ言葉は、途中から獣の雄叫びに変わった。
腕に痛みが走ったかと思うと、気を失ったかのように一瞬記憶が途切れる。
「ぐ……ぁっ」
ショウイチを我に返らせたのは、青年の苦しげな呻きだった。
「士!!」
制服の袖口から伸びた二本の触手が、彼の細い首を締め上げている。
ショウイチは姿を変える以上の集中力でその恐ろしい腕に込められた力を緩めた。
「は……っ」
ひざを折りかけた士の手には、いつのまにかカードが握られている。息を切らせながらも、彼は照れたように笑みを浮かべてそのカードをひらひらとこちらに見せた。
「攻撃されると、身体が勝手に反撃しようとする……性だな、お互い」
「おまえ、まだ……」
はっと彼の姿を見なおせば、まだ新しい分厚いコートはすでにあちこちが綻んでいた。髪に隠れた顔も、治りきっていない傷があるようだ。
「ああ。通りすがりの破壊者だ」
喉の奥で笑う顔は、楽しんでいるようにも自嘲しているようにも見える。士は昏い笑顔のまま、まだ首の周りを蠢いている触手を指先で弾いた。
「ギルスで倒すか?」
「アギトを?」
士が手にしているカードを見て問い返すと、彼は不敵に微笑んでカードをポケットに突っ込む。そして、ロッカーに寄りかかっていたショウイチの身体を抱き寄せた。
「やめ、ろ……」
弱々しい呟きとは裏腹に、触手が再び士の首に巻きつく。ショウイチ自身に士を絞め殺す気はなかったが、獣の本能は士を許してはいない。
だが士はショウイチを抱きしめる腕に力を込めた。
「ギルスがなんだ。孤独以上に怖いものがあるか」
「……ああ。そうだったな」
肉体的な苦痛など、大したことではない。ほんとうに恐ろしいのは、だれにも触れられない絶望だけだ。かつてショウイチが立っていた場所。そこから救ってくれたのは彼だった。
彼はどれだけの時間、一人きりで世界と戦ってきたのだろう。
士がもう一度唇を重ねてきた。焦燥を感じさせるこの荒々しさも、恐怖の裏返しでしかない。彼が真に求めているのは、行為などではないのだ。
それでも、ちがう世界に住む人間には、彼の望むものを与えてやることなど永遠にできない。
息苦しさに朦朧としながら、ショウイチは細い身体を強く抱き返した。満たしてやれないのならば、せめて刹那を。

気づけば上着のボタンは全て外されていて、抗議する間もなく次は締めたばかりのネクタイが緩められていく。理性では士がしようとしていることを止めなければと思うのに、肩で息をしている現状では、その器用な指に感謝したいくらいだった。
大きく上下する胸に、士は唇を押しつけ吸い上げる。
「だめだ……」
こんなことをしていてはいけないという焦燥と、いつまた内なる獣が暴れ出すかもしれないという恐怖で、ショウイチは必死に訴える。だが士は聞く耳を持たない。
「ぁ、んぅ……っ」
胸の突起に歯を立てられる。舌先が嬲るその場所がすぐに疼きはじめ、ショウイチは士の頭にしがみついていた。そんなところに触れるのはこの青年だけで、だから条件反射で身体が反応してしまう。もう後には引けない。
長い指は下着の中に入り込み、双丘のあいだをなぞっている。ショウイチの身体が恐れと期待に震えるのを見計らったように、その指が器用にねじ込まれた。
「ふ……っ!」
危うくあらぬ声を上げそうになり、あわてて唇を噛みしめる。
遠慮を知らない指は中を押し広げながら奥へと進み、なにかを探すように向きを変えたり爪で引っ掻いたりしている。そのたびにショウイチは士の腕の中で身をよじり、襲ってくる感覚に悶えた。
歯を噛みしめてはいるが、くぐもった呻きだけは抑えようがない。ベルトを外されたスラックスがそれ以上落ちないようにと押さえているのも忘れそうだ。
一心不乱に肌へと唇の痕を散らしていた士が、ふと顔を上げた。濡れた唇は朱く、焦りを隠さない表情に一瞬目を奪われる。彼は自分のベルトを手早く外しながら、口早に尋ねてきた。
「脱ぐのは、いやか?」
「……はぁ!?」
頭に酸素がまわっていないのもあって、なにを言われているのかわからない。意図をつかみかねていると、士は苛立たしげにショウイチの腕をつかみ、ロッカーのほうを向かせて押しつけた。
「おい……」
「首は絞めるなよ」
腕から伸びる触手は、まだ士の首に絡みついている。
その力を抑え込むには、発動させるよりも強い精神力が必要だ。番犬のように騒ぎ立てるギルスを奥底へ鎮めようと、ショウイチは自分の内側へ意識を向ける。
だが、それは叶わなかった。
「あ、ぁああっ!」
ロッカールームに抑えるのを忘れた声が響く。後ろから熱い屹立に貫かれ、集中力は一瞬で霧散した。
完全にほぐされていないそこを犯される激しい痛み。再び皮膚が粟立ち、内なる獣が吼える。
「士……!!」
悲鳴に近い声で必死に彼を呼ぶと、細い腕がショウイチを強く抱きしめた。背後から聞こえる息が荒い。腹の中にある士自身が鼓動と同じリズムで脈打っている。
つながったまま士は動きを止め、大きな手をショウイチの肌へとすべらせた。自分でつけた唇の痕を指で辿り、骨ばった関節で相手の中心を握りこむ。直接的でわかりやすい快感が、ショウイチの意識を痛みから逸らさせた。
獣をなだめているのだろうか。
彼がまた攻撃されはしないかと不安になってふり向いたが、確認する間もなく噛みつくような口づけを受けた。
情熱的な唇と舌でショウイチを犯しながらも、彼は愛撫をやめない。腰はつながったままだ。息苦しさと悦楽で、集中どころか理性的な頭もはたらかなくなってきていた。

不意に、唇を離した士が肩をすくめた。
「……くすぐったい」
触手が、ゆっくりと彼の襟元からコートの中へ這い込んでいる。じわじわと士の身体を締めつけながら巻きついて、その肌を愛撫しているようでもあった。
自分の一部なのに触覚はほとんど伝わらず、厚い布越しに触れているようでもどかしい。少しでも気を逸らすと、勝手に動き出して制御できないのも厄介だった。士に翻弄されている身体は集中どころかどんどん意識を散らしていくというのに。
「ぁ……んぅっ!」
士が再び腰を揺らしはじめ、ショウイチは再び唇を噛む。
最初こそゆっくりと気遣うような動きだったが、我慢しきれなかったのかすぐに激しく打ちつけてくるようになる。目の前のロッカーに縋りつきながら、ボトムがずり落ちてしまわないようにベルトをつかんでいるのがせいいっぱいだった。
「ぁあ……」
喉を反らせて喘いだのは、士だった。服の中に入り込んだ触手が悪戯をしているらしい。
ショウイチはなんとか触手へ意識を向けようとするが、そのたびに容赦なく突き上げられて叶わない。
そのうち、もう一本が自分に絡みついてきた。自身を傷つけることはない。だが、その硬質な冷たさが肌の上をすべっていくのは奇妙な感覚で、思わず震えてしまう。
腹まで下りてきた触手がゆっくりと陰茎へと手を伸ばし、つい息を止めていた。
「くぅ……っ」
士が動きを止めて呻く。恐怖に身を硬くしたショウイチが、強く締めつけたからだった。
触手はショウイチ自身に巻きつき、痛みを感じる寸前まできつく締め上げる。それだけでなく、指を使うように先端をえぐって濡れた音を響かせた。
「ぅ……あ、ぁんん……っ!」
声を抑えようにも、士と自身の両側から、内側も外側も同時に責め立てられる。
さらに始末が悪いことには、触手の感覚がしだいに自分の触感として伝わってくるようになってきていた。一方では自身を愛撫し、もう一方では士の肌を舐めまわすようにまさぐっているのがはっきりとわかる。
触れている感覚と、触れられている感覚。両方に翻弄され、理性の入り込む隙間はない。
士が苦しげな息のあいだから、小さく笑った。
「これがギルスの……おまえの、本能か……?」
「ちが……ぁあ……っ」
士の囁きは正しい。身を守ろうとするのが本能なら、士を求めるのもまた本能だ。
求めているのが快楽なのか、士なのか、もうわからなかった。きっと士もそうだろう。ただ孤独と絶望から逃れるために、ショウイチとつながることを望んだ。
触手が自身を締め上げ、そして腹の中の士も質量を増す。
「んぁ……つか、さ……ぁっ!!」
「ぅうっ、ぅあ……!!」
士の腕がショウイチをきつく抱きしめる。ショウイチも、腕ならぬ腕で背後の彼を抱き返した。
二人は暫しそのまま、互いを離さなかった。

「日本の警察は弛みきってるな……」
「だれのせいだ!」
必死に険しい表情を作ってネクタイを締めなおすショウイチを、士はベンチに腰かけて物憂げに見上げていた。
「ギルスはよく暴走するのか?」
「まさか。アギトに進化してからはなかった。なんで今さら……」
制服の上から腕をさすってみたが、触手はすでに引っ込み、なんの痕跡もない。嵐のような快楽の波を思い出しかけ、ショウイチはあわてて頭を振る。
ロッカーの扉を閉めてから、彼に向きなおった。
「士、おれに……おれたちに、できることはないのか」
世界は複層的で、他にも自分のような戦士がいるという。その全員が力を合わせられるなら、哀れな青年一人くらい救えないものかと考えるのは自然の流れだろう。
かつて士の傍らにいた小野寺ユウスケという青年もその一人だったはずだ。だが士は今、独りだった。
「変身して襲いかかってこないだけで充分だ」
ため息混じりに呟いた口調も表情も、どこか投げやりに見える。
細い身体がさらに頼りなく見え、ショウイチはつい手を伸ばしていた。肩を叩こうとしたのか、抱き寄せようとしたのか。自分でも決めかねているうちに、入り口のセキュリティにカードが通される音が聞こえて身を硬くする。
「ショウイチー、いるんでしょ入るわよー」
聞きなれた声。それでなくとも、男子更衣室にずかずかと入ってこられる女性警官はそう多くはない。
ひょいとロッカーの陰から顔を出した八代淘子は、ベンチに座る士を見て言葉を失う。
「あなた……! なんで……」
「八代、これは……」
もっともらしい言い訳を必死に考えるショウイチの横で、士はうろたえた様子もなくひょいと立ち上がった。
「あんたに会いに来たんだ、八代刑事」
「え?」
「ええ?」
淘子とショウイチの声が重なる。
士は飄々とした顔でコートのポケットに手を突っ込み、淘子へ歩み寄った。長身をかがめて、淘子の顔に長い指を伸ばす。
「なによ」
彼女は反射的に身を引き、士はきまり悪そうに口をとがらせた。そして、行き場を失った指で自分の鼻を掻いた。
「……この前は、顔を殴って悪かった。すまん」
「え……」
いつ、士が淘子の顔を殴ったのか。
ショウイチが尋ねようとした淘子も、心当たりがないようで困惑の表情を浮かべている。
士は微笑みながら、淘子の横を通りすぎた。
「別の世界のあんたには、言えなかったから」
謎めいた言葉を残して、長身の青年はロッカーの向こう側へと足早に消えていく。
「ちょっと、待って……」
淘子が士のあとを追ったが、ショウイチは動かなかった。彼女がロッカーの向こうで息をのみ、呆然と呟くより先に、どうなるかわかっていたから。
「いない……」
門矢士は来たときと同じように消えた。
あきらめきれない淘子がロッカールームを隅々まで探しまわり、やがてため息混じりにショウイチのところへもどってくる。
「彼……なにをしにきたの?」
「さ、さあ……」
後ろめたいことは山ほどあったから、つい彼女から目をそらしてしまう。冷静に考えれば懲戒処分ものだ。廊下の防犯カメラに士の姿が映っていないといいが……
そういえば、とカメラから連想する。彼はトレードマークの二眼レフを提げていなかった。祈るようにうつむき、自分を拒む世界となんとかつながろうとする、あのカメラを。
士は世界と向き合う手段を失ってしまったのだ。今の彼が世界に干渉するためには、あのカードで戦うしかないのだろう。
彼はいつでもやってくると思っていた。
だが、もう二度と会えないのかもしれない。あの焦燥は、彼自身の予感だったのか。
「……たぶん、ほんとうに会いに来ただけなんだ」
ショウイチは独り言のように呟き、彼が数々の痕を残していった胸元をつかんでいた。

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