士/ショウイチ

2009_仮面ライダーディケイド,[R18]

桜の精

「なによー、私の酒が飲めないっていうのー!!」
耳元で怒鳴られ、ショウイチは思わずぐらついた。
寄りかかっている淘子も大きくよろめき、二人は足をもつれさせて倒れそうになる。
「おいっ、ちゃんと歩け……」
「ショウイチのくせに、私に命令する気!?」
「くせにって……」
見た目は凛とした美人、頭も切れるエリート警部だが、性格はジャイアン以外の何者でもない年下の上司を抱き止め、ショウイチは深いため息をつく。
「飲みすぎなんだよ」
私的な集まりとはいえ部署の歓送迎会も兼ねた花見で、ショウイチの仕事はただひとつ。八代淘子から目を離さないことだった。
無垢な新人警官から淘子に想いを寄せる刑事たちまで、酒癖の悪い淘子に泣かされた男たちが今までどれほどいたことか。彼らの嫉妬とやっかみを受けながらも、ショウイチはもう何年も一人の犠牲者も出さずに淘子を自宅まで送り届けている。
我ながらよくやっている……と、この点に関してだけはだれの賛辞も受けられないヒーローは、ひそかに思った。
酔った勢いで男どもを餌食にすることに躊躇しない淘子だが、ショウイチだけには手を出したことがない。よほど男として興味を持たれていないのだろうと、ショウイチ本人は思っている。こちらもそんなアプローチを仕掛けるタイミングは逃してしまった。警視庁全体から誤解を受けようが、この先も二人は今のままにちがいない。
そんな将来に一抹の寂しさを覚えながら、ショウイチは淘子を担ぎなおす。
タクシーがうろついている通りまで出るために、小さな児童公園を突っ切ろうとした。二人の目の前にふわりと花びらが舞う。
見ると外灯に照らされた桜が一本だけ、花を散らしていた。散り際の葉桜だし、場所柄もあってわざわざここで花見をしようという者もいないのだろう。ショウイチも、さっき花見をしていた場所の桜より色が少し濃いな、と思った程度だった。
不意に、淘子の身体がかたむく。
「うわっ……」
今度こそ倒れかけた淘子をなんとか捕まえた。少しでも気を抜くとこれだ。
「おまえ、少し太ったんじゃないか。重いぞ」
「……科警研に解剖させてベルト摘出するわよ」
酔っているとはいえ、据わった目で凄まれると本気に思えてくるから怖い。
「わかった、ちょっと休んでいこう」
ショウイチは彼女を引きずって、桜の正面にあるベンチに腰を下ろした。淘子は崩れるようにショウイチのひざの上に倒れ込み、そのまま動かなくなる。もう苦笑を通りこして失笑しか出てこない。
「おまえなあ……」
「エリート警部も、そうなるとただのダメOLだな」
どこからともなく声がした。
はっと顔を上げると、桜の下にいつのまにか人が立っている。
外灯をスポットライトのように浴びて、舞い散る桜の中、淡いピンクのシャツを着た青年。
ショウイチは思わず破顔した。
「このタイミングはないだろう、士」
士はおどけた仕草で肩をすくめると、スポットライトから外れてベンチに歩み寄ってきた。久々に見る姿は少しも変わらず、ショウイチはなつかしさに目を細める。
「なにしに来たんだ」
「桜を撮りに」
彼はそう言って、首から提げているピンクのカメラをこんと叩く。
今は夜だ。フラッシュもついていないおもちゃのようなカメラではなにも撮れないにちがいない。しかしこの世界の住人でない彼には、昼でも撮れないだろう。それを知っているから、あえて詳しくは触れない。
「桜がしゃべったのかと思ったよ」
冗談でそんなことを言えば、士はふんと鼻を鳴らして笑う。
「知ってるか? 桜の精ってのはな、若い男なんだ」
もちろん知らなかった。もしかしたら士のハッタリかもしれないが。いつでも不意に現れる彼の雰囲気に、「桜の精」というファンタスティックな単語は妙にしっくりくる。
「おまえが桜の精なら、この面倒な上司を一瞬で家まで連れて帰ってやってくれ」
「……ランプの精とまちがえてないか?」
唇をとがらせてむくれる顔は充分に幼くて、ショウイチはつい笑い出していた。
「桜の精はなにをしてくれるんだ?」
笑いながら尋ねると、士の顔に不敵な笑みが戻った。
「もちろん、人間を誘惑して……」
言いながら、士はショウイチのほうへ長身をかがめる。
細い指を頬に感じて、ショウイチは目を閉じた。唇が重なる、あたたかい感触。日ごろの不遜な態度とはちがう優しく労るような口づけに、ショウイチは少し戸惑い、だが暫し身を任せて酔いしれた。
名残惜しそうに離れた唇を、春の風がかすめていく。指がゆっくりと離れた。
「ここはまだ、壊れてないんだな……」
安堵の色を含んだ声が、そっと囁く。
目を開けたとき、そこにはだれもいなかった。公園にはベンチに座った二人だけで、人の気配もない。ただ桜がはらはらと散っているばかりだ。
「士?」
返事をするように、ごおっ……と強い風が吹き、地面の花びらが渦を巻いて舞い上がる。
その風を感じたのか、ひざの上の淘子が身震いして目を覚ました。
「ん……」
彼女は酔いの醒めた顔でショウイチを見上げ、髪をかき上げながらあたりを見回す。
「だれか……いた?」
その問いにすぐ答えられなかったのは、ショウイチ自身にも確証がなかったから。士がいた痕跡はどこにもない。唇に残る感触さえ、夢だったような気がしてくる。もしほんとうにいたとすれば、それは……
「桜の精」
淘子はきょとんとしてショウイチを見つめ、すぐに笑い出した。
「バーカ」
かもしれない。
淘子と同じに酔って一瞬だけうたた寝をしていたというほうが、理に適っている。きっと桜の色が彼の服を連想させたのだ。
「立てるか?」
彼女をうながして立ち上がったとき、座っていたあたりからなにかがひらりと舞い落ちた。
「……?」
そのカードのようなものを拾い上げてみると、ただぼやけたピンクが画面いっぱいに広がっているだけの写真だった。昼か夜か、自然光かライトかもわからない。しかしこれはまちがいなく桜で、そしてまちがいなく彼が撮ったものだ。
「だからやめとけって……」
苦笑して、その写真をポケットにねじ込む。
「ほら、行くぞ酔っぱらい……」
「うるさいわね……」
さっきよりはしっかりと立っている相棒に肩を貸し、ショウイチは再び歩き出す。
振り向けば、そこには桜の精が立っているような気がした。
桜色のシャツを着て、ピンクのカメラを提げて……この世界の春を心から祝福している、小生意気な桜の精が。

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